外国人や過疎地に住む人にも医療アクセスを! : 在日台湾人医師が多言語オンライン診療サービス

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過疎地に住む人や日本語が話せない外国人労働者にも、症状が軽いうちから気軽に医師の診察を受けてもらいたい―。台湾人の徐立恒医師は、2021年、同じ志を持つ医師と共に多言語オンライン診療サービス「OHドクター(ONLINE HOME DOCTOR)」を立ち上げた。

呼吸器内科を専門とする台湾人の徐立恒(じょ・たつのり)医師は、在日外国人医療やへき地医療の問題に取り組むため、2021年に多言語オンライン診療サービス「OHドクター(ONLINE HOME DOCTOR)」を設立した。

祖父も父も内科医という家庭環境で育ち、徐医師は子どもの頃から自然と医学の道を志すようになったという。2013年に台湾高雄医学大学医学部卒業後、台湾で医師としてのキャリアをスタートしたが、5歳まで日本で生まれ育った縁もあり、2015年に日本に拠点を移した。

日本呼吸器学会学術講演会で研究成果を発表する徐医師
日本呼吸器学会学術講演会で研究成果を発表する徐医師

言葉の壁が招く医療アクセスの格差

台湾人の中には自身の活躍の場を求めて、起業や海外に進出しようという人が多い。徐医師は在日外国人やへき地に住む人など医療へのアクセスが容易ではない社会的弱者に適切な医療ケアを提供するために医療サービスを立ち上げた。

1970年には740万人だった日本の65歳以上人口は、2020年は3619万人となり、この50年で5倍以上に膨れ上がった。少子高齢化による労働量不足に対応するため、政府は2019年に新たな在留資格を設けるなど、外国人の働き手の受け入れに積極的だ。コロナ禍前は、毎年20万人のペースで外国人の働き手が日本の労働市場に参入し、増加の一途をたどっていた。

2021年の在日外国人労働人口は172万7221人。国籍別で最も多いのがベトナム人で、全体の26.2%を占める。さらにその半数近くにあたる20万人超が技能実習生だ。高度専門職に就く外国人に比べ技能実習生の日本語能力は低く、言葉の壁が医療資源の利用に影響を及ぼしている。

徐医師は、これまでも日本語が壁となって医師とうまくコミュニケーションが取れない外国人の患者を多く見てきたそうだ。日、英、中の3カ国語を話せる徐医師は、患者のために通訳や診察を行ってきたという。運よく徐医師と出会い適切な診療を受けられた外国人患者がいる一方で、コミュニケーションが取れないばかりに治療を受けることを放棄し、病死してしまう患者もいた。これらの経験が徐医師の起業を決意させた理由の一つだった。

海外から来日した医師に気管支鏡の先端技術を実演してみせる徐医師
海外から来日した医師に気管支鏡の先端技術を実演してみせる徐医師

へき地医療では1人の医師が複数の職務を兼務

日本赤十字社医療センター呼吸器内科で後期研修医として勤務していた2017年、約2カ月にわたって北海道の浦河赤十字病院(浦河町)に派遣された。徐医師にとって初めてのへき地勤務だった。

札幌から車で約3時間の場所にある浦河赤十字病院は、病床数200、院内には最新鋭の医療設備が揃う地域の拠点病院だ。しかし、この地域は医療資源の乏しい過疎地域として認定されている。不足しているのは高価な医療機材ではなく、機材では代替することができない医師や看護師などの医療従事者なのだ。

北海道浦河赤十字病院
北海道浦河赤十字病院

浦河赤十字病院に派遣されたのは4年前のことだが、徐医師は当時のことを鮮明に覚えているという。

「あんなに大きな総合病院なのに、内科医はたったの3人。眼科医が内科で診察し、糖尿病治療に携わる医師が肺がんなどの重症患者を見なければならないこともあった」

外来でその日の担当医が患者に専門の診療科での診療が必要と判断した場合、患者を救急車で約3時間かけて札幌の病院まで搬送するケースもあった。担当医が患者の急変に備えて救急車に同乗することになると、非番の医師が呼び出され、休日返上で外来診療を担当しなければならないことも珍しくなかった。

