歩幅を広げれば、認知症は防げる

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「超高齢化社会」の到来により高齢者の4人に1人は認知症になる時代。しかも、認知症には取りたてて有効な薬や治療法は確立されていない。そんな中、歩幅を広げて歩くことが、認知症の予防につながるとする研究が国内外で注目されている。『歩幅を広げるだけで元気に長生きできる』の著者でもある国立環境研究所の谷口優・主任研究員に、なぜ広い歩幅が認知症予防に有効なのかを聞いた。

谷口 優 TANIGUCHI Yū

国立環境研究所主任研究員。2012年、秋田大学大学院医学系研究科修了。12年、地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所研究員。14年、東京大学大学院医学系研究科客員研究員。19年、国立環境研究所主任研究員。11年、Gerontological Society of America Person-in-Training Award(アメリカ老年学会若手奨励賞)、18年、長寿科学賞、20年、Geriatrics & Gerontology International Best Article Awards受賞。認知症の一次予防に資する研究に注力する一方、出生前コホート研究に従事し、健康長寿に向けたライフコース研究を進めている。著書に『たった5センチ歩幅を広げるだけで「元気に長生き」できる! 』(サンマーク出版)『認知症の始まりは歩幅でわかる ちょこちょこ歩きは危険信号』(主婦の友社)。

認知症と歩幅の関係

―認知症と歩行の関係に気が付かれたのは、どんなことがきっかけだったのでしょうか。

日本では認知症の患者数が年々増えています。予備軍と言われる軽度認知障害(MCI)を含めると、高齢者の4人に1人の割合です。私はどういう人が認知症になるのかに興味があり、食事・運動・社会的なつながりといった生活習慣や、遺伝的要因などさまざまな要因について国内外の研究成果を調べたところ、身体機能と呼ばれる足腰の強さが重要なサインになっていることが分かりました。実際に、高齢者の身体機能を数年にわたって調査した経験を通じて、歩行の様子が認知機能と深いつながりを持っているのではないか、と直感的に気付きました。

―なぜ歩幅が狭い人が認知症になりやすいのでしょうか。また、歩幅を広げることが認知症の予防に有効であるという結論は、どういう経過をたどって導き出されたのでしょうか。

研究当初は筋肉の衰えによる影響を考えていました。そこで、筋肉と身体機能の組み合わせとして、①筋肉があり足腰がしっかりしている人、②筋肉はないけど足腰がしっかりしている人、③筋肉はあるけど足腰がしっかりしていない人、④筋肉がなく足腰もしっかりしていない人、の4パターンに高齢者を分類し、認知機能の低下リスクを比較した結果、③と④の足腰がしっかりしていない人に認知機能の低下が起きやすく、筋肉のある/ないは関係がないことが分かりました。

足腰の強さは、歩行速度と呼ばれる歩く速さで評価することができますが、なぜ歩行速度が認知機能に影響を及ぼすのかを調べるために、歩行速度を歩幅と歩調(テンポ)の2つの要素に分けて調査することにしました。その結果、歩調は認知機能に影響しない一方で、歩幅の影響が大きいことが明らかになりました。また、1000人以上の高齢者を対象に繰り返し調査した結果、歩幅が狭い人は広い人に比べて、認知機能が低下するリスクや認知症が発症するリスクが3倍以上高いことが判明しました。

国内外の研究成果から、歩幅の狭さと認知症発症との間には、脳内の異変が関与していることが分かっています。脳梗塞や脳委縮といった脳内の変化が、歩幅の狭さや頭の働きに共通して影響することから、歩幅が脳の状態を表すサインになっていると考えられます。

歩幅を広げるための正しい歩き方

―認知症の予防策として運動が有効であることは、多くの研究者から報告されて定説になっています。その中でも歩幅を広げた歩行がとりわけ有効なのは、どうしてなのでしょうか。

身体を思い通りに動かせなくなる大きな原因は、脳から出た指令が筋肉に届きにくくなることです。歩くことも脳の指令によりコントロールされており、脳内の多くの部位が歩行に影響しています。

