《追悼・松本零士》「SF」と「昭和」が作品に同居する偉大な漫画家の唯一無二の世界観

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『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』『宇宙海賊キャプテンハーロック』など宇宙を舞台とした作品と、昭和の極貧生活を描いた『男おいどん』。いずれも松本零士氏の代表作だが、一見バラバラに見えて、その世界観は見事につながっている。あまたのタイトルを描きながら、その全てが「松本零士」という作家性に収斂(しゅうれん)する作品群を考察し、それらを生んだ稀代の漫画家の半生を振り返る。

松本作品を形作った大宇宙と四畳半

漫画家、アニメーション制作者の松本零士氏が2月13日、急性心不全のため亡くなった。85歳だった。松本氏はその作品によって「生きる力」を伝えてくれた、偉大な表現者だった。

よく知られていることだが、松本氏の作品世界には二つの顔がある。大宇宙を舞台にした、幻想的な美しさを持つSF作品と、部屋にためこんだ下着からキノコが生えてくる「四畳半」の世界。

極大の宇宙と極小の四畳半では、まるで対極。しかしその世界で活躍するキャラクターに目を向けると、そこにもまた二つの「顔」があることに気づかされる。「未完成の若者を見守る大人」と「憧れの大人を見上げる少年」の二つの顔だ。

公式サイト「零時社」(https://leijisha.jp/)では、2019年11月、イタリア訪問中に倒れた松本氏が退院直後に描いたイラストなど、様々なコンテンツを楽しめる ©松本零士/零時社
公式サイト「零時社」では、2019年11月、イタリア訪問中に倒れた松本氏が退院直後に描いたイラストなど、さまざまなコンテンツを楽しめる ©松本零士/零時社

元陸軍少佐の父の教え

松本氏は1938年に、サムライの血を引く家の、7人きょうだいの真ん中として生まれた。母は元女学校教師で、父は陸軍士官学校を卒業し、少佐にまで昇進した戦闘機のパイロットだった。

『宇宙戦艦ヤマト』(1974)に登場する沖田十三艦長は、この松本氏の父がモデルになっているという。『宇宙戦艦ヤマト』は、人類の壮大な旅を描く作品。惑星ガミラスの攻撃を受け、滅亡の危機にひんした人類が、宇宙のはるかかなたイスカンダルまで、放射能除去装置を受け取りに行く希望の航海の物語だ。沖田艦長は作品のメインキャラクターの一人で、鉄の意志を持つ優れた指揮官であるのと同時に、戦場で相まみえる敵にも敬意を払う優しい人でもあった。

このキャラクターは、外見も親戚の人々が「親父さんそっくりだ」と叫ぶほど似ていたそうだが、「人は生きるために生まれてきたのであって、死ぬために生まれるのではない」という『宇宙戦艦ヤマト』のメインテーマそのものも、松本氏が父からよく聞かされた言葉だったという。

1974年にオリジナルがTVアニメとして放映された『宇宙戦艦ヤマト』は、続編やリメイクがTV・映画で制作され、2021年には最新作『宇宙戦艦ヤマト2205 新たなる旅立ち』が公開。すでに続編『ヤマトよ永遠に REBEL3199』の制作画が発表されている ©西﨑義展/宇宙戦艦ヤマト2025製作委員会
1974年にオリジナルがTVアニメとして放映された『宇宙戦艦ヤマト』は、続編やリメイクがTV・映画で制作され、2021年には最新作『宇宙戦艦ヤマト2205 新たなる旅立ち』が公開。すでに続編『ヤマトよ永遠に REBEL3199』の制作画が発表されている ©西﨑義展/宇宙戦艦ヤマト2025製作委員会

沖田艦長は、巨艦の乗組員といういわば大家族の父親、という立場だったが、『宇宙海賊キャプテンハーロック』(1977)の主人公、ハーロックも、自身の乗艦アルカディア号を「家」と表現していた。

「ハーロック」の舞台は西暦2977年。人間が気力を失い、滅亡を待つだけとなった時代の物語だ。謎の生命体「マゾーン」が接近し、地球はその侵略にさらされる。しかし政府高官に危機感はなく、立ち向かうのは宇宙海賊ハーロックと、その旗の下に集う乗組員たちだけ。

誰の下にも属さず、退路を断って、一匹狼として生きる。ハーロックは寡黙な顔の下に激しい情熱を燃やす海賊だが、まだ若い乗組員を見守る優しさを持ち、乗組員もまた彼のことを「男の中の男」として憧れていた。自由であるのと同時に孤独でもあるハーロックは、松本氏にとっても非常に思い入れのあるキャラクターだったという。

