ロシアの原発攻撃:国際法違反、「非常に危険な事態」-ウクライナ出身の福島大放射能研教授

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ロシアはウクライナ南東部ザポリージャの原子力発電所を攻撃。一歩間違えれば、放射性物質をまき散らし、国内外で多くの犠牲者が出るとともに、大きな環境被害をもたらすところだった。ウクライナ出身で福島第1原発事故の環境影響を研究している福島大学環境放射能研究所のヴァシル・ヨシェンコ教授は、取材に対して「決して起きてはならないことであり、衝撃を受けた」などと述べた。

ヴァシル・ヨシェンコ Vasyl YOSCHENKO

福島大学環境放射能研究所教授(専門は放射生態学)。ウクライナ出身。タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学卒業。1989年ウクライナ農業放射線研究所(UIAR)入り。チェルノブイリ原発事故による環境影響を研究し、95年に放射線生物学でPh.D.を取得。来日して2014年に福島大環境放射能研特任教授に着任、20年4月から現職。福島第1原発事故の森林環境への影響を調査している。

まさか原発が…

-ロシア軍がザポリージャ原発を砲撃したとのニュースを聞いて、第一印象は。予想されたことですか。

ロシアがウクライナを攻撃するとは予想していたが、ザポリージャ原発の施設を攻撃するとは思ってもみなかった。21世紀に生きる現代人は、原発は危険であり、いかなる場合も決して攻撃してはならないと理解している。私はショックを受けた。ロシアは同原発に続き、核研究施設の国立ハリコフ物理技術研究所の敷地を攻撃した。さらに別の原発もおそらく攻撃しようとしている。

-原発施設への攻撃は電力供給を不安定化させるのが狙いか、それとも危険な状況を作りだそうとしているのでしょうか。

本当に非常に危険な状況になり得たと思うが、ロシアの意図までは分からない。ザポリージャ原発は欧州最大であり、世界でも最大級の規模だ。ロシアは電力供給の遮断を狙ったのかもしれない。私の理解では、1つを除く全原子炉が停止しており、ウクライナは電力の供給不足をどこかで賄う必要に迫られている。

-今回の攻撃は福島第1原発のような「事故」ではなく、人類が軍事行動で引き起こしたものです。どう感じましたか。

本当に恐ろしい事態だ。いかなる状況であれ、原発や関連施設への攻撃は許されるものではなく、決して起きてはならないことだ。ロシアは原子炉を攻撃の対象にしていないと主張しているが、原発内の全ての施設が重要なのだ。福島第一原発の例を取ると、原子炉には当初、直接的な影響がなかったものの、全電源を失って冷却できなくなり、炉心溶融が起きた。

ザポリージャ原発は加圧水型軽水炉で、2系統の冷却用水路が存在する。原子炉自体は厚いコンクリート壁で保護されて、ミサイル攻撃にもおそらく耐えられるが、第2冷却用水路は保護壁の外に位置しており、停止したり、攻撃を受けたりすれば重大な事態となる。状況を全て把握しているわけではないが、私の理解する限り、戦車の砲撃を受けた1号原子炉には燃料が入っていた。攻撃後、他の原子炉のいくつかも停止させたが、4号原子炉だけは稼働中だ。

-今回の攻撃は、どのぐらい危険なものとなった可能性がありますか。

(国際法の)ジュネーブ条約は原発への軍事攻撃を禁じている。これは非常に重要な点であり、われわれが非常に危険な状況にあるという理由はここにある。攻撃側は原発に従事している科学者でもスタッフでもなく、自分たちがしでかしていることを理解していない。非常に危険な行為をする意図がなくても、無意識のうちにやってしまう可能性がある。深刻な事故が起きて、放射性物質を放出する結果になる可能性がある。

核施設攻撃の正当化、「馬鹿げている」

-チェルノブイリ原発はロシア軍が制圧しているが、どんな事態が起き得るでしょうか。

限定的な情報しかないが、チェルノブイリは今や原発というよりも、放射性廃棄物の貯蔵施設となっており、放射性物質の放出源となる可能性がある。ロシア軍が制圧して以降、同原発の職員は通常より少ない人数で働かされており、人的なミスが起きる可能性が高まるだろう。ロシアが同原発を占拠した侵攻初日、チェルノブイリ地区では放射性物質の大気中濃度が大きく上昇した。戦車のような大型車両が汚染地域を通過して移動したことが原因ではないか。ロシア軍が放射線障害を引き起こすような意図的な行動を起こさなくても、チェルノブイリも危険な地域だ。

