ほとばしる“欲望”を描いた冒険活劇マンガ『ゴールデンカムイ』が大ヒットを飛ばした理由とは

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明治末期の北海道と樺太を舞台に、過剰なまでキャラ立ちした登場人物たちが金塊争奪戦を繰り広げる、異色のマンガ作品『ゴールデンカムイ』(集英社)。その最終巻(第31巻)が7月19日に発売される。すでにアニメ化され、実写映画化も決定。クラシカルな冒険活劇のようでいて、何物にも似ていない個性を持つこの作品が、空前のヒット作となった理由とはなにか。マンガ表現の本質に迫る“怪作”の魅力を読み解く。

マンガの本質を描き切った異色作

20世紀初頭の北の大地を舞台とし、さまざまな形でマイノリティとなった人々が「金塊争奪戦」を繰り広げるという異色のマンガ作品の最終巻が、7月19日に発売される。

タイトルは『ゴールデンカムイ』。漫画家、野田サトル氏が集英社「ヤングジャンプ」誌にて週刊連載した作品だ。2022年7月の時点で累計1900万部を突破している大ヒット作であり、すでにアニメ化も行われ、実写映画版の公開も発表されている。

また大英博物館で行われた日本の「マンガ展」では、この作品がメインビジュアルとしてフィーチャーされていた。いわばマンガの“顔”として扱われたわけだが、確かに『ゴールデンカムイ』という作品には「マンガとはそもそもなにを描く表現か?」という問いを投げかけ、その解答を教えてくれるところがある。その答えとは「変態」。と言って語弊があるようであれば「生の力」。つまり人の欲望だ。

物語は、日露戦争終結(1905年)からまだほどない北海道から始まる。北海道は、日本列島を動物にたとえるなら頭の位置にある大きな島。だいたい現在のオーストリア共和国と同じくらいの面積を持つ。海を渡れば樺太(サハリン)という島もあり、そこで帝政ロシアと国境を接していた。戦争の帰還兵、杉元佐一は一攫千金を夢見て、この北海道にやってきた。彼は砂金を採ろうとしていたのだ。

しかし思うように採れず、そうするうちに杉元はあるうわさを耳にする。北海道はもともと少数民族「アイヌ」の土地だった。そのアイヌが、本土日本人の支配に対抗するために密かに蓄えた莫大な金塊がある。だがひとりの男がアイヌを殺戮し金塊を奪った。その男は囚人として地の果ての牢獄、網走監獄に送られるが、金塊のありかを入れ墨にして24人の死刑囚の身体に記す。秘密を知った兵士が死刑囚を監獄から移送しようとするが、囚人たちは兵士を殺して脱獄した。

「囚人たちの入れ墨を集めて暗号を解けば金塊が手に入る」

杉元にその話を語った男は、ただの酔っぱらいの、砂金採り仲間のはずだった。しかしふと気がつくと男の目の色が変わっていた。「しゃべりすぎた」。男は銃を手にしていた。

杉元は男を追ううちにアイヌの少女アシㇼパと出会い、優れたハンターであり、北海道の自然を熟知する彼女と手を組んで金塊探しに挑むことになる。

しかし金塊を追うのは彼らだけではなかった。陸軍最強と呼ばれた第7師団の兵士が動いていたのだ。また24人の死刑囚の中にも、とんでもない大物が身を潜めていた。それぞれの野望のもとに金塊を追う強者たちの大争奪戦が、北の大地で始まる。

すでに英語版のペーパーバック、アニメも販売され、海外でも熱狂的ファンは多い。2019年5月から8月にかけて大英博物館で開催された「マンガ展」では、キービジュアルに主人公の一人アシㇼパが選ばれた 時事
すでに英語版のペーパーバック、アニメも販売され、海外でも熱狂的ファンは多い。2019年5月から8月にかけて大英博物館で開催された「マンガ展」では、キービジュアルに主人公の一人アシㇼパが選ばれた 時事

