日台政治文化の差異:台湾の学位論文不正と日本の世襲問題から考える

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台湾政界で学位論文をめぐる不正の発覚が相次いでいる。コピペや盗用が次々と暴かれ、選挙にダメージを与えることも珍しくない。対立勢力が不正探しにやっきとなっているにせよ、あまりの不正の多さに社会に衝撃が広がっている。一方、圧倒的に「世襲」が多い日本では、政治家の学位はさほど重視されず、論文不正問題は滅多に起きない。学歴問題をめぐる日台政治文化の差異は、台湾と日本の民主主義のあり方に原因がありそうだ。

民進党、国民党で相次ぐ論文スキャンダル

最近話題になった論文不正スキャンダルで真っ先に思い当たるのが、統一地方選の桃園市長選で民進党から出馬を目指した林智堅氏だろう。林氏は台湾大学の修士号を取得し、新竹市長を務めていたが、桃園市長選の民進党の公認候補に決まったあと、論文不正が表面化した。

最初は林氏も「無実」をアピールし、蔡英文総統も林氏を支える構えを見せたが、大学側は論文に不正があったと認定して学位を取り消したため、林氏は出馬辞退に追い込まれた。その影響で民進党は最重要選挙区の一つに位置付けていた桃園市長選での選挙運動に出遅れが生じ、代わりの候補も大差で敗れた。マイナスの影響はほかの選挙区にも及び、民進党不振の最大要因の一つとも見られている。

桃園市長を二期8年経験した鄭文燦氏はもともと民進党のホープで2024年の総統選候補とも目されたが、地方選後に修士号での論文盗用が大学から発表され、学位は取り消しとなり、本人も謝罪に追い込まれた。論文不正さえなければ、敗北の責任をとって党主席を辞任した蔡英文総統のあとの党主席への挑戦もあり得たと言われている。実は蔡英文総統自身、英国の大学で取得した博士号の論文が見つからないと野党側から執拗に攻撃されており、民事裁判で現在も係争中である。

一方の国民党でも論文不正は起きている。2020年の高雄市長選(補選)で国民党公認候補として立候補した李眉蓁氏も、修士号の論文の大半が丸写しであることが発覚し、学位の取り消しを受けている。

歴代の総統らも高学歴

民主主義において、有権者が一票を投じる際に、何を基準とするのかは極めて重要なテーマだが、明確な回答があるわけではない。ただ国によって政治文化に違いがあり、政治家がアピールするポイントは変わってくる。これほど学位論文の不正が相次いでいるということは、台湾では、ほかの国よりも学位・学歴が一つの政治家のステイタスとみられる傾向が強いことは間違いなさそうだ。

歴代総統を見てみても、李登輝総統は京都大学農学部卒業で、陳水扁総統、馬英九総統、蔡英文総統の3人はすべて台湾大学法学部の卒業だ。李登輝総統は農学博士、馬英九総統は法学博士、蔡英文総統は経済学博士で、超がつくほどの高学歴が台湾の指導者の特徴になっている。

台湾メディアによれば、台湾の立法委員113人のうち、95%以上が大学以上の学歴を有しており、修士号取得者は53%、博士号取得者は20%に達しているという。

日本で博士号より家柄

ひるがえって日本では、明確な統計はないが、博士号を持つ国会議員は極めて少ないのではないだろうか。日本で政治家の経歴詐称はたまに話題になるが、学位のための論文不正はほとんど明るみに出たことはない。なぜなら日本で政治家が修士号や博士号を持っていることはほとんど評価の対象にならず、話題にもならない。学位に対するモチベーションが低くなるのも仕方ない。

学歴の代わりに、日本の政治家にとって錦の御旗となるのが「家柄」だ。

日本の国会議員は、現在、3人に1人が世襲であるとされている。自民党に至っては4割に達する。平成以降の33年間に就任した19人の首相のうち「非世襲」は菅義偉、野田佳彦、菅直人ら6人しかおらず、首相世襲率は7割となっている。若手・中堅のホープでも、河野太郎デジタル相は父親が河野洋平元外相、小泉進次郎元環境相も小泉純一郎首相が父親である。7月に殺害された安倍晋三元首相も岸信介元首相から続く三代の政治家である。

台湾で世襲は少数派

台湾で統計はないが、実感として世襲議員は非常に少ない。11月の統一地方選で、蒋介石のひ孫にあたる蒋万安氏が台北市長に当選して話題になったぐらいで、ほかの世襲的な有力議員はほとんどみあたらない。民主化後の歴代総統も親が政治家という人物は一人もいない。米国の議会でも世襲率は5%だと言われる。海外と比べると、日本の世襲比率は際立って高いことは否めない。

