2013年のWBC「日本対台湾」を振り返る:10年後のそれぞれの進化

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10年前の2013年3月8日、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の2次ラウンド(東京ドーム)で、日本と台湾はまれに見る「熱戦」を繰り広げた。当時、台湾代表だった王建民と周思斉に取材。試合を振り返りながら、この間の日台の野球の変化について聞いた。

4時間37分の熱闘

日本列島がこの冬の最強寒波に見舞われた2023年1月26日、台湾最南端の屏東は陽光が降りそそぐ25度の好天だった。周囲を農地に囲まれた中信ブラザーズの練習場では、春季キャンプがスタート、多くの選手がコンディション調整に取り組んでいた。

外野のセンターで守備練習に集中しているのはベテラン周思斉。41歳になった今もフィジカルは若手に負けない。一方、マウンドでは42歳になった2軍投手コーチの王建民が、ルーキーらの状態に目を配っていた。今から10年前、王と周はWBC台湾代表として、日本と激しい戦いを繰り広げた。

2013年、WBC2次ラウンドの日本・台湾戦は4時間37分の熱闘だった。先発の王は6回まで日本打線を零封して中継ぎに交代。8回表に日本に2点差を追いつかれた台湾は、裏の攻撃ランナー1、3塁の場面で、周が田中将大(楽天)からタイムリーヒットで1点を奪取。試合は2対3と再び台湾がリードした。

しかし、日本が土壇場で粘りを見せた。9回表、井端弘和(中日)のタイムリーで同点に追いつくと、試合は延長戦にもつれ込み、最後は中田翔(日本ハム)の犠牲フライで4対3として試合を制した。最後まで気が抜けない大会屈指の熱戦について、ショートを守った坂本勇人(読売)は「野球がこんなに怖いスポーツだとは思わなかった」とコメントしている。

外野の守備練習中の周思斉(筆者撮影)
外野の守備練習中の周思斉(筆者撮影)

悔しさで涙した台湾代表

試合後、台湾はマウンドを囲むように円陣を組み、スタンドに向かって帽子を取って一礼した。現地で観戦していたファンは温かい拍手を送ったが、多くの選手は悔しさをにじませていた。

「チーム全員が泣いていた。本当に残念で悔し涙を流していた」――周は感慨深げに当時を振り返った。

冷静な投球術で試合前半の日本打線を翻弄(ほんろう)した王は、「全力を尽くして、やるべきことをやった。勝負は最後の1秒まで分からない。いい試合だったと思う」語った。

激闘から10年。2023年大会で台湾代表入りしたのは、米メジャーのレッドソックスで奮闘する張育成、同じくメジャー経験を持つジリジラオ・ゴングァンらパワーヒッターに加え、台湾で活躍中の郭天信、陳晨威、王威晨、江坤宇ら走攻守に優れた選手だ。投手では、楽天イーグルスの宋家豪に、台湾で活躍中の黃子鵬、江少慶の先発投手、そして救援投手の陳禹勳が選出された。

台湾がWBCで2次ラウンドに駒を進めたのは2013年だけで、他は全て1次ラウンド敗退。09年大会では、48時間で1次ラウンド敗退が決まってしまった。今大会でも強豪キューバ、オランダ、パナマと同じA組で、少なくともここで2勝を挙げなければ2次ラウンドに進むことができない。

野球では試合展開を見極めることが求められる。周は2013年の日台戦では、9回表の鳥谷敬(阪神)の盗塁が、試合の流れを変えたと振り返る。

中信ブラザーズの2軍投手コーチを務める王建民(筆者撮影)
中信ブラザーズの2軍投手コーチを務める王建民(筆者撮影)

情報収集力の差が試合を決する

「9回2アウトのビハインドで失敗すれば試合終了という場面で、鳥谷はなぜ盗塁したのか。後に、鳥谷はチャンスだったと言っていたが、それにしても大胆だ。あの場面で盗塁は本当に大胆」―。周は、「大胆」という言葉を2回も使って鳥谷をたたえた。

鳥谷の盗塁成功は、日本の情報収集力のたまものであると同時に、日台の格差を浮き彫りにした。

「試合後、鳥谷は勝算があったと語っている。投手のクイック(※1)がスタートを切るのに十分な余裕があった。だから大胆にも走り出したのだ。一方で、台湾には日本の盗塁に関する情報がなかった」

当時の台湾代表は情報不足だった。王は「(映像で)1、2試合見たくらいで、あまりデータはなかった」と言う。そのため投球は得意なシンカーを中心に組み立て、打者ごとに作戦を変えることはなかったそうだ。印象に残っている打者は誰かと聞くと笑いながら「左打者の阿部(慎之助)だ」と答えた。

