北里大学の研究者らが開発: 緑色LEDでヒラメ・カレイの成長速度が1.6倍に

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緑色の発光ダイオード(LED)光などを当てることで、ヒラメやマツカワなどカレイ目の養殖魚の成長速度を1.6倍に高める「光養殖」の技術を北里大学の研究者らが開発した。既にこの技術を用いた養殖魚の流通も始まっている。開発者の北里大学高橋明義教授にこの技術の開発の経緯を聞いた。

高橋 明義 TAKAHASHI Akiyoshi

北里大学海洋生命科学部魚類分子内分泌学研究室教授。1957年、岩手県釜石市生まれ。80年、北里大学水産学部卒業。85年、北里大学大学院水産学研究科博士課程終了。水産学博士。日本学術振興会奨励研究員、北里大学医学部助手等を経て、2006年より現職。12年、日本下垂体研究会『吉村賞』受賞。16年、日本水産学会『水産学進歩賞』受賞。日本下垂体研究会会長、日本比較内分泌学会会長などを歴任。著書(共著)に『ストレスとホルモン』(学会出版センター)『ホルモンから見た生命現象と進化シリーズⅢ成長・成熟・性決定—継—』(裳華房)など。

日本は2020年の漁業生産量423万トンのうち、養殖業によるものは約24パーセント(農林水産省「漁業・養殖業生産統計」より)を占める。養殖には、魚を安定的な環境で飼育できることから水産業の振興や食料自給率の向上に寄与するという期待がある。消費者が食べたい魚を手頃な値段で買える市場価格の安定にもつながっている。

ブリ、マダイ、カンパチなどが日本における養殖魚生産量の上位を占める中で、いま、養殖魚としてはマイナーと言えるヒラメ、マツカワ、ホシガレイなどカレイ目に“光が当てられて”いる。緑色LED光を照らすことで、これらカレイ目の魚の成長速度を1.6倍ほどに高められる「光養殖」の技術が開発されたからだ。

緑色光でカレイ目の魚が活性化される理由

「初めは魚の体が黒ずんでしまうのをどのように防ぐかという、別の課題に取り組んでいたのです」

光養殖技術の開発のきっかけを語る北里大学海洋生命科学部の高橋明義教授は、光養殖の生みの親の一人だ。岩手県釜石市にて生家が魚屋を営む中で育ち、北里大学の水産学部(現・海洋生命科学部)に入学。以来、魚類ホルモンの研究者の道を歩んできた。

水槽でカレイ目の魚を育てると、目のない側の白い体が黒ずんでしまう。この「黒ずみ問題」を解決すべく、高橋教授は岩手県水産技術センターの山野目健氏と共同研究に取り組んでいた。2000年頃から数年間の実験により、白色の水槽でマツカワを育てると、黒色の水槽と違って黒ずみが起きにくいことが分かった。このとき、高橋教授らは白の水槽で育てたマツカワの成長が早いことも発見した。

さらに、白の水槽では、汚れると効果がなくなってしまうため、効果を得られそうな色の光を当ててみることを思い付いた。赤青緑の光の三原色のうち緑色光をマツカワに照らしてみると、明らかに成長が早まるのが確認できた。この成果を2009年に山野目氏とともに論文発表した。

マツカワの飼育研究に使用した緑色LED水槽 提供:北里大学海洋生命科学部
マツカワの飼育研究に使用した緑色LED水槽 提供:北里大学海洋生命科学部

その後、光源をフィルター付き蛍光灯から、共同研究者となったスタンレー電気が開発した緑色LEDに代え、実験した。すると、マツカワの泳ぎは活発になり、食べる餌の量が増え、成長が早まった。

では、なぜ緑色光だとカレイ目の活動が活性化されるのか。太陽光の三原色のうち、海底のカレイ目の生息域までよく届くのは緑色光だ。高橋教授によれば、「カレイ目は色覚に優れていて、とくに緑の光の識別能力が高い、あるいは感受性が高い」。本来の生育環境に届く緑色光に近い光を浴びることで、動きが活発になり、食欲が増すのではないかと推察する。

2010年代後半になって、高橋教授らはカレイ目のホシガレイとヒラメで各色の光を照射する同様の実験を行い、いずれも緑色光で成長が早まることを確かめた。一方、サケ目のニジマス、コイ目のキンギョでは効果が見られなかったという。また、他の研究者によれば、スズキ目のマダイやブリでも効果はないらしい。

大分と岩手で進むヒラメ・カレイの養殖

ヒラメやカレイに緑色光を当てることで、体長が最終的にどこまで伸びるかは不明だが、体重増加の速度が1.6倍ほどになることは確かめられている。水産の養殖業に携わる人たちの間でもこの研究結果が注目を集め、ほどなくして光養殖の実用化が進んでいった。

同時期に緑色光で育ったヒラメ(左)と通常光で育ったヒラメ(右)提供:大分県農林水産研究指導センター水産研究部
同時期に緑色光で育ったヒラメ(左)と通常光で育ったヒラメ(右)提供:大分県農林水産研究指導センター水産研究部

ヒラメの養殖が盛んな大分県では、県農林水産研究指導センターの研究者が光養殖に興味を抱き、県内の養殖業への技術導入を図った。これに呼応する形で、ヒラメ養殖に緑色LEDを導入する養殖業者が現れ、今では県内の複数の業者が光養殖を実用化しているという。

