台湾人が日本人の私の記事に共感したわけ——台湾交通事情コラムのヒット要因を考える
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予想外の反響だった交通事情ネタ
「美帆さん、ヤフーニュースのトップ記事になってます」
2021年11月18日の朝、ライター仲間に教えてもらって仰天した。台湾のプラットフォーム「Yahoo!奇摩」には、筆者の書いた記事を取り上げたコンテンツが総合トップ面に置かれていた。

台湾ヤフーニュースのトップ面に並んだ、筆者が書いた記事を翻訳紹介した記事、2021年11月18日(筆者提供)
その2日前の16日、日本のYahoo!ニュース個人で「台湾旅行解禁の前に知っておいてほしい 現地交通事情の深刻さ」を公開した。台湾の交通事情の深刻さを日本の事故数などとあわせて紹介し、注意喚起を意図して書いたものだった。
2021年、台湾で起きた死亡交通事故で、日本に関係するものが2件あった。1つは台湾に留学していた日本人学生、もう1つは日本統治時代以降の日台関係を中心に執筆していた作家の陳柔縉さん。どちらもバイク事故だった。変異株のオミクロン株が確認される以前で、新聞では台日の観光再開を模索する政府間協議が始まったと伝えられていた。そんな中で2人の訃報に接し、自分にできることは観光客への注意喚起だ、と考えてのことだった。
数日後、自分の名前が載った記事は、かなりの数になっていた。ただ、台湾の報道記事を見てみたが、同じソースから発信された内容が多く、拍子抜けした。似たような構成の記事をたどっていくと、台湾最大の掲示板「PTT」で翻訳された文章にたどり着いた。「日本人:台灣交通超爛,想去觀光前應三思」—「日本人が、台湾の交通はひどすぎるから、観光に来る前に考えるべきと言っている」というタイトルで、ずらりと書き込みが並ぶ。ちなみに、台湾の Yahoo!奇摩にもコメント機能はあって1月28日現在で関連記事の1本には653件のコメントがついている。
Yahoo!ニュース個人のオーサーになって4年が過ぎたが、日本語で書いた記事が台湾でこれほど大きな話題になったのは、初めてのことだ。
翌月、同コラムで第2弾の記事を書いた。最初の記事へのコメントなどを元に、筆者なりに整理して具体策としてまとめた内容だ。ところが、この2本目の記事に対する反応はほとんどなく、またも拍子抜けしたのだった。
テレビ局ディレクターに逆取材
一体、どういうことだろう—そう考えていたところに、台湾のテレビ局民視のディレクター、沈雅雯さんから取材の申し込みがあった。 沈さんの担当する「異言堂」は、日々のニュースを掘り下げて伝える報道番組だ。一度、日本のテレビ番組で手ひどい目に遭ってからテレビ取材を受けない方針でいたが、今回は考えを改めて、筆者が沈さんに逆取材することを条件に取材を受けることにした。とにかく、交通事情改善の追い風にしたかったのだ。
2021年の12月末、台北市内で沈さんとカメラマンの葉家君さんと会った。まず沈さん側の取材として筆者が記事の執筆動機などを話し、今度は筆者が沈さんに取材をスタートした。
「台湾メディアの記事を見て、田中さんの記事がネットで中国語に翻訳され、台湾のネット民の関心の高さを知りました。読んだ後、本当にその通りで、台湾人として恥ずかしさを感じつつも、ありがたい指摘だなと思いました」
そのうえで、筆者の記事への反響が大きくなった理由を、次のように説明してくれた。
「日本は、台湾よりずっと安全を重視しており、台湾の前をいく先進国です。いろいろな面で台湾にとっての手本を示してくれているので、やはり日本人からの評価は気になるのだと思います。温厚で礼儀を重んじる日本の方でさえ、黙ってられなくなるくらい台湾の交通事故は深刻なんだと改めて考えさせられました」
さらに、台湾の交通を改善するために何が必要だと思うか、という問いにこう答えてくれた。
「今の台湾の交通事故に対する報道は、事故による被害者の多さや悲惨さにばかりクローズアップしがちです。事故原因の分析や、続報、事故後の後追い報道も少ない。それは交通事故が日常化してしまっているからだと思います。この状況を打破するには、“交通革命”が必要だと思います。全面的な改革です。それには、台湾最高の行政機関である行政院が主導し、各部や地方政府と一緒に変わっていく必要があります。教育、免許制度、道路設計、道路標識や規格、車線や取り締まりも含めて、短中長期に渡る目標を決めて取り組むことが必要だと考えています」