時代の狭間(はざま)で躍動するマイノリティ

冒頭で記したが、金塊を追う者は、さまざまなかたちで社会の主流から逸脱し、マイノリティとなった人々だった。

第7師団の兵士たちは、国家から置き去りにされた者たち。

19世紀半ば、まだ封建制の国だった日本にも欧米の植民地獲得競争の波がやってくる。新時代に対応するために、日本は「明治維新」という革命を経て国民国家を成立させた。

もともと国防の危機意識から誕生した新国家は、清との戦争を経て、帝政ロシアと日露戦争を戦うことになる。

国家の存在は重く、ふつうの農民や職人だった市民が戦場に送られた。彼らが経験した近代戦はあまりに壮絶で、戦争には勝利したが、戦場となった満州(中国東北部)の地には彼らの亡骸が埋まっている。

兵士たちの死を無為にしないために、首謀者、鶴見中尉は金塊を追う。彼の所属する第7師団は、大き過ぎる犠牲を出してしまった結果、軍の中で冷遇されていた。鶴見自身も戦傷を負い、異端、異形の軍人となっていた。

彼は金塊を得て、北海道に軍事政権を築くという。奇矯な言動を見せる「怪人」だが、恐ろしく切れる頭脳の持ち主であり、さらに魔性といえるほどのカリスマ性と人心掌握術も持っている。彼に心酔する部下たちは、戦いのエキスパート。戦場帰りの強者たちだ。

もうひとつの一派は、歴史から置き去りにされた者たち。文字通りのラストサムライ、土方歳三が率いる囚人たちのグループだ。

「明治維新」によって国民国家が誕生する以前、封建制日本はサムライが支配する国だった。その頂点は将軍。土方は滅びゆく旧秩序、将軍の側につき、新政府軍と戦った伝説のサムライである。19世紀に実在した人物で、史実の上では戦争の最終段階、北海道を分離させ、そこに独立国をつくろうとしていた。だが敗北し、土方も戦死したとされていた。

その土方が、実は生き延びていたのだ。彼は24人の死刑囚のひとりとして脱獄を主導。老いてもさすが天性のケンカ師で、剣の腕も戦闘センスも衰えておらず、あらためて北海道の独立を目指す。彼は北の島を帝政ロシアに対する緩衝国とし、そして広く移民を募り多民族による共和国をつくりたいと考えていた。その資金として金塊を追うのだ。

土方の一派は死刑囚たちが中核だけに、最強の柔術家や盲目のガンマンなど、異能のスキルを持つとびきり危険な男たちがそろっている。また、かつて共に戦ったサムライの生き残りも仲間になっている。

TVアニメは2018年に第1期の放送が始まり、今年10月から第4期が開始予定。動画配信サービスFODでは全話を視聴できる 画像=フジテレビ
TVアニメは2018年に第1期の放送が始まり、今年10月から第4期が開始予定。動画配信サービスFODでは全話を視聴できる 画像=フジテレビ

作品の中心を貫くアイヌの世界観

主人公の杉元佐一とアシㇼパだが、杉元の家族は伝染病にかかり、その生家は死病の源として村人たちから避けられていた。

杉元本人だけは無事だったが、一家は次々と亡くなってしまう。ついに最後の家族が死に絶えたとき、彼は家に火をつけて村を出た。思いが通じ合っていた梅子を残して。2年経って、自分が罹患していないことが明らかになれば、戻るつもりだった。やがて村に戻った彼が目にしたのは、彼の親友と結婚した梅子の姿だった。そのとき、彼の顔には笑みが浮かんでいた。

しかしその親友も戦争で命を落とし、残された梅子は目を患う。杉元は、彼女の目を治す資金として、なにがなんでも金を必要としていたのだ。

驚異的なタフネスと戦闘力を誇る男。家族を奪った死病も彼には手出しできなかった。肉体も強靭だが、なにより「自分は不死身だ」という信念が、彼を支えていた。「不死身の杉元」といえば、陸軍でも有名な兵士だ。

