最下位から首位へ:燕軍団の躍進を支える「鷹の目」

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2年連続の最下位から20年ぶりの日本一に輝いた2021年に続き、22年の今季もセ・リーグの首位を独走する東京ヤクルトスワローズ。その躍進を支える要因の一つと言われるのがホークアイ・イノベーションズが開発したシステム。このスポーツ界を席巻する最新鋭テクノロジーについて取材した。

山本 太郎 YAMAMOTO Tarō

ソニー株式会社サービスビジネスグループ部長兼ホークアイ・アジアパシフィックのヴァイスプレジデント。1991年に米国の大学を卒業後、ソニーに入社。インド、シンガポール、欧米の販売会社に通算18年駐在し、セールスマーケティング及び新規事業立ち上げ業務に従事。2016年から、スポーツのビデオ判定サポートや、ボール・選手のトラッキングのソリューションなどを世界中で展開する『ホークアイ』の日本及びアジアパシフィック地域における事業展開をリード。

劇的に改善したチーム防御率

2020年に4.61だったヤクルトのチーム防御率が21年には3.48に、今季は3.34(7月28日現在)と2年前から劇的に改善している。これと関連があると見られているのが20年に試験導入し、昨季から本格運用しているソニーのグループ会社、ホークアイ・イノベーションズ(以下、ホークアイ)の「プレー分析サービス」だ。

複数の角度からの「ビデオリプレイ」、移動物体を追跡する「トラッキング」、さらには「データ取得」の3つの基幹技術から成るホークアイの各種サービスは、現在25競技、90カ国、500スタジアム以上での実績があり、年間2万を超える試合に提供。すでにスポーツに欠かせないものとなっている。

ホークアイは2001年、ロケット弾道を研究していた英国人のポール・ホーキンス博士が設立し、その後、英国発祥のスポーツ、クリケットの中継に利用されるようになる。

こうしたホークアイの技術は、テニスを通じて世界に知られるようになった。2006年の全米オープンでイン・アウトの判定に導入されると、翌年には全豪、ウィンブルドンにも導入され、コロナ禍の20年の全米、21年の全豪、全米では線審に代わり、ホークアイがイン・アウトを全て判定する取り組みが行われた。

テニスのイン・アウト判定のイメージ図 提供ソニー
テニスのイン・アウト判定のイメージ図 提供ソニー

サッカーでも18年ロシア・ワールドカップで、大会史上初めてホークアイによるVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が行なわれるようになった。

FIFAワールドカップ2018ロシア大会でVARの判定をするレフェリー 提供ソニー
FIFAワールドカップ2018ロシア大会でVARの判定をするレフェリー 提供ソニー

MLBでは全球団に導入

野球界にホークアイのプレー分析サービスが導入されたのは、つい最近のこと。20年にMLBがリーグとして一括導入し、全30球団の本拠地に設置。日本でも同年、ヤクルトで試験運用が始まる。

日本プロ野球(NPB)でヤクルトがいち早く、ホークアイを導入したのはなぜか。アジア太平洋地域でホークアイの事業展開を行なう、ソニー株式会社サービスビジネスグループ部長兼ホークアイ・アジアパシフィックのヴァイスプレジデント、山本太郎氏が説明する。

「ヤクルト球団はデータ解析の情報収集に熱心で、MLBの視察も頻繁にされていた。その中で20年からMLBがホークアイに切り替わることをキャッチされていたようです。私たちもちょうど野球のプレー分析サービスを日本で導入するところで、NPBの複数球団に売り込みを始め、その中でヤクルト球団とタイミングが合致し、実証実験という形で20年に導入することになったのです」

すでにトラックマン(デンマークのTrackman社が開発した弾道測定機器)を導入していたMLBやヤクルトが、ホークアイに白羽の矢を立てたのはなぜか。山本氏が解説する。

「色々なトラッキングシステムがありますが、データ取得・分析における得意分野がそれぞれあります。こうした中でホークアイは、選手、ボール、バットとすべてを網羅(もうら)しており、映像も同期している。つまり一度ですべての情報を入手できる、ワンストップ・ショッピングができるところが高く評価されたのです」

山本氏によると、ホークアイのサービスは、トラッキングを行った映像さえ残っていればデータを読み込み直すことができ、データを失うリスクが低い。そうしたところもMLBに評価されているという。

インタビューに答える山本太郎ソニー株式会社サービスビジネスグループ部長兼ホークアイ・アジアパシフィックのヴァイスプレジデント 撮影:高山浩数
インタビューに答える山本太郎ソニー株式会社サービスビジネスグループ部長兼ホークアイ・アジアパシフィックのヴァイスプレジデント 撮影:高山浩数

筋肉の微細な動きまで感知

20年から神宮球場で始まった試験運用では、4台の高解像度ハイフレームレートカメラがピッチャープレートからホームベース間を中心にカバー。投球、打球をリアルタイムで解析してデータ化を行なった。