浦川での経験から、徐医師の心にへき地医療問題に取り組みたいという思いが芽生えたのだ。

浦河赤十字病院の呼吸器内科に支援へ
浦河赤十字病院の呼吸器内科に支援へ

起業の後押しとなった新型コロナの流行

新型コロナウイルスの爆発的な流行で、医療を取り巻く環境は大きく変化した。人手不足、クラスターの発生などで医療崩壊が現実となった地域もあれば、慢性疾患やそれほど深刻ではない症状の患者が医療機関の受診を回避するようになったために、経営が悪化した病院も少なくない。そうした中、徐医師はオンライン診療の必要性を一段と強く感じるようになった。

そこで、2021年、徐医師はオンライン診療の「OHドクター」を設立した。現在16人の医師が在籍しオンラインでの診療サービスを提供し、必要に応じて薬の処方もする。医療相談にも対応。在日外国人が利用しやすいよう、日本語だけでなく、中国語、英語での診療も選択できるほか、通訳を介してベトナム語、インドネシア語にも対応している。

徐医師は積極的に技能実習生の監理団体と連携し、オンライン診療と現場をつないだ。この取り組みは技能実習生の受診の権利を保障するとともに、監理団体が外国人労働者に適切な労働環境を提供する手助けになると考えている。

OHドクターでは、まず実習生が監理団体に体調不良による欠勤を申し出ると、監理団体がOHドクターに実習生のオンライン医療相談、または診療や薬の処方を依頼する。オンライン診療だけでは解決できない病気の場合には、OHドクターから外国語で診察ができる病院に連絡し、実習生にその病院を紹介する。

一般の病院での診療の最大の違いは、フォローアップ体制にある。OHドクターはオンライン診療の1週間後に患者に状況を確認し、必要に応じた支援もする。患者に対し “客” ではなく友人のように接する、という。

「良い医療とは患者を友人だと思うこと。そうすることで、信頼関係ができる。だからOHドクターでは、患者に『友達だと思って、体調が悪くなったらいつでも連絡してください』と伝えています」

一般的にアジアの患者は医師が問題を解決し、医師から明確な答えや対処法を聞き、最終的に治療方法を医師に決めてもらいたいと考える人が多い。しかし欧米では医師と患者の関係は友人や仲間のような感じだ。医師は患者に幾つかのアドバイスと治療方法の選択肢を与え、最終的な判断を患者に委ねる。

オンライン診療の未来と市民の意識変化

「オンラインでどこまで診療できるのか?」

この問いに対し、徐医師は「将来、テクノロジーと医療の融合は当たり前になるでしょう。海外ではオンライン診療用の聴診器や鼻咽腔内視鏡の研究も進んでいます。まだ実験段階ではありますが、(実用化すれば)オンライン診療に対する認識も変わるでしょう」と話す。

しかしアジアにおけるオンライン診療は、欧米諸国ほど進んでいないのが現状だ。人々はオンライン診療に対しまだまだ拒否感や不信感がある。「オンライン診療では病状を正確に把握できず、サービス内容も限られており、誤診による医療ミスを起こす可能性が高い。そのため受け入れられない」と考える人も少なくない。

しかし徐医師は「オンライン診療が全ての医療に取って代わろうというものではありません。軽微な症状や急性期ではない場合にオンライン診療を活用し、どんな病気の可能性があるのか判断し、適切なアドバイスと治療を受けてもらうのが狙い」と指摘する。特に、慢性期の患者については、医師と患者の物理的な距離はゼロである必要はなく、過疎地域に暮らしていても、先進的な治療ができる施設と医師によって、長期的なフォローが可能になるということだ。

徐立恒医師
徐立恒医師

新型コロナウイルスの感染拡大で、オンライン診療は新たな段階に入った。厚生労働省は2020年4月13日に初診からオンライン診療が利用できるようルールを改定した。薬の処方についても規制を緩和し、医師によるオンライン診療の後、すぐにシステムを通じて薬剤師に処方箋を送り、薬を患者の自宅まで郵送できるようになった。処方可能な薬の種類は限られているが、この政策は日本のオンライン診療政策の大きな一歩だと言える。

三菱総合研究所が2020年6月12日に公開したレポート「個人の健康管理や医療機関の受診に関する意識調査」では、「約6割がオンライン診療に前向き」という調査結果が発表された。テクノロジーは日進月歩だ。現在のオンライン診療には一定の限界はあるが、すでに多くの企業が研究開発に多額の投資をしている。医療サービスは新時代を迎えつつある。社会に新しい風を吹き込むことになるだろう。

バナー写真・文中写真は全て徐立恒医師提供

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