世界で人気のジャパニーズウイスキーに新風。業界の構造をも変える「ボトラーズ事業」とは?

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2021年の輸出金額が前年比70%増(財務省の貿易統計)。総額でも462億円と清酒を上回り、いま国産ウイスキーはかつてないほどの盛況を迎えている。だが、ウイスキー製造は初期投資額が大きく、熟成が必要なため回収にも時間がかかるなど、事業としては脆弱な側面もある。そんな状況に風穴を開けようとしている人々がいる。その意図や未来像を知るべく、日本初の「ボトラーズ事業」を起こした「T&T TOYAMA」(富山県砺波市)を訪ねた。

ウイスキーの本場スコットランドに倣った新事業

とあるウイスキー雑誌の最新号の特集記事はこんな書き出しで始まっている。

〈ジャパニーズウイスキーの快進撃が止まらない〉

2020年に日本のウイスキーの輸出額が日本酒を上回って首位になった。過去5年間で国内のウイスキー蒸留所の数は5倍に増え、計画中のものを含めると、今年中にその数は70軒に迫ると言われている。昨年2月には、日本洋酒酒造組合が「ジャパニーズウイスキー」の基準を設けたことも話題になった。コロナ禍の影響など、どこ吹く風の勢いに見えるが——。

この冬一番の寒気が日本列島上空にデンと居座った1月のある日、日本のウイスキー業界で初となる「ボトラーズ」事業を立ち上げた二人に話を聞くため、私は富山県砺波市にある三郎丸蒸留所に向かった。ボトラーとは蒸留所からウイスキー原酒を購入し、独自の熟成を行い、瓶詰めをし、自社のラベルを貼って販売する業態のことだ。日本がウイスキー造りのお手本にしてきたスコットランドには多くのボトラーズが存在し、業界の中で大きな役割を担っているが、日本にはこれまで一つもなかった。

冬季は雪に覆われる三郎丸蒸溜所。この地ならではの気候もまた、ウイスキーが個性を得るのに役立つ 筆者撮影
冬季は雪に覆われる三郎丸蒸溜所。この地ならではの気候もまた、ウイスキーが個性を得るのに役立つ 筆者撮影

雪かきで積み上げられた雪塊の先のオフィスで稲垣貴彦さんと下野孔明(ただあき)さんが待ち受けていた。稲垣さんは三郎丸蒸留所の本体である老舗酒造メーカー、若鶴酒造の5代目にしてブレンダー。一方の下野さんはシングルモルト通販ショップ「モルトヤマ」の店主で、ウイスキープロフェッショナルという資格を富山県で初めて取った人物である。

「ボトラーズ事業の社名であるT&T TOYAMAは我々の名前の頭文字から付けました」

スコットランドを代表するボトラーであるゴードン&マクファイル(通称G&M)に倣ったのだと、ちょっと照れたように稲垣さんは付け加えた。社長は下野さんが務め、稲垣さんがパートナーという位置付けであるという。

ボトラー誕生のストーリーは2016年に始まる。この年の6月、大阪で開催されたウイスキーイベントの会場で、下野さんが出していた販売ブースに客として稲垣さんが立ち寄る。同年、稲垣さんは勤めていたIT関連の会社を辞め、家業に戻ったばかりだった。一方、下野さんはその3年ほど前に三郎丸蒸留所を訪ねたことがあった。

「テレビのニュース番組で県内唯一のウイスキー蒸留所として三郎丸を取り上げることになり、僕がプロとして立ち会ったのです。日本のウイスキーがようやく勢いを取り戻し始めた頃でした」と下野さん。

ところがこの時、三郎丸蒸留所は活況とは程遠い状態だった。建物はボロボロ、蒸留器はウイスキー用のポットスチルではなく、焼酎用のものを流用しているという有様だった。若鶴酒造では1952年からウイスキー造りを行なっていた。が、あくまでも本業の清酒造りの合間に行われる副業的な存在だった。「設備を整えればもっと良いウイスキーができるのに」と下野さんは残念に思い、そのことを何とかして直接経営者に伝えたかったがツテがなかった。それから3年後に、経営者のほうから下野さんにアプローチしてきたというわけだ。

