カスタムバイク界のゲームチェンジャー、中嶋志朗の精緻なる世界観

美術・アート 仕事・労働 デザイン

山梨県の八ヶ岳山麓に世界中の「エンスージアスト(熱心なバイク・クルマ好き)」が注目するカスタムバイクビルダーがいる。中嶋志朗(なかじま・しろう)――その手から生み出されるバイクには、機能を追求した末に生まれる精緻な美しさが宿る。ともすればマッチョな趣味の世界に日本人ならではの繊細な感性を昇華させた、中嶋氏の功績と美意識の原点を探る。

前代未聞のアートギャラリーでの展示

2023年2月、東京都世田谷区にあるアートギャラリーで、おそらく日本で初めてカスタムバイク(※メーカーが販売した車両を自分好みの仕様に改造したバイク)だけを展示する個展「全開か否か」が開催された。約10日の会期中、日本全国から訪れた来場者は2000人超。現代美術を扱うギャラリーの個展としては、トップクラスの集客数だった。

バイクファンやメディアの注目を集めた「全開か否か」の展示。オーナーの協力を得て、中嶋さんがこれまで製作した5台のバイクが展示された 筆者撮影
バイクファンやメディアの注目を集めた「全開か否か」の展示。オーナーの協力を得て、中嶋さんがこれまで製作した5台のバイクが展示された 筆者撮影

その前代未聞の個展を開催したのが「46works(ヨンロク・ワークス)」の中嶋志朗さんだ。中嶋さんは山梨県の八ヶ岳山麓を拠点に、カスタムバイクの製作を行うカスタムバイクビルダー。業態としては“バイクショップ”にカテゴリーされるが、一般客への車両販売やメンテナンスは行わず、製作に数カ月を要するフルオーダーのカスタムバイクの製作と、その車両のメンテナンスを仕事の中心とする。店舗を持たず、工房の住所も電話番号も非公開。接点はオフィシャルサイトに記されているメールアドレスかソーシャルメディアだけだ。

そんな業務形態をとる理由はたったひとつ。バイク造りに集中したいから。

「2001年に東京で開いた最初のバイクショップは、一般的な業務のほか、オリジナルパーツを造って販売したり、改造箇所やスタイルを固定した『コンプリートバイク』と呼ぶセミオーダーのカスタムバイクを製作したりで忙しく、数人の従業員と一緒にお店を運営していました。でもそれくらいの規模になると、バイクを造ることより、会社運営のための業務に時間を割かざるを得ない。そんな時にふと、本当にこれが自分のやりたいことか考えてしまった。それからショップを現スタッフに任せ、バイク造りに集中できる環境を求めて、2014年に八ヶ岳に移ったんです」

山梨県の八ヶ岳山麓にある「46works」の工房。右のクルマは1970年代のアルファロメオ 写真=渕貴之
山梨県の八ヶ岳山麓にある「46works」の工房。右のクルマは1970年代のアルファロメオ 写真=渕貴之

工房内には中嶋さんがコツコツと揃えた工作機械や貴重なストックパーツが所狭しと並ぶ 写真=渕貴之
工房内には中嶋さんがコツコツと揃えた工作機械や貴重なストックパーツが所狭しと並ぶ 写真=渕貴之

カスタムバイクに見出した新たな価値

中嶋さんが造るカスタムバイクは、東京で活動しているときから世界中で高く評価されていた。

それまでのカスタムバイクといえば、誰もが思い浮かべたのは映画『イージーライダー』に登場するハーレーダビッドソンを中心とするアメリカのチョッパーや、『さらば青春の光』で描かれたロッカーズやモッズたちが愛した古い英国車やイタリアのスクーター。そして2本の名作が象徴するように、カスタムバイクは反体制的なユースカルチャーとセットで語られていた。

しかし中嶋さんが素材にしたのは、BMWやモトグッツィといった欧州ブランドの、しかも1970年代から80年代にかけて生産された、ちょっと古いバイクだった。そんなバイクを気持ち良く、速く走らせるために、エンジンやサスペンションに現代の技術を用いて手を加え、懐かしさと新しさが共存する外観と機能をプラスして、目新しいスタイルのカスタムバイクを完成させたのだ。そこには従来のカスタムバイクが背負わされていた毒っ気、不良っぽさは存在せず、無駄を省き、機能と性能を追求したことで生じる繊細な美しさがあった。