1月8日に放送された番組は、45分の枠のうち約30分をこの問題にさいていた。同映像は、YouTubeでもアーカイブとして公開されている。番組には、日本語字幕を付けることに了承を得ており、今、翻訳を進めている。各種データとともに、交通事故被害者の遺族、台湾の交通問題の専門家や、各国での交通安全の取り組みなどとあわせて、台湾で話題になった記事を書いた日本人ライターとして、台湾の交通事故の多さに言及する筆者のコメントが紹介されていた。
日本人へのイメージを覆した記事
さて、ここで本稿のお題である「台湾の人が共感したわけ」である。
上述した沈さんの回答に大きなヒントがある。それはズバリ、日本人へのイメージだ。温厚で礼儀を重んじる日本の方でさえ、黙ってられなくなるくらい」というように沈さんの日本人に対するイメージが語られている。
端的に言えば、文句など言いそうにない日本人が、台湾を批判した—それが筆者の記事が注目された理由だったのではないだろうか。
この「文句を言いそうにない日本人」とは、日本人に対する沈さんのイメージだろう。ある意味ではこれがステレオタイプなのかもしれない。このステレオタイプとは、型にはまった固定的な概念、ものの見方を意味するため、ネガティブなニュアンスで使われることが多いが、思考の第一歩として、たいていの人がたどるもので、本来的にはネガティブな意味はない。というのも、ステレオタイプが、ものを考える際の助けにもなるからだ。
ただ、何かを理解しようとするときに陥りがちなのは、ステレオタイプの枠の中に留まって、個別具体の違いに目を向けず、発見がなくなることだ。思考停止、と言い換えてもいい。
台湾で暮らしていると、日本人というだけで厚遇を受けることがある。おそらく、その人が見ているのは、自身の中で構築された日本的イメージであって、筆者個人ではない。筆者はたまたま台湾人と結婚して台湾に暮らしているが、だからといって「日本代表」的な重荷は背負えないし、背負う気もない。田中美帆は日本人ではあるけど、その逆はイコールではないからだ。
同じことは、日本でもある。台湾のことを「台湾は親日だ」と評する、あれだ。
この2年、観光目的の往来ができなくなった。極端に言えば、2年前で互いの個別体験の機会は失われ、入ってくるのはメディアを通じた二次情報しかない。日本も台湾も、どこかイメージだけで理解しようとしていないか。そこから一歩踏み込んだ理解のために、次の一歩を踏み出す必要があるように思う。
ちなみに、当該の記事に対しては、台湾に在住している方からこんなコメントが続いた。「ずっと思っていたことでした。代わりに言ってくださってありがとうございます」—皆、不満が臨界点に達していたのかもしれない。
互いに学び合う相手として
記事公開からおよそ2カ月後の今年1月26日、筆者は初めて台湾交通部の記者会見に出席した。会見は筆者の記事が公開される少し前、台湾政府の運営する「公共政策網路參與平臺(全民來join)」というプラットフォームに「交通指揮センターを設置し、台湾で起きている交通事故の状況を会見で公表してほしい」という国民からの政策提言を受けて実施が決まったものだ。同プラットフォームでは、5000を超える賛同を集めると、政府が回答を行うことになっている。その声を受けた、台湾交通部は昨年12月29日から会見を開き、交通事故の現状分析の発信を始めた。

台湾交通部が開催した記者会見。会見では交通事故の現状分析などを紹介している、2022年1月26日、台湾台北(筆者撮影)
つまり、外国人かつフリーランスの記者が政府の会見に参加したのである。記者クラブ制度があり、フリーランスが入れない場合がある日本との違いは明らかだ。
沈さんの言った「先進的」「手本」という日本に対する印象を思い返していた。10年前、いや20年前なら、あるいはそのまま受け止めたかもしれない。だが、2022年の今、台湾でその先進的な一面を見聞きする筆者は、首を傾げてしまうのだ。
台湾総統選挙(2020年)の投票は約75%、立法委員の女性比率は4割超、同性婚は合法化され、公衆衛生の専門家集団が中心になってコロナ対策を担い、長期在住の外国籍住民も政策提言に参加できる—どれも、日本では成し得ていないことばかりだ。
とはいえ、日本だろうと台湾だろうと社会には何かしらほころびやほつれはあるものだ。互いを羨望(せんぼう)の対象として見ているだけでは、一方的でどこかいびつだ。それよりも、他者の優れた点に学びつつ、ともに前進していく姿勢が日本にも台湾にも必要だろう。互いに学び合う、そんな関係になれたらと願う。
今回、台湾で得た反響によって気づかされたのは「台湾は声が届く社会だ」という点だ。この実感は、日本とは随所で異なる民主主義を実践する台湾という場所に生きる筆者にとって、これから大きな糧になると確信している。
バナー写真=台湾の早朝の通勤ラッシュの様子(ロイター)