家業に加わるやいなや、稲垣さんは矢継ぎ早に蒸留所の改革を断行していった。建屋を改修し、設備も一つ一つ更新していった。中でも業界の注目を集めたのは梵鐘(ぼんしょう)製造で知られる地元の鋳物メーカー・老子(おいご)製作所と共同開発した鋳造ポットスチル「ZEMON」だった。従来ポットスチルは銅板を用いる「曲げ板金加工」で造られるが、ZEMONは鋳型に溶かした銅と錫を注いで固める「鋳造」で造る。肉厚なので既存の蒸留器よりも耐久性が格段に増し、原酒の味わいも向上するという画期的な発明であった。「三郎丸の現在の原酒のレベルは、日本のクラフト蒸留所のなかでもかなり高い方だと思います」と下野さんは評価する。

三郎丸蒸溜所では革新的な鋳造式のポットスチルを用いる。銅板を使ったおなじみのポットスチルとは景色からして異なる 筆者撮影
三郎丸蒸溜所では革新的な鋳造式のポットスチルを用いる。銅板を使ったおなじみのポットスチルとは景色からして異なる 筆者撮影

2019年10月に二人はスコットランドに視察旅行に行く。20軒ほどの蒸留所を訪ねた。が、彼らの目的は蒸留所訪問だけではなかった。「樽工房、麦芽造り、グレーンウイスキー産業、そしてボトラーズと、ウイスキー産業全体を見たいと願っていました」と稲垣さん。

ウイスキー産業の脆弱さとボトラーズ事業のメリット

「快進撃が止まらない」と表現される日本のウイスキー業界だが、たとえば樽を作る会社は独立したものでは1社のみ。麦芽を作るところは大手系列しかない。ブレンデッドウイスキーに欠かせないグレーンウイスキーの製造についても同様である。ニッカの竹鶴政孝やサントリーの鳥井信治郎に始まる日本のウイスキー造りは、それぞれの蒸留所があらゆる工程を一貫して行なってきたという歴史がある。が、実はそのことが業界の発展にブレーキをかけてきた側面があった。

新規に蒸留所を立ち上げるには10億円もの資金が必要とされる。ところが熟成という工程が必要なため、資金回収が始められるのは早くても3年目以降である。このリスクが新規参入の障壁になっていた。また大手は自社内で完結しているので、情報や人材の交流も限られていた。ブームだからと手放しには喜べない脆弱さが日本のウイスキー産業にはある、というのが二人の一致した見解であり、懸念だった。視察を通じて、二人はスコットランドのウイスキー造りが分業化され、多層的な構造になっていることを知った。それが産業全体を強靭かつ柔軟なものにしているように見えた。

「日本のウイスキーの活況を一時のブームに終わらせることなく、世界に誇ることのできる産業として育てていくために、まずはボトラーを立ち上げるべきではないかと話し合いました」と稲垣さんは言う。IT産業の洗礼を受けた稲垣さんは、シェアリングエコノミー的な発想が普通にできるようだ。だからスコッチの相互扶助・共存共栄の精神に根ざした産業構造がストンと腑に落ちた。

「ボトラーズは貯蔵熟成、販売を担います。蒸留所は原酒の一部を売ることで早期にキャッシュを得ることができ、生産に集中し、新たな取り組みに投資することができる。それによって原酒の質が上がるという好循環が生まれます。オフィシャルボトル(蒸留所自体が熟成、瓶詰めするもの)とボトラーズとで、異なるタイプの樽を使って熟成することで、単純にウイスキーのバリエーションは倍になります。愛好家にとっては魅力的なことだと思います。異なる環境で同じ原酒を熟成する実証実験を行えることになり、そこから蒸留所は自社の原酒の個性が見えてくるというメリットもあります」

蒸留所、ボトラー、愛好家の全てが利益を得る「ウィン・ウィン・ウィン」の構図が目に浮かぶ。

「スコッチのシングルモルトでは、知名度の低い蒸留所でもボトラーズが出すことで、マニアが注目して人気が出ることがあります」と下野さんが付け加える。味わいと同様に、ウイスキーの販路も多層的な方が良いということだろう。

樽のなかで熟成の時を過ごすウイスキー。樽の素材や加工により、オフィシャルボトルとは違った個性が与えられる 筆者撮影
樽のなかで熟成の時を過ごすウイスキー。樽の素材や加工により、オフィシャルボトルとは違った個性が与えられる 筆者撮影