その旗印のドクロは敵を威嚇するものではなく、北欧神話に由来する「骨になっても戦う」という誓いを意味する。このドクロは松本氏自身のトレードマークにもなっていた。

TVアニメ『宇宙海賊キャプテンハーロック』は1978~79年にかけて放映。82年に公開された映画『わが青春のアルカディア』では、若き日のハーロックの活躍や大山トチローとの出会いが描かれた ©松本零士/東急エージェンシー・東急 ©松本零士・東映アニメーション
TVアニメ『宇宙海賊キャプテンハーロック』は1978~79年にかけて放映。82年に公開された映画『わが青春のアルカディア』では、若き日のハーロックの活躍や大山トチローとの出会いが描かれた ©松本零士/東急エージェンシー・東急 ©松本零士・東映アニメーション

作品の根幹をなす成長と青春の物語

いっぽう『銀河鉄道999』(1977)の主人公は、星野鉄郎という名の少年。彼の物語は未来の地球からはじまる。その世界では、富む者は身体を機械に置き換えて1000年も生きる。しかし貧しい者は生身のままで、機械化した人間に娯楽のためだけに殺されることもあった。

星野鉄郎は母を殺され、孤独の身となる。しかし彼を導く謎の美女、メーテルと出会い、機械の身体を手に入れるために遠いアンドロメダを目指して旅に出る。二人が乗客となるのは空間軌道を走る銀河超特急「999(スリーナイン)」。

999は、あとひとつ足すと1000になる数字。つまり未完成の象徴で、「青春の終わり」を表していた。鉄郎も旅の中で成長し、いつのまにかメーテルを支え、守ることができる男に成長していく。

松本氏自身も15歳でマンガの新人賞を受賞し、18歳で家を出て、ひとり列車に揺られて東京に向かった。『銀河鉄道999』の原点には、そのときの孤独な旅があるという。列車の中、若き松本氏がふと気がつくと、絶世の美女が座っていた。それは幻想なのか現実なのかわからない。鉄郎にとってのメーテルもまた、青春の幻影なのだと松本氏は語っている。

『銀河鉄道999』のキャラクター「メーテル」などが描かれた西武鉄道のラッピング電車(2009年4月30日、埼玉県所沢市)時事
『銀河鉄道999』のキャラクター「メーテル」などが描かれた西武鉄道のラッピング電車(2009年4月30日、埼玉県所沢市)時事

新人マンガ家として松本氏が暮らしたのは東京都文京区の下宿屋。「下宿屋」とは、家主の家を間借りし食事も出してもらうという、現代ではほとんど見られなくなった業態で、部屋を借りると他の入居者とも共同生活を送ることになる。そうして暮らした経験が、松本氏にとって初のヒット作、『男おいどん』(1971)になった。

『男おいどん』の主人公、大山昇太(おおやま・のぼった)が暮らすのは大宇宙ではなく「大四畳半」。背は高くない。足はガニ股。服装もむさくるしい。「いつか大物になる」。そんな夢だけを持って東京にやってきた彼は「下宿館」の住人として暮らしていた。

勤務した工場はクビになり、通っていた夜間高校も中退。なんとか学校に戻って、とは思うもののアルバイトも失敗続き。気になる女性が現れても、贈ったプレゼントは箱も開けずにそのまま捨てられていたりする。彼の生活は孤独。だが下宿屋のおばあさんや、まわりの大人たちは、そんな若者に不思議と優しかった。

この『男おいどん』はヒット作となるだけではなく、松本氏にとってはじめて「自分だけの描く目的をもったマンガ」になったという。その目的とは、「どんな青春も肯定する」こと。

作中、主人公は男子特有の皮膚病に悩まされている。デリケート地帯のかゆみだけに、かつて多くの若者がこの病に、人知れず苦悩していた。しかし松本氏がオープンに描いてくれたおかげで、男性読者はもちろん女性読者からも、「このマンガを読んで、彼氏が明るくなりました」といった感謝の手紙が寄せられたそうだ。

ちなみに若き松本氏も購入したインキンタムシの治療薬「マセトローシヨン」は、のちに松本氏の絵をパッケージにして販売されるようになった。

『男おいどん』は「週刊少年マガジン(講談社)誌上で1971年から1973年にかけて連載され、単行本は全9巻を数える 共同
『男おいどん』は「週刊少年マガジン」(講談社)誌上で1971年から73年にかけて連載され、単行本は全9巻を数える 共同

作品に描かれる“松本零士”という小宇宙

このむさくるしい四畳半の『男おいどん』の世界は、実は宇宙を舞台にする『宇宙海賊キャプテンハーロック』の世界とつながっている。ハーロックの親友、大山トチローは、『男おいどん』の大山昇太のはるかな末裔(まつえい)なのだ。

