FCEV―燃料電池自動車は普及するのか? 「ゼロエミッション」の理想形と水素エネルギーの可能性

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さまざまな自動車メーカーが水素をエネルギー源とする燃料電池の研究を進める中、ホンダは新たに開発したFCEV(燃料電池自動車)を2024年から日本と北米で販売すると発表した。主流となりつつあるBEV(バッテリー電気自動車)との違いは何か。またそれぞれの長所・短所を解説し、ゼロエミッション実現に向けた水素エネルギーの可能性を探る。

本格化する自動車メーカーの水素事業

2月2日、ホンダは「水素事業の取り組みについて」と題する記者会見を開き、新たに開発した燃料電池自動車(FCEV、「FCV」とも言う)を2024年に日本と北米で発売する計画を明らかにした。同社は13年から米ゼネラル・モータース(GM)と次世代燃料電池システムを共同開発してきたが、来年発売されるFCEVには、ここで開発した燃料電池システムを搭載することになる。

30年以上にわたって水素技術やFCEVの研究開発に取り組んできたホンダは、1998年に初のプロトタイプを開発して以来、これまでに3台のFCEVを生み出してきたが、いずれも研究開発用かリース向けで、一般に幅広く販売されることはなかった。

しかし24年に発売される新型FCEVは、広く一般に販売される可能性も残されている。もしもそうなれば、国内ではトヨタの初代MIRAI(2014年、723万6000円)、2代目MIRAI(2020年、710万6000円~860万円)、韓国ヒョンデのネッソ(2022年、776万8300円)に続く、「日本で誰もが手に入れられる4台目のFCEV」となるかもしれないのだ(カッコ内は発売年度と税込み価格。メルセデスベンツも2019年にGLC F-CELLを発売したが、これは4年後に車両を返却するリース販売のみだった)。

2代目となる現行型のトヨタ「MIRAI」。航続距離はメーカー発表で850km 写真=トヨタ自動車
2代目となる現行型のトヨタ「MIRAI」。航続距離はメーカー発表で850km 写真=トヨタ自動車

燃料電池とは、水素と酸素を化合させて水と電気を得る化学反応を利用した発電装置の一種。水を電気分解すると水素と酸素が取り出せることは中学の理科で学んだ方もいるだろうが、それとは逆の反応を起こして電気を手に入れるのが燃料電池の原理と考えていただければいい。

FCEVの場合、水素を燃料として車載の高圧タンクに貯蔵しておき、空気中の酸素と反応させて発電。この電力をモーターに供給して駆動力を得る。化学反応の結果として生まれるのが電気と水だけで、CO2を排出しないため、カーボンニュートラル社会の実現に役立つ次世代環境車のひとつとして注目されている。

「MIRAI」の燃料電池ユニット。後輪駆動でモーター出力は134kw(182PS) 写真=トヨタ自動車
「MIRAI」の燃料電池ユニット。後輪駆動でモーター出力は134kw(182PS) 写真=トヨタ自動車

BEVとFCEVの違いと共存の可能性

もっとも、いま世界中ではバッテリーに充電した電力で走るバッテリー電気自動車(BEV、「EV」とも言う)の販売台数が急上昇している真っただ中。2022年の全新車販売台数に占めるBEVの比率は、日本では1.7%(0.6%)に留まっているものの、ヨーロッパで12.1%(9.1%)、北米で5.9%(3.2%)、中国で20%(11%)と、その存在感は年々強まっている(カッコ内は21年の比率)。

BEVも走行中にCO2を排出しないゼロエミッションカーとしてカーボンニュートラル社会の実現に貢献すると期待されているが、そのBEVは充電施設=インフラの不足が普及の足かせになっているとしきりに指摘される。果たして、BEVに加えてFCEVを普及させる意義は、本当にあるのだろうか?

FCEVの最大のメリットは、エネルギー補充に必要な時間が3~5分とエンジン車並みで、BEVより圧倒的に短い点にある。また、水素のエネルギー密度がBEV用リチウムイオン・バッテリーに比べて高いため、航続距離を長くするのが比較的、容易とされる。

さらには、リチウムやコバルトといった地下資源を大量に用いるBEVに比べると、FCEVはいずれの使用量も50分の1程度と極めて微量で済むことも、サステナビリティという観点からいえば優れている。

一方でFCEVのデメリットとしては、BEVに比べてエネルギー効率の低い点が挙げられる。

スウェーデン・ルンド大学のマックス・ウマン博士が2001年に発表した論文によると、BEVのエネルギー効率が61%程度であるのに対して、FVは34%、一般的なエンジン車は14%に留まるという。また、FCEVでは水素を貯蔵する高圧タンクが大きくなりがちで、小型車には適用しにくい点もデメリットというべきだろう。

こうしたメリットとデメリットを勘案すると、FCEVは比較的、大型で長距離走行する機会が多い車両に向いている一方、BEVは小型で都市部を中心に使われるシティコミューターに適しているというのが一般的な認識となっている。つまり、FCEVとBEVは優劣を争う関係ではなく、補完し合う関係にあるのだ。

BEVとFCEVが共存することのメリットは、インフラ側にも存在する。

BMWが2022年12月に小規模ながら生産を開始した「iX5 Hydrogen」 写真=BMW
BMWが2022年12月に小規模ながら生産を開始した「iX5 Hydrogen」 写真=BMW

先ごろ、ベルギーで新型FCEV「iX5 Hydrogen(ハイドロジェン)」の国際試乗会を実施したBMWは、ゼロエミッションカーをBEVだけに頼るほうがインフラ整備に必要な投資額は大きくなるとの可能性を指摘した。

