持続可能な日台友好を築くための台湾研究者のプラットフォームSNET台湾

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新型コロナ流行前の台湾は、日本からの修学旅行先としても、高校生・大学生の留学先としても人気が高まっていた。しかし、コロナ禍で人々の往来は途絶。もともと修学旅行の支援を行っていた「NPO法人日本台湾教育支援研究者ネットワーク(通称:SNET台湾)」の活動も大きく制限される中、最先端の台湾研究の者らが直接、中高生の疑問に答える形のプログラムを実践し、注目を集めている。

SNET台湾とは?

台湾に関する情報はネット上にあふれているけれど、どの情報を信じればよいのか。そんな時にご覧いただきたいのが、SNET台湾が発信するYou Tubeの「SNET台湾チャンネル」やウェブサイト「みんなの台湾修学旅行ナビ」だ。

SNET台湾は台湾研究者が日台相互理解の深化を願い、台湾研究の最新の成果を教育資源として社会に発信するためのプラットフォーム。若林正丈早稲田大学名誉教授を顧問に迎え、洪郁如さん(一橋大学)、山﨑直也さん(帝京大学)と筆者の3人で2018年に立ち上げた。現在、日本台湾学会員をはじめ約80人の台湾研究者や専門家の協力の下、最新の学術成果を踏まえた台湾研究の知見を分かりやすく発信している。

隣人との相互理解を支援

SNET台湾設立のきっかけは、「多くの日本人高校生が修学旅行で台湾を訪れているにもかかわらず、高校の歴史の授業では台湾に関する知識を得ることが難しい。なんとかしたい…」と、2018年1月に山﨑さん、2月に洪さんから聞いたことに始まる。当時、私は台湾の友人に、そんなに台湾について知識があるなら、日台の若い人たちのために社会貢献すべきだと何度も言われていた。しかし、自分の専門である台湾文学研究を超えて活動することをおこがましく思い、学術分野以外で活動する自信も勇気もなかった。

そんな折、洪さんと山﨑さんから台湾修学旅行の現状について話を聞き衝撃を受けた。調べてみると、海外修学旅行参加者の3分の1に相当する5万人以上の高校生が訪台していた。しかし、高校の歴史教科書には台湾についての記述は限定的で、これでは引率する教員が事前学習にも困るのではないかと心配になった。そこで、私にも何か手伝えることはないかと考え、台湾への修学旅行の事前学習やコース選定をサポートするため、18年に3人でSNET台湾を立ち上げた。

山川出版社『詳説日本史』
山川出版社『詳説日本史』

日本の高校の日本史教科書として最も多く採用されている山川出版社『詳説日本史』の本文における台湾関連の記述は、①台湾出兵、②下関条約による台湾・澎湖諸島の割譲、③樺山資紀を台湾総督に任命、④鈴木商店破綻により不良債権を抱えた台湾銀行を救済できず若槻内閣総辞職、⑤「皇民化」政策、⑥サンフランシスコ平和条約による台湾などの領土放棄、⑦NIES(新興工業経済地域)の7点(注を含めるともう少しある)。いずれも1~3行程度に過ぎず、日本統治期と関係する記述全てを合わせても1ページに満たない。

一方、台湾の普通高校必修科目である歴史の教科書(翻訳版)薛化元主編、永山英樹訳『詳説 台湾の歴史―台湾高校歴史教科書』(雄山閣、2020年)では、全225ページ中、日本統治期に関する記述は56ページ、全体の約4分の1に及ぶ。

『詳説 台湾の歴史―台湾高校歴史教科書』
『詳説 台湾の歴史―台湾高校歴史教科書』

インターネットで「日本による植民地統治が台湾に近代化をもたらした」「ダムを造った」という情報を見つけ、「だから台湾は親日なんだ」と思う人もいると聞く。先述の台湾の歴史教科書にも、日本統治期のインフラ建設についての記述はあるが、それは「植民地体制下の経済発展」の一項目に過ぎず、「差別待遇下の社会発展」へと続く。互いの国の知識や認識が異なるのは当然のこと。だが、高校生には「親日台湾」という一面的なイメージにとらわれず、互いのことをよく知り、尊重し合える友人関係を築いてほしい。そのための出会いをエスコートしたいというのも、SNET台湾を始めた大きな動機だった。

台湾に「今」を学ぶ

日本のメディアにおける台湾報道は、台湾が白色テロ下にあった1990年以前は極めて限られ、90年代に司馬遼太郎『街道をゆく―台湾紀行』(1994)刊行によって、日本語世代がクローズアップされた。2011年の東日本大震災では、台湾から多額の義援金が届いたことで、「親日台湾」といった報道が飛躍的に増えていく。そして、今般のコロナ対策の成功を巡り、ようやく台湾社会の現況についても関心を持たれるようになってきた。

台湾には、ジェンダー平等、LGBTQ、移民、ダイバーシティ、若者の政治参加、人権、移行期正義、環境、エネルギー問題など、日本が直面する諸問題に早くから向き合ってきたため、「今」を学ぶテーマが豊富にある。SNET台湾も、日本の高校生、大学生が 隣人である台湾を知ろうと試みることで、異なる価値観に出会い、新しい世界を開く喜びを体験してほしい。また、互いに喜びを分かち合えるような交流をアシストしたいと願い、微力ながらさまざまな活動を行っている。

