新たな人生を洗い出し、新たなアートを切り出す──白磁で世界と対話する台湾人陶芸家・鍾雯婷さん

文化 美術・アート 国際交流

日本在住の台湾人陶芸家・鍾雯婷(ツォン・ウェンティン)さんは、陶芸技法のシェラックレジスト技法と裁縫の概念を組み合わせて、繊細なレリーフ模様が印象的な作品を生み出している。彼女は自身の美しい作品を通して世界と対話しているのだ。

未完成の作品で埋め尽くされたアトリエからは芸術の息づかいが聞こえてくる。目の前には水を含ませたスポンジで白磁の表面を丁寧に拭いている女性がいた。拭き取った後には繊細な花模様が浮かび上がり、つややかで生き生きとした模様には心を動かされる。そばのテーブルには、何枚ものスケッチが積み上げられていた。まるで立体裁断されたドレスの型紙のように見えるが、実は一つ一つが陶芸作品の構想なのだ。

日本在住の陶芸家鍾雯婷(ツォン・ウェンティン)さん。陶芸に関心のある人なら、名前を聞いたことがあるかもしれない。台湾故宮博物院第1回台湾青年陶芸賞、ドイツTalente2014国際クラフトコンペ入選、第70回金沢市工芸展で金沢市長奨励賞など、国内外で数多くの賞を受賞している作家なのだ。

立体裁断と陶芸の融合

鍾さんの作品の多くは服飾デザインの「立体裁断」を核とし、シェラックレジスト技法(※1)を用いて制作されている。この独特な創作方法の誕生は、鍾さんが台南芸術大学の修士の学生だった頃までさかのぼることができる。

2007年に「方柏欽先生の実用陶芸創作」「張清淵先生の陶芸の素材と焼成」「米国における現代陶芸教育と博物館巡り」の3つのカリキュラムに参加したことをきっかけに、創作方針を、単純な概要作りから独自の技法の構築へと変化させていった。作品も大型のアート作品にまで広がった。彼女の技法の中で最も代表的なのは、立体裁断の概念を陶芸に持ち込んだことだ。

立体裁断の概念を用いて制作された『盛裝:筷籠』(箸入れ)
立体裁断の概念を用いて制作された『盛裝:筷籠』(箸入れ)

制作では、成形した陶土をさまざまな曲線を用いて切断し、貼り合わせる。服飾デザインにおける裁断と縫製の概念がここに現れている。初期の作品には独特な曲線が表面に出現している。

一方、シェラックレジスト技法とは2009年の米国留学時に出会ったという。陶芸ワークショップに参加した際に、作家がこの技法で作品を制作しているのを目の当たりにし、鍾さんも魅了されていった。来日してからは、主に愛知県瀬戸の窯業原料会社が開発したニューボン土を用いている。一般的に磁土は他の陶土と比べて土の分子結合がより密なため、模様付けの際、ナイフで花を彫ると模様の縁が鋭くなりがちだ。だが、この問題はニスを塗って膜を作るようなシェラックレジスト技法によって解決した。

『松竹梅』シェラックレジスト技法によって制作されたランプシェード
『松竹梅』シェラックレジスト技法によって制作されたランプシェード

芸術とは生活の中にあり、生活もまた芸術にある

一般的な現代アート作家と異なり、鍾さんの作品の多くは“普段使い”を意識したものだ。これは次第に彼女の作品の特徴となり、「ぐい呑み」がその代表だと言えるだろう。彼女は学生時代にこの考えにたどり着いたそうだ。

「学生時代から、私は作陶するときは、いつも作品が持つべき美しさを考えるだけでなく、その作品がどんな実用性を持つことができるかを考えていました。台南芸術大学で修士課程を終えた後に、それこそ陶芸が持つ実用陶器の概念だと気づきました」

そして大学院の修了後、金沢卯辰山工芸工房での研修の際に、日本特有の実用的な器の文化──「うつわと人の対話」を学んだのだった。

例えば、日本の陶芸家は湯呑みをデザインするとき、全体の美しさや重さ、飲み口の大きさだけでなく、実際に手に取った人がどの面を内側に向け、どの面を外側に向けて持つかにも考えをめぐらせる。一方、台湾では消費者も陶芸家もこのような「うつわと人の対話」を考えることは少なく、美しさと実用性だけが重視されがちだ。ここが日本との大きな違いである。

