米・NYのギャラリーが浮世絵、木版画...日本の古典アート専門にこだわる、その理由

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米・ニューヨーク(以下、NY)の中心地ミッドタウンの歴史的なビルにあるRonin Gallery(ロウニン・ギャラリー)は、1975年創業で、米国最大規模の浮世絵と木版画コレクションを誇る。2代目画廊主のデービッド・タロウ・リバートソンさんは、NYのユダヤ系一家に生まれながら、ミドルネームに「太郎」という日本名を持ち、世界のアートの中心地で日本の古典芸術にこだわる。その理由とは?

デービッド・タロウ・リバートソン David Taro LIBERTSON

NYのミッドタウンで日本の浮世絵(木版画)をメインに収集するRonin Gallery(ロウニン・ギャラリー)の2代目社長(President)。ミドルネームは日本名のTaro(タロウ)。リバートソン家の長男でニューヨーク生まれ&育ち。ボストン大学クエストロム・ビジネススクールでMBAを取得し、大手投資会社のColliers Internationalや不動産系First Service Williamsなどでファイナンシャル部門アソシエイト・ディレクターを経て、2012年に父が創業したロウニン・ギャラリーを引き継いだ。

NY中心地から日本芸術を発信

NYミッドタウンの40丁目。商業やエンタメの中心タイムズスクエアにほど近く、世界からの観光客が行き交うNYの中心地に、鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが建てた歴史的なビルが今も残る。その中に、米国人が収集した日本の浮世絵(日本の木版画)の画廊があろうと誰が想像しようか。

音楽の殿堂カーネギー・ホールでも有名な実業家、アンドリュー・カーネギーが1907年に建てたビルの中に、ロウニン・ギャラリーはある。 ©安部かすみ
音楽の殿堂カーネギー・ホールでも有名な実業家、アンドリュー・カーネギーが1907年に建てたビルの中に、ロウニン・ギャラリーはある。 ©安部かすみ

1975年創業のロウニン・ギャラリー、2代目社長のデービッド・タロウ・リバートソンさんは、父ハーブさんから2012年に引き継いだ。

ギャラリーの奥は、障子をしつらえた日本風のオフィススペースになっている。日系の施工会社に依頼して作ってもらった特注だ。さらにその奥はコレクションの保管庫スペースが広がる。

一般の人は入ることはてきないが、ギャラリーの奥のスペースはこのような日本風のオフィスになっている ©安部かすみ
一般の人は入ることはできないが、ギャラリーの奥のスペースはこのような日本風のオフィスになっている ©安部かすみ

日本の浮世絵(木版画)を含め、現在、このギャラリーが所蔵する作品数は1万337枚だという(23年6月5日時点)。この数字は同ギャラリーが把握する数で、コンピュータに未入力のものもあるため実際の数はさらに多く、日々、変動する。

デービッドさんは「米国内で日本の木版画をもっとも集めているギャラリー」と自負する。コレクション数は自社調査に基づくもので、他のコレクションと数を比較したことはないが、「これほどの規模のコレクションを国内で見たことがない」という。

物語の始まりはユダヤ系の祖父にあり

ロウニン・ギャラリーを創設したのはデービッドさんの両親であるハーブ&ロウニ・リバートソン夫妻だ。しかし、デービッドさんと同名の祖父の存在がロウニン・ギャラリーの歴史をたどる上で欠かせないと言う。「われわれは私で4世代目になるNYのユダヤ系一家です。2世の祖父は1920年代、南シナ海の商船員でした」。

祖父は船で日本、中国、インドネシアとさまざまな国を訪れた。次第に訪問国で芸術作品を買い集めるようになり、中には珍しい日本の浮世絵があった。

「祖父は無線官をしていました。当時の船はそれほど大きなものではなく、それぞれの乗船員に割り当てられたフットロッカーに保管できる私物はごくごく限られていました。浮世絵は彼のフットロッカーにぴったりハマるサイズだったのです」

これが日本の古典芸術に関わるリバートソン家の運命の始まりだった。

航海のたびに増えていった芸術作品は、息子のハーブさんの日本への興味を誘った。ケンタッキー州の大学に進学したハーブさん。当時の南部は排外主義的なムードがあってか、ユダヤ系は「よそ者」扱いだった。そんな風土の中、心が通い合ったのだろう。大学で出会った日本人学生から空手を教わり、2人は生涯の親友に。

ハーブさんは親友を通じて地球の裏側の日本にさらに魅せられるようになり、想像をかき立てられた。ことさら日本の古典芸術に対する興味や憧れは特別なものに。木版画を単体ではなくコレクションを丸ごと収集し始めるようになったのは60年代から。

アート教育の指導者だった母ロウニさんも、ハーブさんと出会い日本文化に興味を持った。その2人が結婚し授かったデービッドさんが、生まれながらに日本との深いつながりがあるのは言うまでもない。

「いつも『なぜ日本風のミドルネームなの?』って尋ねられますが、これで理由がお分かりになったでしょう。しかも私は長男ですから理にかなっていますね」

西洋芸術も「日本とつながっている」

ロウニン・ギャラリーはヨーロッパの古典絵画も収集する。その理由について「浮世絵もヨーロッパの印象派もすべてがつながっているから」。

ペリー来航の1853年まで200年以上鎖国をしていた日本が開国すると、西欧ではジャポニズムブームがわき起こり、芸術家も影響された。

「特にフランスの印象派は多大なる影響を受けたんですよ」とデービッドさん。「例えばゴッホは浮世絵に感銘を受け、複写して絵を描いています」

フィンセント・ファン・ゴッホと言えば、浮世絵師の渓斎英泉が描いた「雲龍打掛の花魁」の左右反転作品「Courtesan: after Eisen」(1887年)や歌川広重の木版画「名所江戸百景」の亀戸梅屋敷をベースに模写した「Flowering Plum Orchard (after Hiroshige)」(1887年)などの作品でも有名だ。「タンギー爺さん」(1887年)の背景は浮世絵づくしとなっており、ゴッホがいかに浮世絵にひかれていたかが伝わってくる。