『銀河鉄道999』にはハーロックやクイーン・エメラルダスの世界がクロスオーバーし、他作品のキャラクターが登場してくる。こうした展開は後から思いついたのではなく、もともと作者の中でリンクしていた。

死ぬために子どもを生む親がいないのと同じように、松本氏も自分のキャラクターを生かすためにつくり出してきた。最初から年代を超えた大家族をつくるつもりで、キャラクターを創造していたそうだ。松本氏はその著書『遠く時の輪の接する処』でこのように語っている。

『男おいどん』の大山昇太の子孫は、大山トチローで「キャプテンハーロック」に登場している。トチローの恋人エメラルダスは、じつはメーテルの双子の姉である。そのふたりの母は『銀河鉄道999』の中ではプロメシュームで、映画『千年女王』(’81)に出てくるヒロイン弥生こと千年女王とメーテルは母娘関係にある。つまり千年女王が後に機械化してプロメシュームになっているのだ。

スポンサーの反対によって断念したが『宇宙戦艦ヤマト』でも最初は、『男おいどん』のキャラクターをそのまま持っていこうと考えていたそうだ。

自分も父から、母から、大事なものを受け継いできた。命とは年代を超えたはるかな連続で、永遠の時の輪の果てでは、過去も未来も意味を失い、全ての線路が終着駅という一点で交わるように、あらゆる運命が交錯する。松本氏にはそうした思想があったのだろう。

宇宙、四畳半、大人、少年。その全てがつながっている。松本作品とは作者の経験から生まれてきた、いわば壮大な「マルチバース」といえるのかもしれない。

2018年1月には伊勢丹新宿店で「松本零士作品展」が開催された。様々な作品を網羅した展覧会は、過去に様々な地域で何度も開催されている ©松本零士
2018年1月には伊勢丹新宿店で「松本零士作品展」が開催された。さまざまな作品を網羅した展覧会は、過去にさまざまな地域で何度も開催されている ©松本零士

世界中で支持された松本作品の普遍性

「人間が生きていく上での価値観は共通している」。そうした信念を持つ松本氏の作品はグローバルな普遍性を持ち、世界にファンが拡がっていった。

「ハーロック」のアニメ版がフランスで大人気を博し、最高視聴率70%を獲得した話は有名だ。ちなみに『男おいどん』も『I AM A MAN』というタイトルで英語版が出版されている。人類が力を合わせ、「生きるために往(い)き、そして還(かえ)ってくる」航海の物語として構想した『宇宙戦艦ヤマト』も、アメリカをはじめ世界各国で放映された。松本氏が昭和期の戦争を描いた『戦場まんがシリーズ』も、中国など海外で翻訳出版されている。

やがてアメリカや中国、ベルギーなど、さまざまな国の若者が松本氏のもとを訪れるようになった。

あるときフランスから「5歳のときからあなたの作品を見てきた。いっしょに仕事をしてくれないか」というミュージシャンが訪れた。そのオファーがテクノユニット、ダフト・パンクとのコラボレーション映像『インターステラ5555』(2003)として実現することになる。この映像作品は「音楽とアニメという異なるジャンルのアートを融合させた名作」(『NewsWeek』誌)として、世界を沸かせることになった。

フランスの人気テクノユニット、ダフト・パンクが2001年にリリースした「ワン・モア・タイム」のMV。この映像がきっかけとなって、後にアニメーションオペラ『インターステラ5555』として結実する

まさに年代を超えて作品が受け継がれていったわけで、松本氏にとっても最高に心躍る展開だったに違いない。

松本氏と接すると、その人柄はあたたかく、若者の成功を心から喜んでくれる人だったという。その存在はあまりにも大きく、たとえば『新世紀エヴァンゲリオン』のキャラクターデザインを務めた貞本義行氏は「中学を卒業したら松本氏のアシスタントになりたい」と本気で考えるほど、熱心なファンだった。

これは貞本氏が特異だったのではない。『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』の当時、「日本中の少年がなんらかの形で松本零士作品に憧れていた」といっても過言ではない状況があった。

松本氏の訃報が報じられたあと、その死を悼むファンたちの言葉が、永遠の時の輪の上、今は星の海を旅しているであろう松本氏に向けて次々と送られることになった。

バナー写真:2013年2月、フランスの「アングレーム国際バンドデシネ・フェスティバル」に招かれた松本氏。ドクロマークが入った通称「零士キャップ」は松本氏のトレードマークでもあった 時事

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