グルメと観光だけじゃない! ブックデザインは台湾の宝

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世界中のブックデザイナーが嫉妬するほど、遊び心いっぱいで自由度の高いデザインの書籍や雑誌が台湾にはあふれている。その根底にあるのは台湾社会の自由な発想、書籍への愛情、そして、タブーを恐れないチャレンジ精神である。

2018年に東京から台北へ事務所を移し、約2年頻繁に行き来していたため、日本の知人たちからは「台湾は美食以外に何があるのか?」とよく尋ねられていた。そんなときには待ってましたとばかり「本がある!」と、自信満々に答えることにしている。

自著を自分でデザインするというスタイルだと、日本では最終的な形に落ち着くまでに出版社との攻防が続く。形や素材が不揃いだと余計な経費がかるので却下、店頭に並べやすくなるように特殊な判型は却下、特殊な用紙や特殊なタイトルも却下と、やがて却下の連続に慣れきってしまう。そんな状況にあった15年ほど前、台湾の書店を訪れたときに、新刊が並ぶ店頭を見て心底驚いた。それまで諦めていたことがほぼ全てかなえられていたからだ。以来ずっと、台湾での書店巡りは欠かせないものになった。

『私嚢 ME IN MY BAG』(2007年)100人のバッグの中身を実録。書籍自体が手ひものついたバッグの形をしている
『私嚢 ME IN MY BAG』(2007年)100人のバッグの中身を実録。書籍自体が手ひものついたバッグの形をしている

『私嚢 ME IN MY BAG』のページをめくるのは、まるでバッグの中身をのぞくような気分
『私嚢 ME IN MY BAG』のページをめくるのは、まるでバッグの中身をのぞくような気分

バッグの形の本、壁紙を表紙に貼り込んだ本、ど真ん中に穴が貫通している本が、特殊なカテゴリーではなく書店のメインストリームに「普通に」陳列されている。なぜこれほど魅力的なデザインの本が実現できるのか。しばし台北に暮らしてみて感じたのは、書籍に関心のある人がとても多いこと、さらにスモールビジネスが無数に存在する社会なので、個人でもアイデアを提案しやすく「とりあえずやってみる」ことが阻止されにくい土壌があるということだ。

『漢聲巷門市』は中華文化の博物館

群を抜いて個性的な書籍を出版しているのが、台北で1970年に創業した『漢聲巷門市』。出版社であり書店でもあるが決して大きな組織ではなく、住宅地の中にそっと溶け込んでいる。瓢箪(ひょうたん)型にくり抜かれた入り口から中に入ると、書籍だけではなく各地の工芸品やオリジナル商品も所狭しと並べられ、好きな人にとってはたまらないカオスな空間となっている。

愛らしい漢聲巷門市の入り口
愛らしい漢聲巷門市の入り口

漢聲巷門市が企画制作した書籍のごく一部。中央でめくれているのが、70年代の創業時に制作していた、中華文化を英文で伝える雑誌『ECHO』。残っているバックナンバーの購入が可能
漢聲巷門市が企画制作した書籍のごく一部。中央でめくれているのが、70年代の創業時に制作していた、中華文化を英文で伝える雑誌『ECHO』。残っているバックナンバーの購入が可能

漢聲巷門市が制作している主な書籍は、中華圏の伝統的な文化について時間をかけて丹念に取材したもので、資料的価値が非常に高い。以前店長から聞いた話によると、テーマが決まるとスタッフが散り散りに取材旅行に出かけ、膨大な資料を集めて帰る。そしてそれらをまとめて書籍にするのにまた何年もかけるという。テーマに合わせ凝りに凝ったブックデザインには妥協は感じられず、鬼気迫るものがある。

これだけ濃密な書籍を作り上げる苦労は並大抵ではなく、制作費については翻訳出版などで得る利益が頼みの綱。しかし店長は「書籍の出版は出産と同じようなもので、後に全ての苦労は報われる。このプロセスこそが自分たちの成長そのものだ」と淡々と語る。漢聲巷門市の書籍は情熱と覚悟の塊なのだ。

例えば『惠山泥人』という、中国の江南地方の民芸品である土製の人形についての書籍は、3冊組みで昔の電話帳ほどの厚みがある。表紙に使われているざらついた繊維質の紙にはずっしりとした重みがあり、まるで土の素焼きのような風合いが独特な存在感を醸し出している。京劇の舞台の下を住まいとして泥人形を作り続けた人々の手技が余すところなく記録され、出版までに10年もかかった力作だ。「人形の種類」「道具や作り方」「職人たちの生活と談話」が膨大な素材によって再構築されている。