米国人画家ジェームズ・ホイッスラーもそうだとデービッドさんは付け加える。収集するのは日本とつながっているものだが、情熱にまかせて「ただ闇雲にかき集めているわけではない」と言う。例えば、ロウニン・ギャラリーは葛飾北斎の「富岳三十六景」のうちコレクションできているのは三十五景であるため、最後の1枚を集めることに注力している。

「知的に綿密に魅力的なコレクションを築き上げ、そのコレクションの集合体をアートの情熱を追い求めるクライアントと共有することに重きを置いています。綿密に集めた作品と作品の間にはハーモニーが生まれ、コレクションは単体で存在するものとはまったく異なり、1+1=3の価値が生まれるのです」

西洋芸術も日本に良い影響を与えている。「逆も然り。印象派は川瀬巴水や吉田博ら浮世絵師や版画家にも影響を与え、双方の素晴らしい文化が築かれました。西洋・東洋の相互作用はユニークで、アート界で真の創造とインスピレーションを生み出しています」

さらには、日本の浮世絵(日本の木版画)は、漫画やアニメ、現代アートにも多大なる影響を与えている。「村上隆の色彩を見ても、伝統的な日本の古典芸術に多少なりとも影響を受けていることは分かります」。

江戸末期1847年の歌川国芳の作品『誠忠義士伝 間勢孫四郎正辰』を見るデービッドさん ©安部かすみ
江戸末期1847年の歌川国芳の作品『誠忠義士伝 間勢孫四郎正辰』を見るデービッドさん ©安部かすみ

画廊の一員としてのデービッドさんの最初の記憶は4、5歳。遊び場はいつも画廊内だった。彼の人生は常に日本の芸術作品と共にあったが、もはや日常風景だったため「日本のアート」と分別して認識していたわけではなく、彼にとって「アート」という認識だった。

画廊での商談経験も早くに積んだ。11歳ごろだったか、オープニングイベントでクライアントに質問を受け最大限の知識を使って一生懸命に答えたら、1枚絵が売れた。その時のワクワクした経験が今も鮮明に記憶に残る。

学校が休みになれば親について日本を訪れオークションや展示会へ。彼は日本芸術への情熱を「レガシーとトラディショナル(遺産と伝統)」として、両親から自然に受け継いだ。浮世絵や日本の木版画を見る審美眼が鍛えられたのもうなずける。彼はそれを柔道になぞらえる。

「私は茶帯に到達するのにたくさんの年月を費やしました。1つの技をマスターするのに1万回練習します。芸術作品を見る目も同じ。読書からは得られません。本物を自分の目で見てきました。1万回以上...」

浮世絵(木版画)は米国で商売になるのか?

浮世絵や木版画、米国での人気具合について尋ねると、「多少のバイアスはあるかもしれないが」と前置きしながら、「人気はかなりのもの」だと言う。

しかも人気は米国だけではない。「フランス、中国、 オーストラリア、ブラジルなど国籍も、購入の動機もさまざま。日本食が好きな人、日本を旅した人、コレクション好きな人、部屋に雪景色を飾りたい人...。かのフランク・ロイド・ライトも版画に魅せられた1人です」。

日本の装飾品が飾られたオフィスにて。以前は定期的に訪日していたがコロナ禍で途絶えた。「今年の秋ごろに再び日本を訪れたい」と語った。 ©安部かすみ
日本の装飾品が飾られたオフィスにて。以前は定期的に訪日していたがコロナ禍で途絶えた。「今年の秋ごろに再び日本を訪れたい」と語った。 ©安部かすみ

日本の強みである芸術、食、ファッションは今や、世界に強い影響力を持つ。そして誰もが何かしらの関わりがある。「例えば日本に行ったことがなくてもイッセイ・ミヤケの洋服を持っているとか抹茶を飲んだとか。それらが日本のアートに関心を持つきっかけになります。あとは好奇心旺盛というのがクライアントの共通項です」。

どのくらいの認知度かについて「最もよく知られた芸術作品5つを挙げるとすると何が浮かびますか?」と逆質問。一瞬考える筆者にデービッドさんは、このように続ける。

「人によってはゴッホの『星月夜』、ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』、ムンクの『叫び』を挙げるでしょう。画家を思い出せなくてもイメージだけは誰でも見たことがある。その中に北斎の『The Great Wave(富嶽三十六景 神奈川沖浪裏)』も含まれます」

「コレクターとして、ゴッホの作品は買えないけど、木版画は手が届く。100ドルかもしれないしミリオンの高額かもしれないが、誰もがオーナーになりうるのが木版画の魅力です」

若手の育成にも力を入れる。日米の芸術と文化の交流のため、2015年より日本文化に造詣の深いベンチャーキャピタリスト、スティーブン・グローバスさんと共に「レジデンスプログラム」を通して、若手アーティストを支援している。NYで個展経験のない人をNYに招聘(しょうへい)し、滞在先と展示の機会を与えているのだ。

ロウニン・ギャラリーはこれからも日米の架け橋として、NYからさまざまな仕掛けをしてくれることだろう。

バナー写真 : コレクションの一つである歌川広重の阿波の鳴門の風波(六十余州名所図会シリーズ)の前でほほ笑むデービッド・タロウ・リバートソンさん ©安部かすみ

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