日本の政治家に世襲が多い理由として、選挙区における後援者たちの「家」に対する信奉の強さがある。「我々のお殿様」を支えていきたいという江戸時代からの大衆意識が強く残っていることと関係していると指摘されている。

日本でも、近代化を目指す明治維新によって、それまでの封建制に終止符を打とうとしたが、幕藩体制の大名家は華族階級として維持され、戦後も隠然たる勢力を日本社会のなかに残し続けている。いったん権力が確立されると、後援者は馴染みのある直系の子供などへの継承を求める心理が働く。親から子、子から孫へと引き継がれる同族と利害関係者のネットワークは網の目のように広がり、がっちりと固められた地縁・血縁・人縁によって世襲は代を重ねるほど精緻な利害共同体化するのだ。

そうした構造のなかでは、不正を働いてまで学位を取得しようというモチベーションが働くはずはない。ゆえに日本では政治家による学歴不正は台湾よりはるかに少数になる。

人材活用に世襲はマイナス

例えば、最近のケースでいえば、暗殺された安倍元首相は子供がいなかったので妻の昭恵さんの出馬を地元の後援会は望んだが、本人が固辞して実現しなかったことが伝えられている。一方、健康上の理由での政界引退を表明した安倍氏の弟、岸信夫元防衛相は、秘書を務めていた31歳の長男を後継指名したことが報じられた。

基本的に「まずは家族から候補者を探す」ことが一種の「常識」「慣習」になっているためだが、もし「公募」を行えば、山口県内外から優秀な人材が数多く手を上げるのではないだろうか。世襲の全てを否定する必要はないが、あまりに多すぎると、当然、政界の新陳代謝がなくなる。学歴は申し分なく優秀なのに、いわゆる「地盤(支持者)、看板(知名度)、鞄(お金)」の「三ばん」がないために政界入りを諦める若者も少なくないだろう。

台湾で世襲が少ない理由

一方、台湾では、世襲議員が少ないことは、その歴史とも関係している。

日本統治時代には台湾でも台湾人の有力者階級が形成されたが、彼らは戦後の国民党統治下では日本と協力したことがマイナスとなり、権力分配の構造から外に弾かれることになった。戦後は長い戒厳令が敷かれるなかで民主的な選挙が行われず、中央政府が指名した人物が地方行政を担当する状況が1980年代まで続いた。1990年代以降、民主化によって選挙を通して政治家を選んできたが、基本的に過去からの「遺産」の乏しい状態で国民党・民進党ともに候補者を立てて戦ってきたので、世襲という要素が政治に絡んでこなかった。そのなかで、家柄以外で自分の魅力を打ち出すには学歴がベストなのである。

台湾の立法委員の知人は、こう語った。

「修士号や博士号がなければ当選しないわけではない。しかし、ないよりはあったほうがいい。名刺に入れられる肩書きも増える。選挙となれば数百票単位の争いになる可能性があり、少しでもプラスの材料になるなら欲しい」

台湾の政治家は週末平日を問わず夜の会合にはこまめに足を運び、議会での質問や政府との打ち合わせもあって、ほとんど休みのない生活を送っている。日本以上にSNSにもこまめに返事や書き込みをしなくてはならない。かくも多忙を極める現役の議員が学位を取得することは至難の技であることは言うまでもない。

学歴重視は固定化した世襲よりマシだが…

そのなかで、魔が差して論文のコピペや盗用などに手を染めてしまうことが起きているとみられる。大学側も学費を高くし、授業は緩めに設定する社会人コースを設けて、学位を求める政治関係者を惹きつけているケースがあるという。選挙のたびに候補者の過去の学位論文が洗い出され、候補者や政治家の資質が問われているが、同時に批判されるべきは、論文をしっかり審査しない大学側の姿勢だ。前述の林智堅氏や鄭文燦氏はいずれも蔡英文・民進党政権の中枢にいる陳明通・国家安全局長の台湾大学時代の教え子だった。こうしたケースは政治と学問の関係上も好ましいことではない。

日本のように、固定化した世襲よりも多少の学歴重視は民主主義の観点からすれば健全ではあると思うが、台湾政治における学歴重視の弊害はもはや看過できないレベルに達している。2024年、台湾では総統と立法委員の選挙が控えている。論文不正問題がさらに延焼を続ければ、対外的な台湾の民主主義のイメージまで傷つくことになるだろう。

バナー写真:頭下げる蔡英文総統 台湾与党、地方選大敗。2022(令和4)年11月26日、台湾・台北(ロイター=共同)

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