本格運用が始まった昨季は、カメラを8台に増設。投手、野手、打者の動き、骨格情報の解析もできるようになるなど、“守備範囲”が格段に広がった。

ホークアイは打者、走者、投手、野手、全選手を複数のカメラが追跡し、選手のわずかな肉体の動きも見逃さない。1台のカメラが選手の関節18カ所と「センター・オブ・マス(質量の中心)」という身体の中心部の計19カ所をトラッキングしているため、骨格データをもとに試合の様子をCG化し、あらゆる地点、角度からほぼリアルタイムでプレー内容を再現することもできる。

投球軌道
投球のデータ分析イメージ ソニー提供

ホークアイによってプレーの解析は劇的に進化した。

「例えば同じ球種、球速、コースに投げたボールが、いままでと違って打たれてしまった。それはなぜか。ホークアイのサービスで数値化されたデータに加えて、映像で特定のプレーをスーパースローなどで確認することができるので、選手の納得感が増したという話はよく聞きます。いまの選手たちはもともとデータになじみがありますから」

投球データとリリースポイント確認のイメージ ソニー提供
投球データとリリースポイント確認のイメージ ソニー提供

つまりホークアイがもたらす膨大なデータと映像によって、プレーの“答え合わせ”がしやすくなったということ。

ただ、山本氏は「ホークアイさえ導入すれば、成績が上がるわけではない」と付け加える。

「ホークアイはカメラを用いてトラッキングを行なうので、ものすごく膨大なデータ量を取得できます。しかし大事なことは、ふんだんにあるデータのどれを使い、どのように選手に伝えるかだと思います。実際にヤクルトの投手コーチ、伊藤智仁さんのデータを理解しようとする努力は、大変なものがあったと聞きます」

MLBの動きや、ヤクルトが結果を出したこともあって、複数の他球団も追随してホークアイの導入を検討しているという。システムの有無ではなく、今後はその活用法が大きく問われることになりそうだ。

重要性を増すアナリストの存在

トラッキングシステムが浸透した近年、野球界ではアナリスト部門の重要性が飛躍的に増すことになった。試合のたびに蓄積される膨大なデータをアナリストが分析し、コーチとともにプレーやコンディションの向上、改善に努めている。

この流れはアマチュア球界も例外ではない。東京大学野球部では5人のアナリストチームが、日夜トラックマンから得られるデータの分析に没頭している。

急速に進む野球のデータ化。だが山本氏によると、この分野で日米を比較すると、米国に一日の長があるという。

「米国ではマイナーでもホークアイの導入が進み、MLB30球場を含め、すでに150以上の球場に私たちのシステムが入っています。また日本では現在1球場に8台のカメラがホークアイに使われていますが、MLBでは12台が稼働することで、システムの冗長化をしている上、プレーヤーが重なるようなプレーでもより確実にデータが取得できるようなシステムになっています。当然、アナリストチームの規模もMLBは大きく、球団によっては、10人を超えるデータ解析のスペシャリストがいると聞きます」

競技レベルを高めようと、新しいものを貪欲に取り入れるアメリカ球界の姿勢には素直に頭が下がる。だがホークアイが貢献するのは、競技レベルの向上ばかりではないという。

「球団単位で導入しているNPBと違い、MLBはリーグ一括という形でホークアイを導入しているので、膨大なデータを横並びで比較することができる。実際に、MLBのデータサイトはものすごく充実しています。大谷翔平選手がホームランを打つたびに打球速度や、その順位が報じられますが、これもホークアイを一括で導入したからできること。MLBはホークアイを通じて、新しい野球の見方をファンに提案しているのです」

観戦の娯楽性とスポンサー収入にもプラス

アメリカンフットボールNFLのスーパーボールやMLBのワールドシリーズの視聴率低下が著しい。スマホの普及やパンデミックの影響もあって現代人のライフスタイルは様変わりし、スポーツ界も新たな変革を迫られるようになった。そうした中で、ホークアイがもたらす膨大なデータは、野球の新しい見方の提供に大きく寄与しているようだ。

「大谷選手の打球速度もそうですが、ホークアイがあることで一つひとつのプレーを選手目線で、また詳細なデータとともに振り返ることができるようになりました。例えば、視聴者がピッチャー目線で併殺プレーを見返したり、大飛球をキャッチした外野手がどれだけのスピードで何メートル移動したか、データとともに検証したり。こうしたいままでになかった野球体験も、MLBは自らのサービスとして提供を始めています。データを表示するところに企業名なども出すことによって、新たなスポンサー収入も呼び込める仕組みもできた」

ヤクルトの躍進に貢献するホークアイ。だが私たちが目にしているのは、その底知れぬポテンシャルの一端に過ぎないのかもしれない。

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