進化と深化が止まらない!女性オタクの聖地―2023年、池袋「乙女ロード」の歩き方

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男性オタクの聖地が「アキバ(秋葉原)」なら、女性オタクの聖地は「ブクロ(池袋)」にあり。コミック、アニメ、ゲームの専門店が200メートルにわたって軒を連ねる「乙女ロード」には、BL(ボーイズラブ)や乙女ゲーム、コスプレを愛してやまない女子たちが集う。ランドマークたる「アニメイト池袋本店」は2023年3月に売り場を2倍に拡張する大型リニューアルを実施し、約10万点もの漫画やグッズでオタクたちを熱烈に迎え入れている。よりディープに進化し続ける池袋、その姿が映すオタク女子の「今」とは――。

世界最大級、9階建ての「超オタクビル」

キャリーケースを転がしながら、女子たちが真っすぐに歩いていく。2023年6月、日曜日の昼下がり。池袋駅の東口を出た彼女らは、皆一様に「サンシャイン通り」へと吸い込まれていく。大きな荷物の中身はコスプレの衣装だろうか。もしくは、これから「戦利品」が詰め込まれるのかもしれない。

駅から歩くこと5分。晴れ渡る空に負けじと青い看板を掲げた、「アニメイト池袋本店」が現れた。地上9階、地下2階。シアターやカフェを備える世界最大級のアニメグッズ専門店である。

今や全国に約120もの店舗を展開するアニメイトだが、その第1号が池袋店だ。1983年、『キャプテン翼』や『魔法の天使クリィミーマミ』のアニメ放送開始と時を同じくして、のちに「乙女ロード」と名付けられる地に誕生した。アニメブームの高まりとともに徐々にフロアを拡張し、2012年、現在の場所へ移転。オープン40周年となる今年、大々的なリニューアルを経てグランドオープンしたのである。

2023年3月16日に大型リニューアルを果たしたアニメイト池袋本店。目の前の中池袋公園でいそいそとグッズを開封する客の姿も 筆者撮影
2023年3月16日に大型リニューアルを果たしたアニメイト池袋本店。目の前の中池袋公園でいそいそとグッズを開封する客の姿も 筆者撮影

その隣に並ぶ「としま区民センター」が象徴しているが、このエリアは言わば“区公認のオタクタウン”である。2020年には歌舞伎、宝塚歌劇団、映画などを鑑賞できる8つの劇場を備えた「Hareza(ハレザ)池袋」がオープン。「国際・アートカルチャー都市」を掲げた官民連携による都市開発の一環で、アニメイト池袋本店のリニューアルもその流れに連なる。

道を行き交うのは、色とりどりのウィッグと衣装を身に着けたコスプレイヤーや、アニメキャラの缶バッジがびっしり並んだ「痛バッグ」を提げた女子たち。かつては怪しい店の客引きがたむろしていたアニメイト前の中池袋公園も、ゲットしたてのグッズを披露し合う「オタクの社交場」に姿を変えていた。「オタクが池袋を浄化した」――この地に20年近く通う友人は、冗談交じりにそう評した。

生まれ変わったここアニメイト池袋本店は、広く、明るく、オープンだ。うなぎの寝床のように狭く細いビルで、階段では客同士が体を斜めにして擦れ違わなくてはいけなかった以前のたたずまいは消え失せている。

各階は「CD・DVD/Blu-ray・ゲーム」「キャラクターグッズ」「マンガ」などにジャンル分けされており、こと女性客で活気づくのは3階のマンガ売り場だ。フロアの8割近くをBLのコミックや小説が占め、客の出入りが激しい一等地には「リブレ」や「竹書房」など、BLに特化した出版社の棚がずらりと並ぶ。

一般的な書店では隅にひっそりと置かれがちな作品たちも、ここでは堂々たる「顔」なのだ。客たちも気兼ねすることなく、じっくりとコミックを吟味できる。

BLをたしなむ、自称・貴腐人(古いオタク用語で、「腐女子」が30歳を迎えてレベルアップした姿を指す。さらに醸成されると「汚超腐人(おちょうふじん)」と呼ばれる)の友人は「ここ数年、BLも多国籍化している」と言う。