鍾さんは笑いながらこんなエピソードを話してくれた。

「あるとき、私の作ったコップを手に取った日本人から『どちらが正面ですか』と聞かれたのです。台湾ではそんなことは考えたこともなかったので、私はただ驚いてしまいました」

『銀白風景』(白磁、影青、銀彩)。鍾さんが金沢卯辰山工芸工房で制作した茶碗(日本語名『茶盌』)
『銀白風景』(白磁、影青、銀彩)。鍾さんが金沢卯辰山工芸工房で制作した茶碗(日本語名『茶盌』)

台湾花布を新たに定義した『恋菓物語』

鍾さんは実用的な器の創作のほか、インスタレーション・アートの分野でも精力的に活動している。近年、「台湾ブーム」が続く日本では、グルメのほか、台湾文化の象徴でもあるプリント生地「台湾花布」も人気を集めている。花布は、台湾の若い世代にとってもレトロブームに乗って再注目されている。しかし花布は、鍾さんには世間とは異なるインスピレーションをもたらしたのだった。

台湾の花布の起源は、戦後のベビーブームにあると言われている。当時、布団などの布地の需要が急増し、加えて軽工業が盛んだったという背景もあって、プリント生地は1960年頃から約50年にわたり大量生産されていた。政治的な事情から、台湾は中国との交流は少なかったが、日本との間では盛んに行われており、花布は和服の模様の影響を強く受けるようになった。そもそも和服の模様は、古くは中国文化の影響を受けている。つまり、花布は日台中の3つの文化の産物と言えるのだ。

「手頃な花布は、台湾の生活に根ざしているように見えますが、実際には少し心理的な距離感があります。例えば、花布に使われる牡丹の花は栄華の象徴ですが、台湾の日常で牡丹の花に触れることはありません。だから私は花布の概念を作品に取り入れるにあたり、牡丹以上にもっと台湾を象徴するものを考えました。来日以来、日本の友人が台湾の果物を絶賛してくれることに思い至り、果物こそ台湾を象徴するのではないかと考えました」

こうして『恋菓物語』は誕生した。鍾さんは作品を通して台湾文化と日本社会が対話できることを願い、白磁の作品に台湾を代表する果物であるレンブ、バンレイシ(釈迦頭)、ライチ、マンゴーなどの要素を取り入れたのだ。

『恋菓物語』東京芸術大学美術館にて
『恋菓物語』東京芸術大学美術館にて

『恋菓物語』は上部が開口した球体で、外側にはさまざまな台湾の果物の模様が敷き詰められ、なおかつ色とりどりの線で果物の花が表現されている。そして天井から吊るされた白磁はそれぞれ異なる果物を象徴しており、そこには中国の伝統紋様や日本と台湾の紋様が組み合わされている。台湾の文化が過去に日本と中国から大きな影響を受けたことが表現されているのだ。

『恋菓物語_花団』
『恋菓物語_花団』

世界遺産・京都の仁和寺で「和の空間」に遊ぶ

鍾さんは国内外の古典を通じてさまざまな技法を生み出し、独自の作風を確立させた。今では清らかな白をベースとし、品のある水色と灰色がかった薄緑の配色が、鍾さんの作品の大きな特徴になった。2022年、京都の仁和寺の「御室藝術祭」に招待され、日本在住の台湾人陶芸家として初めて参加する快挙を成し遂げた。展示期間はちょうど桜の開花時期でもあり、桜の満開から花が散る過程を表現した『落華』シリーズを作り上げた。作品は仁和寺白書院の3つの部屋に分けて展示され、部屋ごとに異なるテーマを表現した。