『惠山泥人』。3分冊を紐で束ねるスタイルになっている
『惠山泥人』。3分冊を紐で束ねるスタイルになっている

『惠山泥人』。泥人形を作り続ける人々の途方もない文化史が詰め込まれている
『惠山泥人』。泥人形を作り続ける人々の途方もない文化史が詰め込まれている

同じく漢聲巷門市による『虎文化』は、がっしりとしたカバーが「虎」の字に切り抜かれている。中華圏における、虎がモチーフのあらゆる工芸品に関する情報が網羅され、どのように生活に寄り添ってきたかが手にとるように解る。言い伝えから神格化され、吉祥の象徴となった虎たちには極彩色が使われ、極めてユニークだ。もちろん製作のプロセスも事細かに解説されている。圧倒的な密度で鮮明に記録されているため、見る者の集中力も試される。

「虎文化」。重厚で美しいカバーは、部屋に飾ってインテリアにしたくなる
「虎文化」。重厚で美しいカバーは、部屋に飾ってインテリアにしたくなる

『虎文化』中には虎に関する情報が詰め込まれている
『虎文化』中には虎に関する情報が詰め込まれている

『虎文化』も『惠山泥人』も、価格設定がそれほど高額ではないことに驚かされる(購入当時2005年頃のレートで5000〜6000円)。店長は「漢聲巷門市の本を手掛ければ宣伝になるから、と(安価で)引き受けてくれる印刷会社があることに助けられている」と語っていた。また台湾滞在中に偶然見たドキュメンタリー番組から、地代の安い台湾の郊外には、小さな製本会社がいくつも存在することがわかった。そこからさらに人件費の安い大陸の工場で製作されることもあるらしい。

今まで何人ものデザイン業の友人を漢聲巷門市に案内した。大抵はしこたま買い込むことになり、帰りの飛行機に乗るときに重量超過で追加料金を払うケースも続出したが、特に誰も意に介さなかった。「宝物」を運ぶには当然のコストだからだ。

チャリティだけが目的ではない「台湾版BIG ISSUE」

台湾は雑誌のクオリティも素晴らしい。その中でひときわ目立つのが『台湾版BIG ISSUE』。ホームレスが街角に立ち手売りした中から利益を得るという、90年代にイギリスで発祥した活動モデルであり、日本版も刊行されている。

この台湾版BIG ISSUE、最初はそれと気付かずに「こんなオシャレな表紙の雑誌を路上売りするのはどういうことなのだろう?」と思わず足を止めたのだが、実態がわかって驚嘆した。それまで自分の中に、チャリティに関するデザインは無難なものであるという先入観があったからだ。

台湾版BIG ISSUEの表紙。タイトルも見出しも最低限の大きさ
台湾版BIG ISSUEの表紙。タイトルも見出しも最低限の大きさ

それ以来台湾でBIG ISSUEを買うことが楽しみになった。特集記事のジャンルは多岐にわたり、読み応えがある。まず人々の所有欲を刺激することが重要で、結果的にホームレスの救済にも貢献する雑誌になっている。二者がうまくバランスをとっているので、同様のケースに直面するプランナーやデザイナーにとっては、何周も先を走る先行ランナーに見える。

物理的な手触りも大切にしていて、号により紙質が変わることもある。定期刊行されている雑誌の紙を変えるというのは手間も費用もかかり、最上級にアクロバティックなことだが、ここにも熱意ある製作陣の存在を感じる。

2019年のカレンダーポスター号。B3サイズのカレンダー12枚は全て違うイラストレーターが担当しており、貼り替えるたびに部屋の雰囲気もがらりと変わる
2019年のカレンダーポスター号。B3サイズのカレンダー12枚は全て違うイラストレーターが担当しており、貼り替えるたびに部屋の雰囲気もがらりと変わる

人気のポップシンガー、クラウド・ルーのCDが付いた2021年1月号
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これまで刊行された台湾版BIG ISSUEの表紙のほとんどを担当しているのが、台湾を代表するデザイナー、アーロン・ニエ氏。極めて普通の生活の中にあるものをデザインしている。BIG ISSUE以外で記憶に残るのは2015年に発売された、台湾セブンイレブンのメッセージ性あるカラフルなオリジナルグッズだった(入手する前に『瞬殺』されてしまった)。2020年1月、コロナ流行前の最後の台湾滞在で目にしたアーロン氏による仕事は蔡英文総統の選挙活動に関するグラフィックデザインで、特に就任記念切手の研ぎ澄まされた構成美には、新たな時代の香りがした。

大手チェーンの誠品書店は、中山駅の地下になんと300mの長さを誇る細長い書店「誠品R79」を作り、下町にはリノベーションされた小さな個人書店が点在する。桃園国際空港をぐるっと周ると、くつろいで書籍を読める休憩スペースや、古書を積み上げて作ったインテリアなど珍しいスポットが目に入るだろう。台湾は本好きの人が多く、本が大切にされる場所だ。訪問が解禁され、久しぶりに現地に行けるなら、真っ先に本に会いに行こう。

(現地で書店などに訪れる場合は、必ず最新情報を確認してください)

バナー写真:台北で1970年に創業した『漢聲巷門市』が企画制作した書籍

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