ニッポンの異国料理を訪ねて:こだわりの理由は「祖国を知ってほしい」から—東京・高田馬場のウズベキスタン料理店「サマルカンド・テラス」

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日本の日常にすっかり溶け込んだ異国の料理店。だが、そもそも彼らはなぜ、極東の島国で商いをしているのか——。東京・新宿区、高田馬場駅近くのアジア料理店が集まる一角に、日本ではなじみの薄いウズベキスタン料理の専門店がある。独特な大鍋とかまどで作る国民食「プロフ」に、オーナーのアクマルさんが込める思いとは。

祖国をもっと知ってほしい

東京・山手線の高田馬場駅周辺は、さまざまな異国食堂が立ち並ぶエスニックタウン。駅前すぐの「さかえ通り商店街」に立つACN高田馬場ビルのラインナップは、この界隈を象徴していて興味深い。

地下1階には界隈に多いミャンマー食堂があり、1階には中国の輸入食材店が。そして3階には中央アジアのウズベキスタン食堂と、アジアの多様な食が結集しているのだ。

中でも好奇心をそそられたのが、昨秋オープンしたウズベキスタンの「サマルカンド・テラス」。

ウズベキスタンと聞いて、みなさんはいったいなにを思い浮かべるだろう。私が知っているのは、かつてシルクロードが通っていた旧ソ連の国だということくらい。なにも知らないに等しい。

そう素直に告白すると、店主のアリズィクロブ・アクマルさんは穏やかな笑みを浮かべて言った。

「ウズベキスタンのこと、日本ではあまり知られていませんよね。私は祖国をもっと知ってほしいという思いで、この店を始めたんです」

アクマルさんは2011年、留学生として日本にやって来た。といっても、日本に特別な思い入れがあったわけではない。

「ウズベキスタンには大学卒業後、外国に行ってさらに学ぶ学生が多く、私もその流れで東京国際大学の大学院に進みました。日本を選んだのは……大した理由はありません。韓国の大学院にも合格しましたが、日本にたまたま知人がいたので日本がいいかなと」

店で使用する茶器はすべてウズベキスタンから取り寄せたもの 筆者撮影
店で使用する茶器はすべてウズベキスタンから取り寄せたもの 筆者撮影

大学院で経済を学んだアクマルさん。レストランを始めたきっかけは、意外にも韓国にあった。

「5年前に韓国旅行をしたんですが、ソウルにはウズベキスタン人街があって、祖国の料理を食べられる店がとても多い。『日本にもこういう店があったらいいなあ』と思ったんですが、それなら自分でやればいいじゃないかと。そこから準備を始めたんです」

それにしても、なぜ韓国にウズベキスタン街があるのか。アクマルさんに尋ねると、そこには複雑な歴史的経緯があるらしい。

かつて北朝鮮国境に近いロシアの沿海州には、帝政ロシア時代に入植した朝鮮人のコミュニティがあった。だが朝鮮半島が日本の支配下となった1920年代、ソ連の指導者スターリンが朝鮮人移住者が日本のスパイになることを恐れ、中央アジアへと強制移住させてしまう。ウズベキスタンには、いまも“高麗人”と呼ばれるその子孫が20万人ほど暮らしていることから、韓国とのつながりが深いのだ。

世界は広く、知らないことばかりである。

新型コロナよりも困ったこと

サマルカンド・テラス。アクマルさんは念願の店に、自身の故郷でもあるシルクロードの古都の名をつけたが、オープンまでには紆余曲折があった。

出店準備を本格的に始めた矢先、世界はコロナ一色になり、飲食業界はお先真っ暗。だが、楽天的なところがあるアクマルさんは、計画を中止する気などさらさらなかったらしい。

「コロナは確かに大変ですが、あちこちに空き物件が出たので、店を始めるには都合がいいところもありましたから」と振り返る。

やがてムスリムやウズベキスタンの同胞が集まりやすい高田馬場に、いい物件が見つかった。新築ビルの3階、見晴らしのいいテラスの下には神田川。心地いい風が流れる立地が気に入った。

店の一角では、ウズベキスタンから取り寄せた大鍋と、苦心の末完成した独特な形状のかまどを観察できる 筆者撮影
店の一角では、ウズベキスタンから取り寄せた大鍋と、苦心の末完成した独特な形状のかまどを観察できる 筆者撮影