鍾雯婷さんの作品その1『冰菓_ for Taiwan』
鍾雯婷さんの作品その1『冰菓_ for Taiwan』

白磁土で上部が開口した球体を作り、シェラックレジスト技法で連綿と連なる線を引いて抽象的な模様を描き出す。この作品は全体的な質感が氷砂糖に似ていたため『冰菓』と名付けられた。過去の作品とは異なるレインボーカラーには特別な意味を込めたという。

「作品の構想中、台湾ではLGBTの議論が盛り上がっていました。私はこの時代に起きた小さな革命に、アートを通して支持を表明したのです」

作品名にはさらに「for Taiwan」の文字が付けられた。

鍾雯婷さんの作品その2『落華』
鍾雯婷さんの作品その2『落華』

花には古くは「華」の字が使われていた。作品名『落華』とは落ちゆく花びらのこと。桜の季節に、桜の花びらが風に乗って日本庭園に落ちる様を象徴しているのだ。

鍾雯婷さんの作品その3『卓上の風物詩』
鍾雯婷さんの作品その3『卓上の風物詩』

鍾さんは日本人が器と空間のバランスを重視するだけでなく、四季折々の変化との関係にもこだわりを持っていることに気付いたという。そこで作品にも季節の要素を取り入れることにした。このシリーズでは夏をテーマに、夏を代表する「ヤナギ」を取り入れた。清らかな白と水色を配し、食卓に一抹の涼をもたらす。

天の采配に従い、困難にも明るく立ち向かう

来日して10年。鍾さんは、何を原動力にして日本で創作を続けているのだろうか。

「社会に出てからの人生は、挑戦と予期せぬ出来事に満ちています。元々は台湾に帰って創作を続けることも考えましたが、日本に来てもう10年です。ここにも私にとって捨てがたいものができました。だから私は天の采配に従って、日本で創作を続けているのです」

芸術に夢を燃やし続ける彼女は、昼夜を忘れて創作に取り組んでいたところ、2021年に体に赤信号が灯った。

「昨年、病気で倒れてしまったんです。計画していた展示は全てキャンセルしました。自分の健康に目を向けるようになったんです。1日も早い回復にはしっかり休むことが大切だとは分かっていたのですが、やはり入院中に創作できなかった時は、私の人生の中で大変むなしい時間でした」

苦笑しながら当時を振り返った。

彼女にとって、創作とは仕事というより癒しである。また、芸術とは世間に美しい作品を発表することであり、自身もそこで癒される場所なのだ。

鍾雯婷さんの創作風景
鍾雯婷さんの創作風景

個人の創作から国際芸術交流へ

鍾さんは近年、作品の制作だけでなく、芸術を通した国際交流にも積極的に参加している。その中で縁あって台湾の富貴三義美術館のギャラリー創始者である林文祥さんと出会い、陶芸分野のキュレーターとしての活動も始めた。

2019年に台湾で人生初となるキュレーションアート展「逐光器影」を企画し、2021年7月には日本と台湾の12人の薪窯陶芸家を集めた作品展「聚・臺日柴燒交流展」を開催した。テーマの「聚」には「積もる」「集う」の思いが込められている。薪窯焼きは焼成に長い時間が掛かる。そのため作品には独特な炎の跡や窯内の灰が自然に付着する。鍾さんは日本から台湾に来た作品が、新たな命や火花となり、日本と台湾の芸術文化の出会いがより多くの新たな芸術を生み出すことを期待しているのだ。

キュレーターとして活動を始めた理由を次のように語ってくれた。

「企画展は芸術の相互交流の場となるだけでなく、ビジネスとも結び付きができます。企画展を通して、作家とギャラリーの経営者は安定した収入を得ることができるでしょう。そうなれば作家はまた新たな作品の構想と制作に取り組むことができ、ギャラリーの存続にもつながります。だから私はキュレーターとして展示を企画するようになったのです」

写真は全て鍾雯婷さん提供

タイトル画像:日本在住の台湾人陶芸家・鍾雯婷さん

(※1) ^ シェラックとは、カイガラムシから作った天然ニスのこと。作品の表面にシェラックニスを塗って保護膜(レジスト)を作り、水拭きすることでレリーフ模様が容易にできる技法を指す。

台湾 東京芸術大学 芸術 陶芸 台湾花布