なるほど、確かにタイのBLドラマ『2gether』のガイドブックや写真集、アニメ化もされた中華小説『魔道祖師』といった海外発の作品が目を引く位置で展開されている。ひそやかな乙女の楽しみだった「BL熱」は海を越え、今やアジア全体に波及する一大ムーブメントとなったのだ。

アニメイト池袋本店前の道はコスプレイヤーが当たり前のように行き交う 筆者撮影
アニメイト池袋本店前の道はコスプレイヤーが当たり前のように行き交う 筆者撮影

推しと日常を生きる、「ぬい活」

「腐女子」という自虐的な呼称にも表れている通り、そもそもオタクは日陰の存在で、世間様に存在が露呈しないよう水面下で活動している生き物だった。それが次第に市民権を得て、むしろ「何かのオタク」であり「推し」がいることを誇れる時代になってから、台頭し始めたのが「ぬい活」だ。

愛するキャラクターやアイドル、俳優に見立てたぬいぐるみと連れ添い、観劇やライブ、推しゆかりのスポットなどに一緒に出かける。そうした愛好家は「ぬいママ」とも呼ばれ、我が子のベストショットをSNSに日々投稿し、思い出を積み重ねている。

好きなカップルのぬいを寄り添わせ、デートの様子をほほ笑ましく見守るオタクも多い。ぬいの撮影会=ぬい撮りを歓迎するレジャー施設も増えており、100円ショップではぬい専用の洋服や小物が販売されるなど、「ぬい活」は広く認知され、マーケットとして成熟しつつある。

ユザワヤWACCA池袋店の「推しぬい」コーナー。肌用の布だけでも5色以上あり、推しの完全再現を追求できる 筆者撮影
ユザワヤWACCA池袋店の「推しぬい」コーナー。肌用の布だけでも5色以上あり、推しの完全再現を追求できる 筆者撮影

「池袋でぬい活するならユザワヤだよ」

貴腐人の導きのもと、アニメイト池袋本店のはす向かい、商業ビルWACCA3階へ。エスカレーターを上ってすぐ、「推しぬいコーナー」の文字が目に飛び込んでくる。ぬいクロスと名付けられた色鮮やかな生地や、豊かな表情を作る目元や口元のパーツ、制作方法を紹介した手芸本など、推しを「ぬい化」するためのあらゆる素材がそろう。

もともとはコスプレイヤー御用達の手芸店だけあって、店内には『名探偵コナン』や『プリキュア』『初音ミク』などのスタッフお手製衣装も展示されている。推しになる、もしくは、推しを作る。二次元を三次元へと引き寄せる愛の試みがオタクに活力をもたらしているのだ。

さまざまなキャラクターの衣装とともに、制作に欠かせない布地などの素材が所狭しと並ぶ 筆者撮影
さまざまなキャラクターの衣装とともに、制作に欠かせない布地などの素材が所狭しと並ぶ 筆者撮影

「乙女ロード」はオタク女子の未来地図

重要拠点が立ち並ぶ池袋駅東口は、もはやエリア全体がオタクタウンの様相を呈しているのだが、その発端となったのはやはり「乙女ロード」だろう。

ポケモンセンターやプラネタリウム、水族館などを内包する複合施設「サンシャイン60」に面した通りで、同人誌やアニメグッズ、コスプレ衣装やウィッグの専門店、執事喫茶などが軒を連ねる。この地には1980年代からアニメショップが点在しており、2000年代、アニメイトによる「女性オタク狙い撃ち」の商品展開で一気に“乙女文化”が花開いた。

先にのぞいたアニメイト池袋本店は、旬の作品のグッズが整然と並ぶ「オタクの百貨店」だが、乙女ロードはよりマニアックで、入手困難な品々が雑多にひしめく「オタクのジャングル」だ。己の足と眼、嗅覚を頼りに、お宝探しを心ゆくまで楽しめる。

中でも女性オタク向け店舗「K-BOOKS」は14ものジャンルに区分けされており、例えば「コスプレ館」には、衣装はもちろん、キャラクターの造形を再現するための小道具などが5000点以上そろっている。