これはドイツを対象とした統計で、しかもBEVの台数が2000万台を超え、さらにはFCEVも数百万台程度普及していることが前提になるものの、BEVに一極集中すれば送電線網の強化が必要になり、巨額のインフラ投資が必要になる。その点では、日本も基本的な条件は同様と考えられる。

また、BEV用充電ステーションは送電線網が充実している都市部には比較的、建設しやすいが、都市と都市の間隔が広い地方部では水素ステーションの建設のほうがコスト的にメリットがあることもBMWによって指摘された。

さらに言えば、現状では集合住宅に充電施設を設置しにくいこともBEVの普及を妨げるデメリットとなっているが、FCEVは燃料補給に要する時間が短いので、ガソリンスタンドで給油する現状のエンジン車に近い感覚で使用できる。この観点からいえば、都市部のユーザーにも使い勝手のいいゼロエミッションビークルになりうるのだ。

なお、トヨタ自動車は、内燃機関の燃料として水素を用いる水素エンジンを搭載した車両を試作し、これで日本のスーパー耐久シリーズレースに参戦しているが、FCEVと水素エンジン車とでは、同じ水素をエネルギー源としていても、まったく原理が異なる。

また、水素エンジン車については、かつてBMWやマツダも研究開発を行っていたが、現時点で表立った開発を行っているのはトヨタのみ。これに比べると、FCEVはトヨタ、ホンダ、GM、ヒョンデなどが積極的に取り組んでいるほか、ジープやプジョーなど全14ブランドを取り扱う世界第4位の自動車連合、ステランティス・グループも水素燃料電池メーカーのシンビオ社(フランス)の株式を取得するなど、FCEV開発に前向きな姿勢を示している。

2021年からスーパー耐久シリーズに参戦する「カローラH2コンセプト」。年々進化しラップタイムが向上している 写真=トヨタ自動車
2021年からスーパー耐久シリーズに参戦する「カローラH2コンセプト」。年々進化しラップタイムが向上している 写真=トヨタ自動車

産業に寄与する水素エネルギー

ここまでは乗用車の動力源としての水素エネルギーについて論じてきたが、それは将来的な水素産業の一面でしかない。

2021年に日本政府が発表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」によると、水素産業は洋上風力産業や燃料アンモニア産業とともに、エネルギー関連産業の実行計画のひとつとして掲げられている。

具体的には、水素は「発電、産業、運輸など幅広く活用されるカーボンニュートラルのキーテクノロジー」であって、この分野は「日本が先行し、欧州・韓国も戦略等を策定し、追随」しており、「今後は新たな資源と位置づけて、自動車用途だけでなく、幅広いプレイヤーを巻き込む」ことを目指していくという。つまり、水素エネルギーは社会で広く活用されるもので、FCEVはその一部に過ぎないのである。

なぜ、日本政府が水素の活用に熱心かといえば、電気に比べてエネルギーの貯蔵や運搬が容易という点が挙げられる。電気は、長距離を送電すると途中で損失が生じるため、たとえば数千kmというような長距離の“エネルギー輸送”は現実的ではない。また、電力を貯蔵するにはバッテリーが必要となるが、これにも多大なコストがかかる。

一方の水素は、電気に比べれば貯蔵も輸送も容易とされる。これは風力発電や太陽光発電といった再生可能エネルギーが持つ弱点をカバーする上で、非常に大きな意味を持つ。

周知の通り、風力発電にしても太陽光発電にしても、発電できるタイミングとエネルギー需要のあるタイミングは必ずしも一致しない。また、風力発電や太陽光発電にとって有利な地域が、必ずしも電力需要の大きな地域とも限らない。

こうした観点から、風力発電や太陽光発電で得た電力で水を電気分解、ここで得た水素を貯蔵し、遠く離れた消費地に運搬することが検討されている。

2050年に全ての製品と企業活動でカーボンニュートラルの実現を目指すホンダが描く、水素エネルギー活用のイメージ 写真=ホンダ
2050年に全ての製品と企業活動でカーボンニュートラルの実現を目指すホンダが描く、水素エネルギー活用のイメージ 写真=ホンダ

すでに、オーストラリアで精製した水素を日本に運搬するプログラムがいくつか立ち上がっており、その中には太陽光発電の電力を用いて精製された水素などが含まれている。つまり、再生可能エネルギーを比較的、安価に輸入する「エネルギーの担い手」としての水素が注目されているのだ。

このため、先ごろ水素事業に関する発表を行ったホンダも、GMと開発した次世代燃料電池システムをさまざまな産業に事業展開することを想定している。すなわち、開発した燃料電池システムを用途によって複数台、並列接続することで、たとえば大型トラックや建設機械、さらには定置電源用として活用されることを見込んでいるのだ。

こうしたさまざまな使用目的に適合できるようにするため、従来世代に比べてコストを3分の1以下に抑えるとともに、耐久性を2倍以上に伸ばした点が、ホンダが今回発表した次世代燃料電池システムの大きな特徴なのである。

大型トラックなどへの転用については、トヨタやBMWも同様に計画を進めている。

いずれにしても、将来的なゼロエミッションビークルとしてはBEVが主流となる一方で、大型の乗用車、大型トラック、建設機器などには燃料電池も幅広く活用していきたい。その上で、効率的にゼロエミッション社会を構築していくというのが、最も現実的な姿であろう。

バナー写真:ホンダが2024年に北米と日本で発売すると発表したFCEV(燃料電池自動車)に搭載される次世代燃料電池システムと、撮影に応じる青山真二専務(中央)ら 時事

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