場所が決まり、あとは開店準備を整えるだけ。だが、予定した日に店をオープンすることはできなかった。肝心要の、かまどが完成しなかったからだ。

ウズベキスタンには「プロフ」という炊き込みごはんがあり、国民食として親しまれている。アクマルさんは、郷土色が豊かで大勢が集う宴席では欠かせないプロフを看板メニューにすることにした。日本のみんなに、プロフを知ってほしいのだ。だが本場の味を出すには、かまどが絶対に欠かせない。そのかまどを造る職人が見つからない。

「祖国から70食分炊き上げる大鍋を取り寄せ、一度に8トンものプロフをつくってギネスに載った職人のひとりを呼び寄せることも決まりました。でも、かまどがなければどうしようもないのです」

思案に暮れるアクマルさんのもとに、やがて朗報がもたらされた。

「日本でリフォームの仕事をしている同胞に、祖国でプロフのかまどを造っていた人がいるらしい」

その人に頼み込んで、ついに本場仕込みのかまどが完成。予定日から1カ月遅れで、ついにサマルカンド・テラスはオープンを迎えた。

やりたいことが多すぎる

アクマルさん自慢の店は、コンクリート打ちっぱなしのモダンな装い。オープンキッチンなので、お客さんは名物プロフのかまどを目にすることができる。

プロフが炊き上がる頃合いを見計らって店に行くと、サマルカンド・プロフならではの亜麻仁油でつやつやに輝くプロフが運ばれてきた。

アクマルさんのこだわりが詰まった名物の「プロフ」。すでに人気メニューとなっている 筆者撮影
アクマルさんのこだわりが詰まった名物の「プロフ」。すでに人気メニューとなっている 筆者撮影

プロフの具は、やわらかなラム肉にウズラの卵、ニンジン、ヒヨコ豆、レーズン。この中で絶大な存在感を発揮するのが、意外にもニンジンだ。鍋には大量のニンジンが投入され、2~3時間かけてじっくり炊き込む中で甘みが全体に染み渡っていく。

他の料理では味わえないニンジン本来の甘みに魅了され、この店に通う日本人客が多いというのもうなずける。アクマルさんに勧められ、ヨーグルトを混ぜると、その酸味でニンジンの甘みが引き立ち、スプーンが止まらなくなった。

名物プロフでお腹がいっぱいになると、お次はティータイム。

サマルカンド・テラスでは食事はもちろん、食後のティーも楽しめる。ウズベキスタンの街角には“チャイハナ”というお茶屋さんがあり、人々が緑茶でくつろぐ光景があるという。

本場の味と雰囲気にこだわるアクマルさんは、陶業が盛んな祖国から彩り豊かなポットとカップを取り寄せて、本場のチャイハナを高田馬場に再現。デザートももちろん手づくりだ。

早くも高田馬場の人気店となりつつあるサマルカンド・テラス。実はアクマルさん、この店と並行して新しいビジネスを進めているのだという。故郷サマルカンドに日本語学校を開校し、さらには糖尿病に効くというハラルのサプリまで開発中。「やりたいことが多すぎて、時間がないんです」と苦笑するが、その表情は明るい。それはこの店を通じて、日本で祖国のことが少しずつ知られているという、確かな手応えがあるからだ。

どこか懐かしい、プロフの甘い香りに包まれたサマルカンド・テラスに、今日も心地よい風が吹き抜ける。

ウズベキスタン料理『サマルカンド・テラス』 筆者撮影 東京都新宿区高田馬場3−5−5 3F 電話:080-4421-7774 営業時間:11時〜16時/17時〜21時(金曜のみ14時〜21時) 定休日:火曜 高田馬場駅から徒歩4分
ウズベキスタン料理『サマルカンド・テラス』 筆者撮影
東京都新宿区高田馬場3−5−5 3F 電話:080-4421-7774 営業時間:11時〜16時/17時〜21時(金曜のみ14時〜21時) 定休日:火曜 高田馬場駅から徒歩4分

バナー写真:モダンな内装の店内で話を聞かせてくれたアクマルさん。建物は新築だけあって、店内はきれいで居心地も抜群 筆者撮影

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