SNET台湾の活動紹介

活動1:高校や大学への出張講義

コロナ禍により国境は閉じ、台湾修学旅行は中止となった。だが台湾交流も、相互理解のための努力も止まらなかった。例えば、台湾修学旅行を中止せざるを得なくなった高校の先生方から、「生徒たちになんとか学習の機会を作ってあげたい」と連絡があり、実際に高校に出向いて対面、あるいはオンラインでの講義や研修を続けている。

東京都立八王子東高校でのオンライン台湾講座
東京都立八王子東高校でのオンライン台湾講座

成城中学校・高等学校での台湾講座(洪郁如さん)
成城中学校・高等学校での台湾講座(洪郁如さん)

ありがたいことに、私たち3人以外にも、多くの台湾研究者が参加しているのがSNET台湾の最大の強みだ。例えば、依頼のあった高校の近くの大学に勤める台湾研究者に、出張講義を打診したところ、なんと彼女の母校だったといううれしいハプニングもあった。

講義・研修の形式はさまざま。①講義形式、②事前にテーマや質問をもらい、回答形式での双方向授業、③SNET台湾のオンライン教材をいくつか視聴した上で質問をもらい、回答形式での講義、④高校生(個人orグループ)の発表へのコメントなど、事前に高校の先生方と相談しながら最適な形で行えるように努めている。現在も高校や大学への出張講義は、対面、オンラインともに継続中だ。

活動2:You Tube「SNET台湾チャンネル」

コロナ禍のこの2年間は特にオンライン教材を充実させた。YouTube「SNET台湾チャンネル」では、台湾研究者が中学生・高校生の疑問に答え、台湾の基礎知識をレクチャーする「台湾修学旅行アカデミー」シリーズがある。例えば第1回「台湾とは何か?」では、生徒・いちまつさんの、「学校の社会の時間に、先生が台湾は国ではないとおっしゃっていたのですが、本当に台湾は国ではないのでしょうか?」という質問に対して、東京大学の松田康博教授が、台湾/中華民国という二つの名前の意味、台日・台米・台中関係、台湾という例外的事例から考える国家の意味などについて分かりやすく答えている。台湾について知りたい、もっと知りたい全ての方にお勧めの回だ。

台湾修学旅行アカデミー第1回「台湾とは何か?」(松田康博先生といちまつさん)
台湾修学旅行アカデミー第1回「台湾とは何か?」(松田康博先生といちまつさん)

番組名は「台湾修学旅行アカデミー」だが、10代・20代のみならず、幅広い年代に視聴されている。その後も国際社会、教育、選挙、経済、建築、台南、映画、LGBTQ、高校生の政治参加、民間信仰、砂糖をテーマとする全12回、さらに実際に台北機廠鉄道博物館園区に「潜入」しての特別編3回を配信中、今後も続々配信予定だ。

また、SNET台湾チャンネルでは「おうちで楽しもう台湾の博物館」シリーズとして、①国立台湾博物館、②国立故宮博物院、③国家人権博物館、④国立中正紀念堂、⑤国立台湾史前文化博物館、⑥国立台湾文学館、⑦二二八国家紀念館、⑧順益台湾原住民博物館、⑨衛武営国家芸術文化センター、⑩国立台湾歴史博物館といった代表的な10の博物館を紹介している。こちらは台湾の博物館が制作した動画にSNET台湾が日本語字幕を加え、冒頭に解説を付けた。博物館を訪れる前に、ぜひご視聴いただきたい。

活動3:ウェブサイト「みんなの台湾修学旅行ナビ」

みんなの台湾修学旅行ナビ
みんなの台湾修学旅行ナビ

台湾観光ガイドサイトもご紹介したい。「みんなの台湾修学旅行ナビ」は、台北101故宮博物院総統府台南孔子廟六合夜市といった台湾の有名観光スポットから、工業技術研究院台湾人権促進会台湾ジェンダー平等協会など、あまり知られていないが、台湾の“今”を創って来た大切なスポットまで紹介している。200以上のスポットを、約65人の台湾研究者や専門家が、学びのポイントを分かりやすく解説している。関係書籍や動画も紹介するなど、学術的ながらも楽しめるサイトだ。サイト名「みんなの」が表すように、高校生に限らず、誰もが学びのテーマや台湾の旅をデザインできる。今後も魅力的なスポットを追加予定だ。

活動4:「台湾国家人権博物館特別展」の監修とウェブサイトの制作

国家人権博物館ウェブサイト
国家人権博物館ウェブサイト

2021年秋に、国家人権博物館の初めての海外展示「台湾国家人権博物館特別展-私たちのくらしと人権」が台湾文化センター(東京・港区)で開催された。SNET台湾は監修を担当し、多くの人が視聴できるよう 特別展ウェブサイトを作成、公開した。長年にわたる苦難の末に人権擁護を実現した台湾の経験を、「台湾国家人権博物館特別展」の展示物、「台湾の人権」年表を通して学ぶことができる。

SNET台湾の活動は、18年の設立以降、多くの方のご理解とご協力により、修学旅行のみならず、さまざまな教育支援へと展開してきた。21年11月にはNPO法人日本台湾教育支援研究者ネットワークとして新たなスタートを切った。ぜひ、SNET台湾とともに、持続可能な日台友好を築いていきたい。

写真はすべて著者から提供

バナー写真:SNET台湾ウェブサイト

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