ボトラーズ事業に寄せられる期待

ボトラー立ち上げための資金はクラウドファンディングで募った。当初の目標額1000万円を早々にクリアし、最終的には4000万円を超える資金の調達に成功した。業界関係者やウイスキー愛好家の大きな期待がクラウドファンディングの成功を支えた。

「T&T TOYAMA」を立ち上げた二人は国内のクラフト蒸留所を回って自分たちの取り組みについて話し、手がける原酒を探した。多くの蒸留所が好意的に迎えてくれたという。まず6軒の蒸留所──江井ヶ嶋蒸溜所(兵庫)、尾鈴山蒸留所(宮崎)、御岳蒸留所(鹿児島)、嘉之助蒸溜所(鹿児島)、桜尾蒸留所(広島)、三郎丸蒸留所(富山)──からの原酒が樽に入れられることになった。この最初のプロジェクトは「Breath of Japan(日本の息吹)」と名付けられた。樽にもオリジナリティを求め、バーボン樽の内側の炭化した部分を削り落とし、低温でじっくり焙煎しなおした「焙煎バーボン樽」を開発。よりまろやかな樽香が得られるこの樽を軸に、各原酒の個性に合った熟成を探っていくという。

新造中の貯蔵庫の前で、稲垣さん(右)と下野さん。日本のウイスキーを良くしていこうという気持ちが、業界全体で共有されることが大切だと二人は考えている 筆者撮影
新造中の貯蔵庫の前で、稲垣さん(右)と下野さん。日本のウイスキーを良くしていこうという気持ちが、業界全体で共有されることが大切だと二人は考えている 筆者撮影

砺波市のお隣、南砺市の井波地区にボトラーズ事業のために新造中の貯蔵庫があるというので、見せてもらうことにした。低い山並みを背にした広大な土地に足場が組まれ、木骨組の建造物が半ば立ち上がっていた。その眺めから私が連想したのはカトリックの聖堂だった。我々の目の前で、クレーンが巨大な集合材を吊り上げていく。

「広さは887平方メートルあります。壁面にはCLTという材を使っています」と稲垣さん。CLT(直交集成板)は、ヨーロッパで発展した木質系材料だ。頑丈で、高層建築を建てることもできる。断熱性に優れていることも特徴。もう一つ、二人が注目したメリットは湿度を一定に保てること。貯蔵庫の湿度が高いと結露ができやすく、それがカビの原因になる。逆に乾燥しすぎると樽由来の風味が過度に出てしまう。鉄骨とスレートで作る従来の貯蔵庫と比べ、外気の変化の影響が少なく、穏やかに熟成が進むことが期待できるという。

取材の最後に蒸留所に戻って、「Breath of Japan」の原酒数種を試飲させてもらった。嘉之助蒸溜所の原酒はエキゾチックフルーツの風味があった。御岳蒸留所の原酒はフローラルな香りがあり、バランスも良く、そのまま商品化しても良さそうな完成度の高さがあった。また三郎丸蒸留所の原酒はピート由来のスモーキーさが際立ち、その奥から高貴なフルーツ香がのぞいた。熟成前の原酒の段階でここまでの違い、個性があることに心底驚いた。

「Breath of Japan」が熟成を終えてリリースされるのは2025年以降になる。そしてその頃には各蒸留所がオフィシャルボトルを世に出してくるだろう。同じ蒸留所の原酒から造られたオフィシャルとボトラーズの飲み比べができたら、さぞや楽しいだろう。

蒸留所を離れる時には雪がまた降りしきっていた。思えば雪国らしい1日だった。あるウイスキー評論家が語っていたこんな言葉を思い出す。

「日本には山間、海沿い、盆地、島しょ部と、さまざまな地理的条件・気候風土があり、ウイスキーの熟成環境のバリエーションという点ではスコットランドよりはるかに優っています。それは極めて有望なことだと思います」

ジャパニーズウイスキーの熟成のなりゆきを、期待を持って見守りたい。

バナー写真:サンプル用に瓶詰めされた熟成前の「Breath of Japan」の原酒たち。透明な液体は熟成を経て琥珀色になる。製造本数は各々200本ほどとのことで、入手困難なウイスキーになることは間違いない 筆者撮影

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