認知症、特にアルツハイマー型認知症では、脳の神経細胞が死滅・脱落することで認知機能に障害が発生します。しかし神経細胞が死滅した場合でも、別の神経細胞同士が新たな回路を作ることにより、脳の働きを維持・改善することができます。重度の認知症の人では、脳の働きを正常な状態にまで機能を改善することは難しいと考えられていますが、認知症の予備軍である軽度認知障害(MCI)者であれば、正常な状態に改善することが可能です。運動は神経細胞や神経機能の維持・改善に有効であることが分かっています。運動の実践に加えて歩幅を意識的に広げることで、より多くの脳の部位を活性化することが期待できるのです。

―歩幅を広げるための実践方法については、著書の中でも説いていますが、改めてそのやり方について教えてください。

歩幅を広げて歩いた場合、体幹がぶれて不安定な歩き方になることがあります。無理なく広い歩幅で歩くためのポイントが2つあります。1つ目はお尻の穴をきゅっと締めて立つこと。すると、骨盤が立ち上がるので、背筋が伸びて股関節の可動域が広くなります。2つ目は腕の振りです。腕を後ろに引くことを意識すること。この2つを意識すれば、自然と歩幅が広がります。

複数の研究成果に基いて、歩幅の目標を65センチに設定しています。これは横断歩道の白線をまたいで越せる長さです。白線の幅は約45センチですから、自分の足のサイズの20数センチを加えると65センチ+αとなります。白線に片足のつま先を合わせて、次の足が白線をまたぎ越せた場合には歩幅は65センチ以上になります。車に十分に注意し、運動や買い物の際に、横断歩道で自身の歩幅を確認しましょう。65センチの目標が難しい場合は、プラス5センチを意識するとよいでしょう。

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国内外からのさまざまな反響

―1日にどれぐらい歩けばいいのですか。

厚生労働省が作成した健康増進のための身体活動指針の中に、「+10(プラス・テン)」という標語があります。今よりも10分多く身体を動かしましょうというものです。運動する時間は、18~64歳の人には1日60分、65歳以上の人には1日40分が目安になります。また、運動の目安として、歩数は分かりやすい指標になります。前期高齢者(65~74歳)なら7000歩、後期高齢者(75歳以上)なら5000歩を目標にしましょう。プラス・テンにより10分運動を行うと、約1000歩の歩数を増加させることができます。

既に十分な運動時間と歩数を実践できている人には、運動強度が高まる歩き方をお勧めします。歩幅を意識的に広げることも、運動強度を高めることになります。歩く速度を上げることも有効です。ウオーキングの中で、早歩きと通常の速度の歩き方を交互に実践するインターバル歩行により、より効果的な運動を継続しましょう。

―これまでに読者や講演を聴いた方などからは、どんな反響がありましたか。

とりわけうれしかったのは、拙著が韓国語や中国語に翻訳されて、「歩き方を見直す機会になった」「歩幅を意識することで正しい姿勢が身に付き、膝や腰の痛みがなくなった」「疲れずに歩けるようになった」といった声が、国内外から届いたことです。

前職の東京都健康長寿医療センター研究員だった頃から、これまでに60回くらい講演をしています。最近では、ノルディックウオークやフィットネスの普及啓発を行う協会でも講演する機会があり、歩幅を広げるための方法をさまざまな場面で実践しています。

また、2022年6月には、NHKのテレビ番組「あしたが変わるトリセツショー」で歩幅に関するテーマが取り上げられ、認知症に不安のある高齢者に歩幅の指導をしました。1カ月間歩幅を広げて生活した結果、約7割の方々に認知機能の維持・改善がみられました。参加者からは、「歩幅を意識して楽しく運動できたことで、物忘れを感じる機会が少なくなった」などの感想をいただいています。

―今後、海外での普及活動などはお考えですか。

実は私の研究が最初に日の目を見たのは国外でした。大学院生だった2012年に、歩幅と認知機能に関する研究を発表したのですが、米国で注目されて米国老年会で奨励賞をいただきました。その後、じわじわと日本でも研究成果を知られるようになりました。歩幅は、国内のみならず国外でも関心を持たれるテーマだと感じています。近い将来に欧米でも研究・普及活動をしてみたいと思います。

『認知症の始まりは歩幅でわかる ちょこちょこ歩きは危険信号』書影

「認知症の始まりは歩幅でわかる ちょこちょこ歩きは危険信号トンネルの向こうへ」

谷口 優(著)
発行:主婦の友社
四六判:160ページ
価格:1540円(税込み)
発行日:2021年9月29日
ISBN:978-407-447824-8

バナー写真:PIXTA

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