身長173cmの“マッチョマン”吉田正尚がメジャーリーグで輝ける理由
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メジャーを驚かせた「マッチョマン」
無駄がなく、それでいて力強いスイングから、数々の安打、打点を生み出してきた吉田正尚。メジャーリーグのボストン・レッドソックスで新たな一歩を踏み出した今シーズンも、そのペースが落ちることはない。
6月4日のタンパベイ・レイズ戦で、吉田は今季の33打点目を挙げ、日米通算500打点を達成した。打率もその時点では.318という高い数字を残し、ア・リーグの打率2位につけた。日本で首位打者争いの常連だった男は、海を渡っても、当然のようにそこにいる。
確実性とパワーを兼ね備えたルーキーは、本塁打でもボストンを沸かせた。しかも、4月3日に放ったメジャー初本塁打は、レッドソックスの本拠地・フェンウェイパークの左翼にそびえる高さ約11mの特大フェンス「グリーンモンスター」を越える、逆方向へのアーチ。身長173cmと小柄な新主砲のパワーに、地元ファンは度肝を抜かれた。
本塁打をスタンドにたたき込んだ吉田が、空気で膨らませた金色のダンベルをベンチで受け取る光景は、もうレッドソックスのファンにはおなじみとなった。
そのダンベルは昨年まで在籍していたオリックス・バファローズが生み出した吉田の応援グッズだ。プロ野球選手としては小柄ながら、トレーニングで鍛え上げられた肉体から、パワーあふれる打球を放つため、オリックスの“マッチョ”キャラとして、ファンにもチームメイトにも浸透していた。
そのパワーは、2016年にオリックスに入団した時から折り紙付きだった。ルーキーイヤーはキャンプで脇腹を痛めて離脱し、開幕には間に合わないかと思われたが、オープン戦最後の3連戦で一軍に合流すると、阪神・藤川球児(きゅうじ)のストレートをフルスイング。京セラドーム大阪の5階席に直撃する特大の本塁打で、開幕一軍入りを引き寄せた。
当時、小柄な体でプロの一流投手の球を軽々とスタンドに運べるのはなぜかと聞くと、吉田はこう答えていた。
「自分は大きい体でやったことがないので、なんとも言えませんけど(笑)、スイングスピードを上げて、無駄な力をはぶいて、インパクトの瞬間に全部の力を預ける、ということは意識しています」
全身をフルに使ったスイングの土台は、小学生の頃に作られたと語っていた。小学1年で野球を始めた吉田は、毎日素振りを欠かさなかった。ただ回数を決めてやるのではなく、一振り一振り丁寧に、投手の球種やコースをイメージしながら、振っていたという。
「回数を決めてやると、ただ回数をこなすだけになりがちなので、決めずにやりました。だから自分が納得したら早く終わったし、長い時もあった。嫌々やっても続かないので」
金メダリストに学んだトレーニング術
オリックス入団時から、特別な逸材であることは誰も疑わなかった。とはいえ、吉田のプロ生活が順風満帆だったわけではない。オリックスでの1、2年目は腰のけがに苦しみ、1年目は63試合、2年目は64試合と、シーズンの半分以下の出場にとどまった。吉田自身も周囲も、「けがさえなければ」というもどかしさを抱えていた。
しかし3年目以降は、3年連続で全試合出場を果たし、オリックスの揺るぎない柱となる。
きっかけは2年目のシーズンオフ、2年続けて離脱の原因となっていた腰の手術に踏み切ったこと。以降はそれまで以上に体のケアや食事面に気を配り、腰にできる限り負担をかけないよう、外食や移動の際には自分専用の座椅子を持ち歩くなど、細心の注意を払うようになった。
もう一つのきっかけは、アテネ五輪ハンマー投げの金メダリストで、現在はスポーツ庁長官を務める室伏広治(むろふし・こうじ)氏にトレーニングの指導を受けたことだ。
もともと室伏氏は吉田にとって憧れの存在だった。子供の頃に見たテレビ番組『筋肉番付』(出場者がさまざまな競技に挑むスポーツバラエティ)で、他競技のトップアスリートがそろう中、ダントツの輝きを放つ室伏氏の姿が吉田に衝撃を与えた。