「全開か否か」で展示された一台。ベース車両は1991年製のBMW 中嶋氏提供
「全開か否か」で展示された一台。ベース車両は1991年製のBMW 中嶋氏提供

こちらも「全開か否か」でも展示された車両。ベースは1987年製のモトグッツィ 中嶋氏提供
こちらも「全開か否か」でも展示された車両。ベースは1987年製のモトグッツィ 中嶋氏提供

また、その「ちょっと古い欧州車」は、カスタムバイクのベース車両としても、ときには投機対象にもなるビンテージバイクの世界からも忘れ去られた、ごくごくありふれた中古車だった。そんなバイクたちを素材として、中嶋さんは新しい価値を創出したのである。

中嶋さんが造ったカスタムバイクの数々は、インターネット、とくにソーシャルメディアの普及とともに拡散され、「Shiro Nakajima」の名前は世界中のバイクファンの間で知られるようになった。

そのオリジナリティは、バイクファンのみならずバイクメーカーをも動かした。ドイツのBMWモトラッドが行った、ブランド創立90周年を記念した市販車「R nineT(アール・ナインティ)」のプロモーション活動での出来事である。

中嶋さんは日本を代表する4人のカスタムバイクビルダーとして選出され、R nineTベースのカスタムバイクを製作。中嶋さんの「Clubman Racer(クラブマンレーサー)」をはじめとする4台のカスタムバイクは、その後のカスタムバイクシーンを変えるほどのインパクトを持ち、バイクの画像は現在もソーシャルメディアを駆け巡っている。

BMWのプロモーションで中嶋さんが製作した「Clubman Racer」。ミニマルな構成の中に精緻な美しさが宿っている 写真=高柳健/BMW Motorrad
BMWのプロモーションで中嶋さんが製作した「Clubman Racer」。ミニマルな構成の中に精緻な美しさが宿っている 写真=高柳健/BMW Motorrad

「自分自身は、これがウケるとか、そんなことを考えながらバイクを造ったことはありません。ベース車両として選ぶことが多いBMWやモトグッツィは、エンジンのカタチも乗り味も個性的で、すごく面白い。そのエンジンに少しだけ手を加えるだけで、さらに面白くなるんです。また、バイクは車重が軽くなると乗りやすくなるので、外装デザインを変更しつつ軽量化も行うし、高性能なサスペンションやブレーキを装着すれば乗り心地が良くなり、安全性も高くなります。そうやってベースバイクの良いところを活かしながら個性を伸ばしていく。もちろんカスタムバイクの製作を依頼してくれるオーナーの体型や好み、走り方も聞き出して、それにフィットするバイクを造ります。だから46worksで造るのは、オーナーのためだけの、世界で一台のバイクなんです」

また中嶋さんはレースにも積極的に参加し、何度も優勝するほど活躍している。レース活動に見出すのは単なる速さだけではない。自分が造ったバイクや、カスタムに対する考え方の答え合わせをするのだ。カスタムバイクの姿形には正解がない。しかしバイクが乗り物として機能しているか否かを測ることは出来る。中嶋さんの言葉を借りれば、レースに勝つことは「造ったバイクが正しいことの証明」なのである。

自ら製作したBMWでサーキットを走る中嶋さん。クラシックバイクのレースでは上位の常連だ 中嶋氏提供
自ら製作したBMWでサーキットを走る中嶋さん。クラシックバイクのレースでは上位の常連だ 中嶋氏提供

中嶋さんが東京時代の2006年に製作したBMWレーサー。古い車体に当時の最新パーツを盛り込み、そのスピードと美しいフォルムはバイク界を驚かせた 中嶋氏提供
中嶋さんが東京時代の2006年に製作したBMWレーサー。古い車体に当時の最新パーツを盛り込み、そのスピードと美しいフォルムはバイク界を驚かせた 中嶋氏提供

