台湾華語教育現場:日本で育つ華僑の子どもがバイリンガルになるための課題
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バイリンガル教育にテクノロジーはどう影響するのか
「先生、Chat GPTの翻訳って正しい?」「私、中国語が読めないから、スマホのカメラで教科書を写真に撮って、Googleの画像翻訳機能使って読んでる」
テクノロジーの進化が止まらない時代、教室でも生徒がスマートフォンやタブレットを使うのが当たり前の光景になっている。筆者は在日華僑の学校で台湾華語の授業を担当しているが、生徒たちはいつも、自分の最先端っぷりを自慢してくる。
彼らは新しいガジェットや新しいソフトを早々に取り入れて台湾華語を勉強するようになっている。進んで勉強をする学生であればあるほど、教師は応援したくなるものだ。何か調べるときにはPCで検索し、授業は録音、板書はスマホカメラで撮影して、無駄を省いて勉強を効率化させている。
コロナ禍から、教室の授業風景は大きく変わった。板書はパソコンを使ってデジタルホワイトボードに投影する方式になった。またデジタルホワイトボードは重要なポイントに線を引いたり、直接書くこともできる。必要があれば、画面を切り替えてYouTubeの動画を見たり、Googleマップを確認したり、画像を検索することもできる。カウントダウン機能や投票機能まで備わっていて、かつて教師が苦労して準備していたような大小様々な教材が組み込まれているようなものだ。授業管理のプラットフォームもたくさん登場し、宿題や評価方法もますます多様化している。
ただ教育現場で気になるのは、パソコンを使ったレポート作成が増えるにつれ、文字を中国語で入力するのではなく日本語の漢字を打って中国語の文章を作ったり、宿題に翻訳ソフトを使う生徒が増えていることだ。ChatGPT等のソフトウェアの登場で、例えば「今日、みんなが発表した。私は日課を終えた。私は保険証を忘れた」というような単調で機械的な文章が見受けられるようになったのだ。バイリンガル教育の目的は、決して単純な言語の切り替えではない。運用作業であるはずなのに。
教育者としては、生徒に、どんな能力を得たいのかきちんと考えてほしいと切に願う。本当に必要なのは、自由に2つの言語を操れるということなのではなく、人口知能に取って代わられることのない能力ではないだろうか。
技術の急速な発展は、子供たちの学習モデルと教育現場に影響を及ぼしているが、テクノロジーとは諸刃の剣だ。テクノロジーをいかに適切に利用するかは、学生、教師、そして保護者にとって共通の課題だと言える。
十分な自制心のない子どもは、誘惑に負けて、スマホやパソコンを手にするとついゲームをしたり、授業とは関係ないサイトを閲覧してしまう。教師と親は、頻繁に声を掛けて、注意喚起しなければならないだろう。
テクノロジーは使い方次第では、学習効率を低下させ、教育現場を混乱させることになる。そのため学習メディアの取捨選択のためには、教師と保護者が、子供がどれほど自制できるかを知ることから始めなければならない。
在日華僑の親の心配
昔も今も、親は自分の子どもが2つの言葉を使いこなせるようになってほしいと願うものだ。以前、筆者が「日本での台湾人教育現場について」というセミナーに登壇した際にも、参加者から「いずれ、子どもを台湾に留学させたい。バイリンガルであれば、いい大学に入ることができるでしょう?」と話しかけられた。
在日華僑の親が早くから子どもの将来を思い、計画を練るというのは理解できることだ。彼らは子供を優秀なバイリンガルに育てることで、進学と就職の機会を作ってやりたいと思っているのである。
しかし、実際に多言語の環境で育った子供と話していると、彼らは日本語と華語を混ぜて話す子が多い。例えば「“老師”、“他” が “我” の~~」「“老師”、“我” も!」という具合にだ。
筆者の友人も「夏休みに台湾に帰省したとき、子どもはおじいちゃん、おばあちゃんに華語と日本語のチャンポンで話していました。うちの親は孫が何を言っているのか全く理解できないけれど、子どもは自分の話し方が普通だと思っているようなんです」と言っていた。親は子に幼少期からの言葉の「二刀流」を期待するが、実際は期待通りにいかないことが多い。
外国に暮らしていると、子どもが正しい華語を話せないことに不安を覚える。最大の理由は帰国時に親戚らとコミュニケーションが取れないことにある。また自分達のルーツから、子供には台湾華語にアイデンティティーを持ってほしいとも願っている。しかしそれを理由に学習を促すというのは実は非常に難しいことだ。筆者が伝えたいのは、子供が学習を続ける秘訣は、子供たちの学習の動機と学習環境の構築に他ならないということだ。
まず親がやるべきは、小さな頃から民族意識を構築すること。子供の考えは年齢によって変わってくるものだ。華僑の子供たちは一定の年齢になれば、台湾華語ができることのメリットを理解するだろう。両親は子供の華語能力を気にかけると同時に、将来、具体的にどのレベルに達して欲しいのかを考え、明確な目標を立てることができれば、目的なき学習という状況を避けることができるだろう。
より良いバイリンガル教育環境のために
華語学習において海外で暮らす華僑の子どもたちが抱える最大の問題は「語彙力不足」だ。当然のことながら、台湾で暮らしているのに比べれば、耳からも目からも入ってくる台湾華語の情報量が少ない。硬い文語ばかりではなく、地元ならではの台湾語を取り入れた流行語も含まれる。夏休みや冬休みの長期休暇を台湾で過ごすにしても、現地の人に完全にキャッチアップするのは難しい。
だからどんなに流暢な台湾華語を話すことができても、海外で育った子供は台湾の笑いツボや深い文化的な意味を理解できない可能性がある。いずれも海外で生活するバイリンガル家庭が避けて通れない問題だ。さらに、日本の「恥の文化」の中で育つと、間違って恥をかくことを恐れるようになる。
しかし、子どもが失敗を恐れてチャレンジしなかったり、ルーツに関係がある言語に自信がないと、ネガティブ思考になり、将来、妙なプライドを形成する可能性がある。台湾華語を避けたり、親世代との文化のギャップを生まないようにするには、親が粘り強く、時間をかけて練習の積み重ねをさせることだ。
筆者の経験から言えば、子どもたちが華語を話すときに大人がすべきなのは、「たくさん褒め、間違いを正すのは控えめに」ということ。さらに華語で会話をするときは、子供が話すのを待つこと。子供に華語でどう返事をすればいいかを考える時間を与えることで、すぐに日本語で話したくなる気持ちを抑えることができる。
ある保護者からこんな話を聞いたことがある。その家では夏休みに子どもを連れて台湾に帰省した際にレストランで「華語で注文できる料理を全部食べていいよ」と言ったという。叱責ではなく、ご褒美のシステムである。子どにとっては台湾の楽しい思い出となり、台湾に住みたいとさえ思うようになったそうだ。「褒めて伸ばす」いい例である。どんな方法が合うかはその子にもよるが、子どもをよく観察し、コミュニケーションを重ねながら、その子に合ったやり方を見つけていくのがいい。
自身の子どもの性格と勉強方法を理解し、テクノロジーの適切な選択とその子に合った褒め方をバイリンガル教育に組み合わせることができれば、子どもも2つの文化背景の違いを理解することができるだろう。親と子で目標を設定し、それを段階的に達成することで、子供のアイデンティティーと自信を身につけることができるはずだ。そうすることで、子どもは将来、2つの異なる文化を往来し、両方に適応することができるはずである。
バナー写真 : セミナーに登壇する筆者