「野球選手も出ていたので興味を持って見たんですけど、そうしたアスリートの中でも室伏さんは、パワーもスピードも、群を抜いて圧倒していた姿が印象的でした」
プロの世界に入ってからさまざまなトレーニングを調べるうちに、室伏氏が編み出したトレーニングの動画が目に留まった。世界一を知る人からトレーニングやメンタリティ、自己管理の方法などを教わりたいと考え、プロ1年目のシーズン後、直筆の手紙を送った。高知キャンプ中のホテルで、何度も書き直し、誤字脱字がないかなどを知人にチェックしてもらうほど念を入れ、投函した。
熱意あふれる手紙に心を動かされた室伏氏は指導を快諾。1年目のオフから毎年、室伏氏の元でトレーニングを教わってきた。
ハンマー投げで使う砲丸を両端にぶら下げた不安定なバーベルを担いだり、紙風船を使ったり、室伏氏のメニューは多岐にわたる。単に筋力を向上させるだけでなく、体のバランスを整え、筋力を効率よく野球のプレーに結びつけたり、けがの予防にもつながるものだ。
その結果、吉田はプロ3年目の2018年から、3年連続で全試合出場を果たした。
追求し続けるスイングの精度
そうして着々と体の強化を進めながら、技術の精度も高めていった。
吉田が常にこだわってきたのは、“結果”ではなく“スイング”だった。以前、こんな話をしていた。
「野球って本当に難しいと思っていて……。いい当たりでも、捕られたらアウトですから。だから結果だけを見て一喜一憂していると、長いシーズンの中で壁にぶつかりやすいと思う。そういう意味では、スイングを基準にして、しっかりと自分が納得のいくスイングで、ボールに対してアプローチができていたか、というようなところを求めるようにしています。ベストスイングを求めていって、いいスイングができればホームランになるという、それが理想形ですね」
毎日、自身のスイングを映像で振り返り、現状を把握し、改善点を見つけるという作業を繰り返した。
チームのデータ分析班と協力し、詳細なデータもフルに活用。「この投手のこの球に対しては、バットをどの角度で入れたら、どう飛んでいくのか」ということを研究し、そのイメージ通りのスイングでボールにコンタクトすることを追求した。「1球で仕留める」が吉田の口癖だった。
そうした努力が、打撃の確実性アップにつながり、2020年、21年の2年連続首位打者獲得を実現させた。
さらに、勝負強い打撃でオリックスの21年、22年のリーグ連覇、22年には日本一の大きな原動力となった。
日本での7年間の通算打率は.327。コンタクト力に優れ、選球眼が良く、三振が驚異的に少ない。通算の四球数が421だったのに対し、三振数は300だった。
そうした実績が、長年憧れを抱いてきたメジャーリーグの扉を開いた。昨年末、ポスティングシステムを利用し、ボストン・レッドソックスと日本人野手最高額となる5年総額9000万ドルという大型契約を結んだ。
今春のWBCでは、次々にマウンドに上がる初見の投手に対し、打席の中ですばやくアジャストして捉え、7試合32打席で三振はわずか1。改めてその対応力の高さを見せつけた。また持ち前の勝負強さを存分に発揮し、大会記録となる13打点をたたき出して日本の優勝に貢献した。
メジャーリーグ1年目の開幕前に“世界一”の称号を得て、ボストンのファンの期待は大きく膨らんだが、吉田は今シーズン、その期待に見事に応えており、新人王の有力候補にも挙げられている。
今となっては破格の契約に異論を唱える声はなくなった。
だが終着点はまだまだ先。向上心と探究心が尽きることのない吉田は、メジャーでもあくまでトップを目指し突き進んでいく。
バナー写真:レッドソックスの本拠地フェンウェイパークでメジャー第1号本塁打を放ち、応援グッズのダンベルを手に祝福を受ける吉田(2023年4月3日、アメリカ・ボストン) 共同