緑色光のLEDで飼育したカレイの養殖水槽 提供:大分県農林水産研究指導センター水産研究部

通常光で飼育したカレイの養殖水槽 提供:大分県農林水産研究指導センター水産研究部

また、岩手県宮古市では、高橋教授の共同研究者である水産研究・教育機構宮古庁舎の研究者と市が協力し、2019年から宮古漁協にホシガレイの陸上養殖調査事業を委託。光養殖の技術が導入され、翌年から、出荷サイズになるまで、通常約2年かかるホシガレイが1年で出荷されるようになった。

本格実用化への取り組みが進んでいることについて、高橋教授は「よかったと思います。緑色LEDを使って元気に成長するヒラメやカレイをどんどんつくってほしいですね」と話す。

だが、一方で研究者としての探究心は、まだ満たされていない。

メカニズムの全容解明はこれから

「技術面では光養殖の開発は成功に至りました。けれども、どうして緑色光が効くのか。科学的にはまだ解明しきれていない部分があります」

緑色光によるカレイ目の成長促進を巡っては、かねてから高橋教授が着目していた体内物質がある。「メラニン凝集ホルモン」(MCH:Melanin-Concentrating Hormone)だ。1983年にサケで色素を凝集させる物質として見いだされ、さらに96年には、マウスでMCHが食欲を誘起することが明らかにされている。

冒頭のマツカワの「黒ずみ問題」に取り組んでいたとき、すでに高橋教授は白い水槽で育ったマツカワでは、黒や黄色の水槽で育ったマツカワより、MCHの分泌が促進されることを確かめていた。

「MCHによって体が白くなるとともに、食欲も出てくるのではないかと考えたのです」

ところが、最近、研究プランの再構築を要するような実験結果が出てきたという。ホシガレイでは、MCHを脳脊髄液中に投与したところ、摂餌量が逆に減ってしまったというのだ。

「(カレイ目の)成長促進にMCHが関わってはいるものの、かならずしも主役ではないということかもしれません。さまざまな視点を持ちつつ研究をしているところです」

光照射と成長促進をつなぐメカニズムが明らかになれば、科学が前進する。それとともに、光養殖がどんな魚種に効果的か、また、どんな環境で効率的かも見えてくるだろう。光養殖がさらに汎用的になれば、漁獲量減少や食料自給率低下などの課題解決に寄与することも期待される。

東和水産のLED水槽 提供:大分県農林水産研究指導センター水産研究部
東和水産のLED水槽 提供:大分県農林水産研究指導センター水産研究部

キャンパス内に自前の実験施設を築きたい

「養殖魚の成長を促進する」という点では、光養殖の他に、さまざまな技術が多種多様な魚種に対して試みられている。餌の質そのものを工夫するというのはその一つだ。また、ゲノム編集(生物が持つゲノムDNA上の特定の塩基配列を狙って変化させる技術)を用いた方法も研究開発が進み、2021年に「肉厚マダイ」の流通が認められたほか、トラフグでも成長促進が試みられている。

高橋明義 北里大学海洋生命科学部教授 撮影:山本雷太
高橋明義 北里大学海洋生命科学部教授 撮影:山本雷太

さながら成長促進を巡る競争のようにも感じられるが、高橋教授の見方はどうか。

「それぞれの魚種に対して、得意な技術を生かし、伸ばしていけばよいのではないかと考えています。タイやブリではすでに成長が促進されるような餌が使われるなどしていますからね」

カレイ目の養殖では、ヒラメは養殖魚類総生産量の1%ほどに過ぎないなど、まだマイナーと言える。だが、それだけ伸び代があるとも言える。高橋教授は光養殖の普及に向けた課題を挙げる。

「緑色LEDのコストがかかる点は課題です。白色LEDと違い、特注品ですし、防水・防塩の対策もしなければなりません。また、光照射のためのエネルギーについてもエコとは言えません。再生可能エネルギーを活用するなどの対処も必要となります」

大学発のブランド養殖魚としては、近畿大学の「近大マグロ」がよく知られているが、これらの課題を克服できれば、北里大学の研究から生まれたブランド魚が誕生するかもしれない。

成長促進メカニズムの解明を含む研究面でも、進展のため実現させたいことがあるという。

「北里大学の海洋生命科学部は岩手県大船渡市の三陸キャンパスを本拠とし、実験施設を使っていましたが、2011年の東日本大震災の津波の被害を受け、神奈川県の相模原キャンパスに移転しました。ヒラメやカレイなどの大きな魚で実験するとなると、それなりの施設や設備が必要です。いまは共同研究者のいる水産研究・教育機構宮古庁舎の施設を使わせていただいていますが、今後はぜひ協賛社を見つけるなどして、相模原キャンパス内で実験できるようになればと願っています」

養殖の未来像を大きく変える可能性を秘めた取り組みは、実用面でも研究面でも発展の途をたどっているところだ。

バナー写真:緑色光LEDを照射された水槽内で活発に泳ぐ養殖ヒラメ(大分県深良津二世養殖漁業生産組合)提供:大分県農林水産研究指導センター水産研究部

北里大学 ヒラメ養殖 LED