阪神・淡路から28年:小5の犠牲者「アッコちゃん」と学ぶ震災、同学年に母親が語りかける

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【神戸新聞】1995年の阪神・淡路大震災で、神戸市立西灘小学校(同市灘区)の5年生だった浅井亜希子さん=当時(11)=が亡くなった。活発で運動が大好きだった「アッコちゃん」。その少女を教材にした震災学習が2022年秋から、同校で始まった。学ぶのは彼女と同じ5年生59人。当時の記憶が年々遠ざかっていく中、震災後生まれの若い教員や大学生らが計二十数時間のカリキュラムに取り組み、命の重みを伝える。

2022年11月21日、西灘小の一室。亜希子さんの母鈴子さん(69)が5年生たちに語りかけた。

「古いおうちでした。一瞬のうちに真っ暗。『お母さん』というかすかな声が聞こえました。『亜希子、亜希子』。呼ぶと手が当たった。お互いに痛くて苦しい中で、『眠ったらあかんで』と声をかけました」

1995年1月17日午前5時46分。激震で自宅は倒壊した。一家5人のうち、1階で寝ていた亜希子さんと鈴子さんが生き埋めになった。母子は声をかけ合って数時間を耐え、救出される。だが、亜希子さんの足は圧迫されて紫に変色、全身に毒素が回る「クラッシュ症候群」を発症した。

 「手術室から出てきた亜希子は様子が全然違っていました。目をぱっちり開けて、絶対閉じなかった。まるで『眠ったらあかん』という私の言葉を、忠実に守っているようでした」

兄2人に勉強や運動をいつも教わっていた亜希子さん。甘えん坊で、学校が大好きだったのに…。地震発生から24日後。家族に見守られて息を引き取った。

「地震後は生きてきたんじゃない。娘に生かされてきた」。鈴子さんは静かに話し続ける。語り部として震災体験を各地で伝え、娘の絵本も作った。「もうだめかな」と心が沈んだとき、娘に導かれるように前を向けたという。西灘小の校門横には、全国からの寄付で高さ3メートルの「アッコちゃんの時計」が設置されている。

児童も教員も「震災後世代」

今回の震災学習は神戸学院大の舩木伸江教授(防災教育)から提案を受けた。妹尾和幸校長は「年月とともに、子どもたちにとって震災が遠くなり、人ごとになってしまう」との危機感から実施を決めた。

教えるのは5年1組担任の中村功児さん(39)と、2組担任の長谷川雄大さん(24)。教師17年目の中村さんは震災当時、神戸市立魚崎小(同市東灘区)の6年生だった。周囲の家屋が倒壊するなど、生々しい記憶が残る。

一方、尼崎市出身の長谷川さんは震災後生まれで、教員になってまだ2年目。「震災を経験していない自分に教えられるのか、とも思う。でも、近い将来、南海トラフ巨大地震が必ず起きる。学びながら伝えていきたい」

授業を前に5年生は時計ができた経緯を学び、神戸市の副読本に登場する亜希子さんの話を読んだ。学習は2023年2月まで総合的な学習の時間を使い、神戸学院大の学生と校区を歩くフィールドワーク、学んだことを下級生に伝える会なども予定している。

企画から参加する同大3年の稲澤遥樹さん(21)は「震災を経験していない同じ世代として、児童と一緒に考えて取り組みたい」と意欲を見せる。

児童たちは学習から何を感じるのか。

鈴子さんは授業で呼びかけた。「自分の命を大切にしてください。人生を思い切り生きてください。亜希子が生きられなかった先の人生を、頑張って生きてください」

真剣な表情で耳を傾けた5年生たち。1組の木曽悠仁さん(11)は話した。「人が亡くなるって、こんなに悲しいって知った。アッコちゃんにも、いろんな夢があったのかな」

記事:上田勇紀
バナー写真:阪神・淡路大震災で犠牲になった浅井亜希子さんについて話を聞く西灘小学校の5年生=神戸市灘区船寺通3(撮影・中西幸大)
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