-ウクライナにある原発では、防護策は取られていますか。

閉鎖しているチェルノブイリ以外に4つの原発があるが、きちんと防衛策が取られているかどうかは分からない。シュミハリ首相は国際原子力機関(IAEA)と欧州連合(EU)に対し、原発周辺地域の保護に向けて人員を派遣できないか照会している。

-原発以外の発電施設への攻撃も環境被害をもたらす可能性がある。ウクライナは原発の保護に重点を置いているのか、あるいは何もかも保護しようとしているのでしょうか。

もちろん、あらゆる物を守りたいが、地図を見れば、いたる所が攻撃されているのが分かる。ロシアは最近、ウクライナの首都キエフ南方20キロに位置する石油施設を攻撃し、激しく炎上した。ウクライナ軍は施設全体の大爆発を回避しようとしたが、状況は極めて危険だった。またロシア軍は通常の500キロ爆弾を使用している。われわれには適切な防空態勢がないので、重要なインフラを含めて多くの対象が空爆の標的となっている。

ロシアはハリコフ物理技術研究所を攻撃したが、ここは規模の大きな科学研究施設だ。ロシアは攻撃を正当化するために、「ウクライナは米国の援助を得て核兵器を製造しようとしている」と言い張っているが、明らかなフェイクだ。核兵器製造の可能性のある場所として攻撃対象となったが、こうした言い分は馬鹿げている。

-今回の軍事行動は人類が初めて原発を攻撃したことを意味します。核兵器ではないが、原発への攻撃は放射性物質をまき散らす恐れがあり、「広島や長崎」に匹敵する事態だと言えませんか。

そう言えるのか、よく分からない。広島や長崎への原爆投下は意図的であり、民間人の大量殺戮や都市の破壊を目的としたものだった。ザポリージャ原発の場合、攻撃自体は意図的であり、危険な状況をもたらしかねないとしても、ロシアがこうした「明確な目的」を持っていたかどうかは、私には分からない。ロシアの原発攻撃の目的の一つには、欧州やウクライナを威嚇し、交渉において有利な立場に立とうとしている意図がある。原発は攻撃対象になってはならないし、ロシアによる原発に対する攻撃はテロと言える。

-ザポリージャやその他の原発に対して、再度攻撃が行われる可能性はあると思いますか。

その可能性はあるだろう。ロシアとウクライナの間で、再度協議が予定されているが、それに先立ってロシアは有利な材料を得ようとするだろう。ロシアは既に、防衛に関連した産業施設を爆撃ないし砲撃すると発表している。しかし、多くの場合、ロシアは民家や幼稚園といった民生の建物を攻撃している。ウクライナでは多くの子供や大人が死亡し、200以上もの学校が破壊された。これらは軍事施設ではなく、何から何まで攻撃対象にしている。

世界に望むこと

-ロシア軍の攻撃に対して、北大西洋条約機構(NATO)や欧米諸国、日本に望むことは何ですか。

ウクライナ側は何度も飛行禁止区域の設定を要請してきた。これこそが国土を防衛できる唯一の手段だ。地上戦ではうまく防御できることを示せたが、効果的な防空システムがない。ゼレンスキー大統領も毎日のように要請している。

-ロシア国民が戦争反対にどこまで立ち上がれるかが鍵を握るが、現実のものとなりそうでしょうか。

確かにロシアの多くの都市で抗議行動が起きており、多くの人々が警察に拘束されている。しかし、ロシアにいる仲間と意見交換したところ、最新の世論調査によれば、ロシア国民の70%以上が戦争を支持しているという。一部の人々が抗議行動を起こしても、政治を変えたり、プーチン大統領に影響を与えたりすることはできない。ロシア当局は国民に対して非常に強圧的であり、人々に戦争を止めさせるだけの力があるか懐疑的だ。それが間違いであれば、うれしい誤算だが。

-最後に、日本も含めた世界の人々に対してメッセージを聞かせてください。

日本では東京や大阪などでウクライナ支援の様々な行動があったことを知っているし、われわれウクライナ国民は感謝している。攻撃が始まった2月24日以降、私自身世界中から何十という支援メッセージをもらい、ありがたく感じる。何とかしてロシアに攻撃を止めさせることができればと思う。われわれに必要なのは平和だ。これが世界に向けたメッセージだ。(インタビューは3月7日に行った)

バナー写真:ウクライナ南東部ザポリージャの原子力発電所のライブカメラに映った落下する光る物体=2022年3月4日(ザポリージャ原子力発電所You Tubeより、時事)

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