バイク造りの原点

意外なのは、中嶋さんが精緻な美しさを優先したバイク造りをしていないという点だ。オーナーの好みを聞き、バイクの個性を見極め機能性を高める。淡々とその作業を繰り返した結果、46worksが造るバイクにアートにも似た個性と美しさが生じるのだ。

「自分は、湧き上がってくる感情やイメージから何かを造るというアーティストとは違います。それよりも、機能を具現化したり、走る上での問題を解決したい。だから何でもいいから造って下さいと言われると困るんです。まずはお客さんと一緒にテーマを決めて世界観を構築します。それが決まってからはじめて機能が決まり、カタチが決まります。そして機能を最大化させつつ美しさを与えるために、ミリ単位でパーツを配置していくんです」

好きなことしかやってない。中嶋さんは自分をそう分析する。子供のときから、ただただ貪欲に好きを追求してきた。だから小学生のときにアマチュア無線免許を取得して学校や家庭とは違う環境の人々とコミュニケーションする歓びを覚え、母親から習うピアノに反発してギターを始めてバンド活動に熱中し、マンガでビンテージカーやバイクの世界を知り、のめり込んだ。

大人になって最初の仕事に選んだのは二輪雑誌の編集者だった。並行してプロのギタリストとして活動したり音源制作やアーティストのプロデュースを手掛けたりしていたのも、好きなことを追いかけ続けた結果に過ぎない。そしてたどり着いたのが、唯一無二のカスタムバイクの創造だった。

そんな中嶋さんの新しいチャレンジが、アートギャラリーでの個展だった。アートとしてのカスタムバイクを確立することができるかもしれない。その企みの成功によって、中嶋さんは最初の階段を登った。

マッキントッシュにレコードプレーヤー、ギターに自転車、レースで得たトロフィーなど、中嶋さんが好きなものに囲まれた工房の事務スペース 写真=渕貴之
マッキントッシュにレコードプレーヤー、ギターに自転車、レースで得たトロフィーなど、中嶋さんが好きなものに囲まれた工房の事務スペース 写真=渕貴之

チャレンジはもう一つある。それは動画配信だ。カスタムバイクの製作過程を追うことで、モノ造りの真髄を理解してもらい、エンターテインメントとしてオーナーはもちろん、すべてのバイク好きに楽しんでもらいたい、という思いがきっかけだ。編集者と音楽制作者としての経験を活かし、映像メディアも音楽メディアも注目する仕上がりで、Youtubeのチャンネル登録者数は約17万人と世界中のバイクファンを虜(とりこ)にしている。

中嶋さんが持つ技術や経験の一端、あるいはそのすべてを見せていいものかと心配になるが、それは杞憂(きゆう)に過ぎないようだ。

「見て真似できるなら真似されてもいい。これまでカスタムバイクビルダーという職業は、お客さんからの依頼を受けてバイクを製作することにとどまっていました。真似されることよりも、まずそこを変えたかった。いろいろと考えた結果が、情報そのものを発信するというカタチだったんです」

中嶋さんは野心家である。自分の世界に没頭することに一切の迷いがない。そして、その世界に共感する人が自分以外にもいると信じている。だから信じたカタチとパフォーマンスを愚直なまでに追求し、デジタルコミュニケーションを用いて世界観を共有しようとしている。46works中嶋志朗はカスタムバイク界のゲームチェンジャーにして、新しいカタチのメディアでもあるのだ。

八ヶ岳山麓に拠点を移し、理想的な環境を得た中嶋さん。敷地内には四輪用の別棟もあり、ますます「好きなこと」に没頭している 写真=渕貴之
八ヶ岳山麓に拠点を移し、理想的な環境を得た中嶋さん。敷地内には四輪用の別棟もあり、ますます「好きなこと」に没頭している 写真=渕貴之

バナー写真:カスタムバイク製作に打ち込む中嶋さん。ほとんどを一人で行う作業の様子を、Youtubeで惜しげもなく公開している 中嶋氏提供

オートバイ 二輪車 カスタムバイク 八ヶ岳