なぜか懐かしい日本の原風景 : 日本で唯一の縁側ライターが薦める癒しの空間

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子どもの頃から都会のマンション暮らしの人でも、「縁側」と聞くと、なぜか懐かしい気持ちになる不思議な空間。縁側の魅力に取りつかれ、全国の「実際に座れる縁側」を訪ね歩いた縁側ライターが、縁側の魅力を語る。

縁側は、居住空間と屋外との間にある空間。平安時代の貴族の住居の母屋の周囲に巡らせたひさしの間が起源とされているが、庶民の住居にも造られるようになったのは、今から100年ほど前、大正時代の頃らしい。

残念ながら、日本の都市部では、縁側のある家は少なくなってきている。最大の理由は縁側が曖昧な空間だからだろう。大きく分けると、建物の外側にある「濡れ縁」と、室内にある「くれ縁」に分類できるが、いずれにしても、廊下のようで廊下ではない、明確な用途があるわけではない。

高度経済成長期、都市部では地価が上昇し、アパートやマンションなどの集合住宅が増え、戸建ては狭小化していった。狭い家でも、キッチンや居間、トイレ、風呂は必須だが、縁側がなくても暮らしに困るわけではない。そのため、日本の家屋から縁側は徐々に消えていった。

かくいう平成生まれ、東京のマンション育ちの私にも、リアルな縁側体験はほとんどなかった。縁側はスタジオジブリの映画や、「サザエさん」などのアニメに登場する昭和の風景の中のものだった。

縁側の魅力に取りつかれるきっかけとなったのは、日本三名園の一つ水戸の偕楽園を訪れたこと。藩主・徳川斉昭の別荘だった「好文亭」の縁側に腰かけて緑の美しい庭園を眺めていると、「ああ、なんて気持ちいいんだろう。縁側のある家っていいなぁ」という思いがわいてきた。そして、「そういえば東京に縁側ってどれくらいあるんだろう?」と思ったことがすべての始まりだった。

好文亭(PIXTA)
好文亭(PIXTA)

“座れる縁側” を訪ねて

週末になると縁側を探し歩く日々が始まった。文化財として保存されている政治家や資産家の邸宅、歴史ある宿に古民家カフェ。縁側がありそうな建物を片っ端から当たっていった。

実際に座れる縁側を求めているので、行ってみたけれど赤じゅうたんが敷かれて座れずガッカリということも珍しくない。江戸時代の古い建物なら縁側があるだろうと思い込んでいたが、必ずしもそうではないと知った。

どうせ縁側探しをするなら訪れた縁側の情報発信もしてみようと「縁側なび」を立ち上げたのが2013年7月、23歳の時だった。ツイッターでつながっている人に縁側のある建物を紹介してもらい、京都や静岡、長野など全国に足を運ぶようになった。

実際に縁側に座ってぼーっとしていると心が落ち着いて、癒される。家の内部でありながら、四季折々の外の空気を感じられる。

縁側の四季を楽しむ

そんな縁側愛が高じて、鎌倉市に縁側のある家を建てた。

桜の名所でワイワイと花見を楽しむのもいいが、自宅の縁側で静かに桜を見ていると、ウグイスの鳴き声が聞こえてくる。

暑い夏、縁側に出るのは日が陰ってから。夜は、仲間を呼んでテイクアウトしたピザとビールでちょっとした夜ピクニックを楽しむのもいい。風呂上がりに夜風に当たりながら空を見上げれば、クーラーに頼らずとも涼やかな気分になる。

©NARUSE Natsumi
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部屋の中が魚臭くなるのを気にすることなく、縁側に七輪を置いてサンマを焼きながら、中秋の名月を愛でるのも一興。

©NARUSE Natsumi
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寒い冬も、太陽の位置が低くなるため、縁側に長いこと陽が入り、意外とポカポカして気持ちがいい。この時期、縁側に布団や座布団を干すのは、太陽のエネルギーを上手に利用する先人の知恵なのだろう。日当たりがよく、風通しが良い縁側は犬や猫も大好きだ。