そしてアシㇼパ“さん”(杉元は彼女のことを必ず敬称をつけて呼ぶ)は、日本における少数民族だ。もともとアイヌたちは日本の歴史が始まる前から日本列島に居住し、狩猟採集生活を行っていた。しかし稲作を行う農耕民族が国家を成立させると、彼らは北へ北へと追われ、ついには北海道が居住地域として残される。中世にはオホーツク文化と呼ばれる独自の文化を成立させて、本土の人間とも交易を行っていた。近世に入ると経済的に支配され、さらに明治維新の後は、日本式の名を与えられ、文化まで奪われるようになっていた。

だが彼らには自然と共存する知恵と世界観、そして厳しい大地で生き抜く強さがあった。アイヌのライフスタイルと工夫、考え方、そしてアシㇼパさんが実践する狩猟採集生活の食事場面は、この作品の大きな魅力だ。

彼女にとって金塊はもともと自分の民族の財産だったわけだが、個人的にも、彼女の父親は金塊のために殺されたアイヌのひとりだった。父の身になにが起ったのか。自分はなにを託されたのか。自分とはいったい何者なのか。それを知るために彼女は金塊を追う。

こうした登場人物たちは、マイノリティといっても庇護が必要な弱者ではまったくない。厳しい自然の大地で戦われる金塊争奪戦。そもそも弱者は死んでいくだけなのだ。どのキャラクターも圧倒的にパワフルで、生き抜く力があふれている。

サッポロビールは2018年から毎年コラボレーションを実施。今年は7月に北海道エリアで「サッポロ クラシック ゴールデンカムイデザイン缶」が限定販売される 画像=サッポロビール
サッポロビールは2018年から毎年コラボレーションを実施。今年は7月に北海道エリアで「サッポロ クラシック ゴールデンカムイデザイン缶」が限定販売される 画像=サッポロビール

私ごとで恐縮だが、マンガ誌で働いていた若いころ、先輩に「マンガという表現は、根っこのところで人間のリビドー(生得的に備わっている本能のエネルギー)とつながってないとダメなんだ」と教わったものだ。そのリビドーがレッドゾーンにまで振り切れたとき、人は「変態」と呼ばれるのだろう。この作品は、そうした「変態」のはちきれんばかりのパワーが満ちている。

そもそもマンガとはなにか? 「それは人間の欲望を“全肯定”する表現だ」と言った人がいる。自分などもそれが一番マンガにふさわしい定義ではないかと感じているのだが、人間の普遍的な欲望を全面的に肯定する表現だからこそ、国境を越えても支持されるのではないだろうか。『ゴールデンカムイ』はそんなことを考えさせてくれる。

面白いことに金塊を追う者たちは、それぞれに違うあり方で他者と結ばれている。第7師団の兵士たちは、いびつな心理操作によって絆が強化された。土方歳三のグループは、最初は利害の一致によって結びつく。杉元とアシㇼパ、のちに彼らの仲間となる白石という脱獄の名人は、個人と個人の信頼によって結ばれた。

こうした「人のつながり」のもっとも大きな単位が「国」になるわけだが、実は『ゴールデンカムイ』は人とのつながりを得た者、あるいは失った者たちの、「自分の国づくり」の物語でもある。その目的は最後の最後に、意外な人物によって、意外なかたちで達成される。ぜひ見届けていただきたい。

バナー写真:「ゴールデンカムイ」単行本。各巻の表紙には、個性豊かな登場人物たちがビビッドに描かれている。上段左・主人公の杉元佐一、同右・ヒロインのアシㇼパ、下段左から第7師団中尉の鶴見篤四郎、新選組の土方歳三、「最強の柔術家」牛山辰馬、「脱獄王」白石由竹 (撮影:ニッポンドットコム編集部)

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