沖縄が「ラムの聖地」になる日。老舗の泡盛蒸留所がサトウキビで切り拓く地域の未来

経済・ビジネス

沖縄で170年余りの歴史を持つ泡盛の酒蔵が、県産の黒糖を使ったラム酒造りに乗り出している。スピリッツの名手が手掛けるこのプロジェクトの背景にある、知られざるサトウキビ・黒糖事情、そして彼らが描く沖縄の未来像とは──。

蒸留酒の名手が造る8つのラム

今年は沖縄返還50周年の節目の年。何かと沖縄が注目を集めている。4月11日からスタートしたNHKの連続テレビ小説『ちむどんどん』も沖縄が舞台だ。

朝ドラと言えば、2000年代前半の沖縄ブームも『ちゅらさん』(2001年)の放送がきっかけだった。沖縄の酒、泡盛はこのブームの最中の04年に過去最高の出荷量を記録した。が、その後は県民の泡盛離れなどあって振るわず、前年を下回る数字が続き、20年の出荷量は04年の半分に落ち込んでしまった──。

そんな逆境をものともせず、ピンチはチャンスとばかり、新たな酒造りに挑んでいる生産者がいる。

沖縄・首里の瑞穂(みずほ)酒造が進める「ONERUM(ワンラム)」プロジェクトは、沖縄の8つの離島──与那国(よなぐに)島、西表(いりおもて)島、波照間(はてるま)島、小浜(こはま)島、多良間(たらま)島、粟国(あぐに)島、伊江(いえ)島、伊平屋(いへや)島──で生産され、不遇にも在庫として眠っている黒糖を原料に、8つのプレミアム・ラムを造ろうというものだ。将来的には、「沖縄をカリブ海の島々のようなラムの聖地の一つにしたい」との大きな野望があるという。

蔵を訪ね、プロジェクトの中心人物である瑞穂酒造製造部開発室長・仲里彬(なかざと・あきら)さんに話を聞いた。実は仲里さんは従来の泡盛にとどまらず、泡盛をベースにしたジンやビターズでも国際的に評価される新商品をいくつも手がけ、その世界では「名手」として知られた人物だ。瑞穂酒造のシンボルである「天龍蔵」の、一対の黄金龍が向き合うレリーフ看板の下で、オリーブグリーンのTシャツ姿の仲里さんが出迎えてくれた。胸には「フロンティアスピリッツ」の文字が。

首里最古の酒蔵である瑞穂酒造のシンボル「天龍蔵」。無料見学や試飲も楽しめる 筆者撮影
首里最古の酒蔵である瑞穂酒造のシンボル「天龍蔵」。無料見学や試飲も楽しめる 筆者撮影

「今回のプロジェクトのベースには弊社の持ち味と言えるフロンティアスピリット(開拓者精神)がありまして」と仲里さん。瑞穂酒造は「首里三箇」(琉球王朝が直轄し、泡盛を製造させた3つの地区)の一つ、鳥堀で1848年に創業、琉球王朝時代のよすがを今につなぐ数少ない蔵の一つでもある。沖縄県内でも2番目に古い造り手だが、歴史の古さがこの蔵の真価ではない。

第二次世界大戦中の1943年にはミャンマーに進出し、軍用の泡盛製造を行なった。70年には大きな貯蔵施設(天龍蔵)を建て、当時一般的ではなかった古酒の製造販売に先鞭を付けた。98年には台湾に工場を作り、ウイスキーやワインのOEMを手がけている。

「時代の状況に応じて、酒造りの技術を生かす場を模索していく姿勢こそが私たちのアイデンティティなのです」

黒糖需要低迷なのに増産のわけ

では、なぜ今、ラムなのか? その動機を説明するために仲里さんはまず、沖縄のサトウキビを取り巻く現状について触れた。

サトウキビは沖縄県内の各地で栽培されている。その栽培面積はパイナップルや紫芋をはるかにしのぎ、県内農産物の中でダントツの首位だ。沖縄本島のサトウキビは収穫のほぼ全量が加工されて白砂糖の原料になる。一方、離島で栽培されているサトウキビは各島の工場で黒糖になる。1990年代以降、ダイエットブームや人工甘味料の普及で、砂糖の需要が落ちているのは読者諸氏もご承知の通りだろう。黒糖はと言えば、観光客が沖縄土産として買っていく需要が小さくなかったが、コロナ禍で壊滅的な状況にある。

だがその一方で、国はサトウキビの増産体制を敷いている。そこにはサトウキビの栽培と加工を維持することで、島民の島離れを防ぐという意味合いがある。地図を広げてみれば一目瞭然だが、与那国島や波照間島は国境を形成する防衛上極めて重要な位置に浮かんでいるのだ。

消費減の状況で増産すれば大量の在庫ができるのは当然である。黒糖の在庫は年間数千トンに上るという。余った砂糖の一部は家畜飼料になっている。またコロナ禍で急きょ需要が増した消毒用アルコールの原料として、糖蜜(白砂糖を精製する際に出る不純物で、かつては「廃糖蜜」と呼ばれた。世界のラムの大半はこの糖蜜が原料)が使われている。しかし、糖蜜を取るために売れない砂糖を作るという現状には本末転倒の感が拭えない。

蒸留酒造りの手腕が世に知れ渡るにつれ、仲里さんのもとには「ラム造りを一緒にやりませんか?」という誘いがいくつも舞い込むようになった。背後には世界的なラム需要の高まりがあった。アメリカの市場調査会社グランド・ヴュー・リサーチの調べによると、世界のクラフトラムの市場規模は2020年から27年にかけて年平均成長率5.2%で拡大するとの予想である。若い世代の間で本格的なアルコール飲料の需要増大があることがラムに追い風となっているようだ。