WBC後、王はメジャーリーグでプレーしながら、オフシーズンにはトレーニングに最新のスポーツ科学を多く取り入れるようになった。先進的なトレーニング環境をゼロから作り上げたのだ。

「2013年頃はフィジカルやウエイトトレーニングが多かったが、今はスポーツ科学と組み合わせて、選手一人一人に合ったメニューを組んでいる」

分厚い投手陣と強力打線の「侍ジャパン2023」

スポーツ科学が飛躍的に進歩した中で、2023年のWBC日本代表には大谷翔平(エンゼルス)がいる。投手と打者の「二刀流」は科学の力でさらに進化した。ロッテの佐々木朗希も高校時代から160キロの速球を投げている。他にも日本球界最高と呼び声高い山本由伸(オリックス)、ベテランメジャーリーガーのダルビッシュ有(パドレス)らが名を連ね、投手陣の分厚さは群を抜いている。

打者では、外野手のスターティングメンバーはメジャーリーガーが中心だ。だが、吉田正尚(レッドソックス)はメジャー1年目、今回初選出のラーズ・ヌートバー(カージナルス)は合流がやや遅れた。彼らがいかにチームに溶け込むかがポイントになるだろう。内野陣には村上宗隆(ヤクルト)と山川穂高(西武)のセ・パ両リーグのホームラン王が並び立つ。彼らの1発が試合を決定付けることは間違いない。

王は「台湾は日本ほど設備が整っておらず、トレーニング中の映像確認がひんぱんにできない。1球ごとに投げた瞬間の感触とデータを確認できるのが投手には理想的だ。そうすることでしっかり体に覚え込ませられる。しかし、現状では全て投げ終わってからしか映像を確認できない。これではあやふやなまま次の投球に入ることになり、改善のスピードが遅れる」

周は日本の強みを「学び」にあると話す。

「日本は米国の最新科学に学び、民間のシステムを使って大量に取り入れてきた。日本は学ぶことに長けていて、データを集めてインプットした後にさらにデータを収集する。これを何度も繰り返している。その点、台湾は集められる量にも限りがあり、データが不十分だ」

日本は「学び」に長けていると話す周思斉(筆者撮影)
日本は「学び」に長けていると話す周思斉(筆者撮影)

目標設定が曖昧な台湾野球

今回のWBCで、日本は「王座奪還」を掲げる。一方、台湾は目標設定が明確ではない。

周は「私たちはライバルがどう進歩してきたのかを検証してきた。しかしそれを『世界を目指す』視点で考えるのか、それとも『アジア制覇』『打倒日韓』の立場で考えるのか判然としない」という。

周によると、現在の台湾は日本と韓国に勝ちたいという「その場の目標」しかなく、世界一を目指す日韓との差は明らかだと考えている。

「どちらが正しいか、間違っているかは分からない。だが、目標が違えば取り組み方も変わってくる」

世界制覇を目標に掲げる日本サッカーは、欧州に負けない大国になるために「100年構想」を打ち出した。そして2022年のワールドカップでは強豪ドイツとスペインに勝って目標に向かって着実に進歩した。

「ソフトでもハードでも十分なトレーニングができる環境が必要だ。サッカーにせよ野球にせよ、すぐに結果は出なくとも、いつか勝ちたいと願い続けること。それが世界を目指すということなのだ。果たして台湾にそんな強い思いはあるのだろうか」

王は10年という時間だけで考えるなら、政府と野球協会がジュニア層に働きかけて育成を強化し、代表チームの「血の入れ替え」するのが鍵だと考えている。

「以前の代表は同じ選手ばかりが選ばれ、中堅層に穴が空いている」

日本のように定期的にメンバーが入れ替わり、25~30歳の選手を主力にする。王はこれが台湾野球の発展のためにより重要だと考えている。

台湾のファンは、いつも日本との対戦を楽しみにしている。10年前、台湾は試合に王手をかけたが、最後の決め手を欠いた。10年後、日本は明確な目標を掲げ、次のステージに進もうとしている。一方の台湾は目標設定が曖昧なまま過ごし、ソフトとハードの両面の強化も必要な状況だ。台湾野球が飛躍するにはまだ長い道のりがありそうだ。

バナー写真=2013年のWBC日本対台湾の試合で先発した王建民投手、2013年3月8日、東京(AFP / 時事)

(※1) ^ 盗塁を防ぐために、投手が投球動作を小さく素早く行う投球法。クイックモーション。

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