コロナ禍の3年間、外出が制限されたり、リモートワークが一気に広がり、在宅する時間が長くなった。オンとオフを切り替えるため、私は、昼食やおやつの時間はパソコンから離れて縁側で休憩。縁側に座って、陽の光を浴びるとセロトニンが多く分泌して、リラックス効果が出て、ストレスが緩和される。「縁側浴」がテレワークにはいい効果を発揮しているのではないかと思う。

縁側のある家に住むのはハードルは高いけれど、古民家をカフェやゲストハウスとして活用しているところもまだまだたくさんあるので、休日のひととき、縁側という空間を多くの人に味わってもらいたい。これまで180軒以上の縁側を訪ね歩いた経験から、お勧めしたい縁側をご紹介したい。

訪ねて行けるお薦めの縁側

ゲストハウスtoco.

東京都台東区下谷にある築100年の古民家を改装したゲストハウス。東京メトロ日比谷線の入谷駅から徒歩2分。縁側に座って庭を眺めていると、ここが銀座からわずか20分の場所だとは思えない。タイムスリップしたような昭和の日本を感じることができる。

https://backpackersjapan.co.jp/toco/

©Naruse Natsumi
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昭和の家・縁側カフェ

足立区西保木間にある洋館付和風建築。太平洋戦争よりも前、1939(昭和14)年に建てられ、2012年に国の登録有形文化財に指定された。現在も住居として利用しながら、一部をフォトスタジオ、カフェとして開放している。春は枝垂桜(しだれざくら)、秋には紅葉が広い庭を彩る。

https://shouwanoie.jp/cafe/

©NARUSE Natsumi
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月と松

神奈川県鎌倉市材木座の築100年以上の古民家を改装した打ち立て蕎麦(そば)と自家製からすみが自慢の日本料理店。縁側越しに庭を眺めながら、食事を楽しむことができる。板敷ではなく、畳敷きの縁側は政治家や名士の邸宅などに多いぜいたくな造り。

https://whaves.co.jp/tsukitomatsu/

©NARUSE Natsumi
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古民家noie梢乃雪

長野県北安曇郡小谷村にある、およそ120~150年前、江戸時代末期から明治初期頃に建てられた古民家を改装したゲストハウス。観光資源はほぼゼロ。目の前に見えるのは山だけ。見知らぬ宿泊者同士が縁側に集い、テーブルをおいて、みんなで朝食を食べながらゆっくりと打ち解けていく。

http://kominkasaisei.net/

©NARUSE Natsumi
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マスヤゲストハウス

中山道と甲州街道が交わる温泉宿場町・下諏訪町にあるゲストハウス。明治期の古地図にも載っている老舗の旅館をリノベーション。建物全体が縁側に囲まれていると言っていいほど、“縁側たっぷり感” が素晴らしい。

https://masuya-gh.com/ja/

©NARUSE Natsumi
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はなとね

神戸市北区の山あい、260年以上前に建てられた茅葺き民家「前田家住宅」を活用したベーグル専門店。電車の最寄り駅まで歩いて1時間30分、近くまで走るバスは日に10本という不便な場所にもかかわらず、遠方からやってくるリピーターも少なくない。購入したベーグルを温めてもらい、縁側で食べることができる。

http://hanatone.jp/

©NARUSE Natsumi
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今西家書院

奈良市にある室町時代の初期の典型的な書院造りの遺構で重要文化財。興福寺大乗院家の坊官・福智院氏の居宅を、明治期から奈良で酒造業を営む今西家が1924(大正13)年に譲り受けたもの。喫茶営業しており、重要文化財でお庭を眺めながらお抹茶と和菓子をいただく至福の時間を過ごせる。

https://www.harushika.com/study/cafe.php

©NARUSE Natsumi
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バナー画像 : 筆者提供

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