泡盛のほか、ラムやジンなど、蒸留酒造りの名手として知られる仲里さん 筆者撮影
泡盛のほか、ラムやジンなど、蒸留酒造りの名手として知られる仲里さん 筆者撮影

海外を含む10社以上からのオファーを受けて、仲里さんは初めて本格的にラムと向き合うことになった。20年11月にプロジェクトが立ち上がった。

「糖蜜の需要はこれからもありそうなのでそこには触れず、黒糖の在庫を我々の酒造りの技術でなんとかできないか、というところからスタートしました」と仲里さん。先にも述べたようにラムは砂糖作りの副産物(いわば搾り滓)である糖蜜を原料として造るのがもっぱらである。これをインダストリアル・ラム(工業ラム)と呼ぶ。これに対し、サトウキビの搾り汁をそのまま発酵・蒸留して造るラムはアグリコール・ラム(農業ラム)と呼ばれ、希少価値もあってマニアの間では珍重されている。黒糖を水で溶かしたものを原料とするラム(分類上はインダストリアル・ラムの一種)を造るのは世界でも珍しい。

島ごとに個性が異なる黒糖とラムの味わい

一口に黒糖と言っても、伊平屋島産は素直な味、波照間は複雑みが強いというように、島によって個性が異なる。その違い──品種や製法、風土の違いによって生じる──は、各島のラムの個性となって現れる。ワインでもコーヒーでも原材料産地の風土の違いによる味わいの微差に価値が置かれるようになった今日、これは明らかに「売り」になるだろう。

すでに8島のうち伊平屋島、与那国島の2島のラムがリリースされ(800本がたちどころに完売した)、3島目(波照間島)が4月末のお披露目を待っている状態である。リリース済みの2つを試飲させてもらおう。いずれも未熟成のホワイトラムである。

「IHEYA ISLAND RUM(伊平屋島)」は、黒糖というよりは白糖を思わせる、甘く優美でクセのない親しみやすい香り。和の柑橘やライチを思わせる風味がある

「YONAGUNI ISLAND RUM(与那国島)」は、ヨード感やペトロール香を伴った複雑でややクセのある香り。伊平屋島のラムよりはドライな印象。

どちらもストレートで飲むのも良いが、カクテルベースとして大きな可能性を秘めているように感じられた。既に一部の原酒を使って樽熟成の実験も行っている。樽は国内の某有名ウイスキー蒸留所の使用樽を購入して使用している。そちらも大いに期待できそうだ。8島のラムは来年中には出そろう予定とのこと。23年は、琉球王国氏族・儀間真常(ぎま・しんじょう、1557−1644)が中国に若者を送って精糖技術を学ばせ、沖縄に持ち帰らせてから400年という記念すべき年である。

那覇市内にある泡盛の造り手も集うバー「オニノウデ」でも仲里さんのラムを楽しめる 筆者撮影
那覇市内にある泡盛の造り手も集うバー「オニノウデ」でも仲里さんのラムを楽しめる 筆者撮影

沖縄の酒造りの未来

ここまでが「ONERUM」プロジェクトのA面だとしたら、この動きにはB面と言うべきもう一つのフェーズがある。仲里さんは言う。

「離島の生産者の方々と話すのに、我々はあまりにもサトウキビのことに無知でした。それで、自分たちの手でサトウキビを栽培することにもチャレンジすることにしたのです」

プロジェクトにはJAおきなわ、沖縄県黒砂糖協同組合、沖縄国税事務所、琉球大学、循環型農業実践者、飲食業ディレクター、バーテンダーなど多彩な賛同者・アドバイザーがいた。サトウキビ畑候補地の紹介から栽培指導まで、仲里氏は各所から協力を仰いだ。自社栽培のサトウキビは、8島の黒糖から造るラムとは別のアグリコールラムの生産につながる予定である。

斧で手際よくサトウキビを切り出す仲里さん。サトウキビから発酵用酵母を取り出す試みも行っている 筆者撮影
斧で手際よくサトウキビを切り出す仲里さん。サトウキビから発酵用酵母を取り出す試みも行っている 筆者撮影

糸満市に開かれたくだんのサトウキビ畑を案内してもらった。バナナの葉が茂る未舗装の農道の先に、収穫間近のサトウキビが広がっていた。草丈は人の身長の倍以上はある。折からの風に葉が乾いた音を立てて揺れるさまは森山良子の歌う『ざわわ』を思い出させた。1本のサトウキビから作ることのできる砂糖はわずかにスプーン1杯分だとどこかで読んだことがある。

「3つの品種を植えています。全て手植えで、収穫も手刈りで行います」。そう説明すると、仲里さんは車のトランクからおもむろに小ぶりの斧を取り出した。成分分析用のサンプルを取るという。野球バットのグリップほどの太さのサトウキビを手際よく切っていく仲里さんの姿は熟練したファーマーのそれに見えた。

冒頭で述べたように、泡盛は長らく苦戦を余儀なくされている。しかし、長きにわたって培われてきた沖縄の酒造りの技術はなおも健在である。サトウキビや黒糖の価値を見直し、高め、産業を未来に繋げようとする仲里さんらの取り組み。それは沖縄を「泡盛」という枠を超えた「スピリッツアイランド」へと大きく転換させる可能性を秘めているように見えた。

バナー写真:「ONERUM」プロジェクトで造られた「IHEYA ISLAND RUM(伊平屋島)」(左)と「YONAGUNI ISLAND RUM(与那国島)」。ラベルにはそれぞれの島を象徴する天岩戸(あまのいわと)伝説、天然記念物の与那国馬が描かれている 筆者撮影

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