「同人館」は国内最大級の同人誌ショップで、旬のアニメから懐かしの名作まで、20万冊を超えるラインナップだ。2.5次元俳優のブロマイドなどが充実した「キャスト館」、YouTuberやプロゲーマーのグッズを扱う「動画館」をオープンするなど、時流に合わせて進化を遂げてきた。

今夏は「池袋衝撃的変化革命」と銘打ち、「K-POP館」の大幅な拡充をはじめ、さらなるアップデートが予定されている。K-BOOKSの変遷はオタク女子の足跡をたどる地図であり、今後のブームをあぶり出す未来予想図でもあるのだ。

韓流アイドルのグッズで埋め尽くされたK-BOOKS「K-POP館」。週末ともなれば、開店直後から大量の客が通路を埋め尽くす(許可を得て開店前に撮影) 筆者撮影
韓流アイドルのグッズで埋め尽くされたK-BOOKS「K-POP館」。週末ともなれば、開店直後から大量の客が通路を埋め尽くす(許可を得て開店前に撮影) 筆者撮影

こちらはK-BOOKS「K-POP館」に同居する「動画館」。YouTuberやVTuber、歌い手、踊り手といった動画配信者のグッズが一堂に会す 筆者撮影
こちらはK-BOOKS「K-POP館」に同居する「動画館」。YouTuberやVTuber、歌い手、踊り手といった動画配信者のグッズが一堂に会す 筆者撮影

この日、乙女ロード沿いのサンシャイン広場と東池袋中央公園では、コスプレイベント「acosta!(アコスタ)」が開催されていた。足を運ぶと、『銀魂(ぎんたま)』の神楽(かぐら)や『BLEACH』の死神たちなど、「週刊少年ジャンプ」の人気キャラクターがそこかしこで撮影会にいそしんでいる。

おそらく幼稚園児とみられる少女もおり、『SPY×FAMILY』のアーニャ・フォージャーになりきって公園内をパタパタと走り回っていた。初音ミクのコスチュームに身を包んで談笑している男性もいれば、中華BLの雅(みやび)な衣装をなびかせてカメラマンの前を何度も往来し、「理想の一枚」を追い求めている3人組もいる。陽の光の下、全員が自分の世界を生きている。

東池袋中央公園のコスプレイベント。完成度の高い装いばかり 筆者撮影
東池袋中央公園のコスプレイベント。完成度の高い装いばかり 筆者撮影

二次元のキャラクターに近づくべく、八重歯を自分の歯型に合わせて1本1本作ったり、シリコン製のバストを装着したり、反対に胸をつぶしたり……。「このキャラになりたい」「推しに恥じない自分になりたい」という要望に合わせて筋トレメニューを組んでくれる、オタク向けパーソナルジムも池袋から誕生した。

1980年代から今日に至るまで、乙女ロードでいきいきと呼吸してきたオタク女子の血脈が、「推しと生きる」ことをためらわず、堂々と誇れる街を作り上げたのだ。

二次元と現実の境を超えて

最後に、池袋に足しげく通う乙女ゲーマー(男性キャラとの恋愛を主題とした「乙女ゲーム」のファン)の友人が、とあるカフェをおすすめしてくれた。こちらも池袋駅東口の近辺にあり、店名は「CAFE CINNAMON」。2021年のオープンで、オタク色が感じられないシックな外観だ。

一見するとおしゃれなカフェ。だが店頭には「痛バッグ」を提げた女性客の姿が 筆者撮影
一見するとおしゃれなカフェ。だが店頭には「痛バッグ」を提げた女性客の姿が 筆者撮影

「実際、通りがかった一般の人が何も知らずにふらっと入ってきちゃうみたい。完全予約制だから、席に案内してもらえるのはファンだけなんだけどね」

友人が語るとおり、ここはオタク専用の憩いの場だ。ダウンロード数1000万を突破した男性アイドル育成ゲーム『あんさんぶるスターズ!!』(通称・あんスタ)の登場人物が“バイトをしている”カフェなのである。

店構え、内装、スタッフの制服やメニュー表も、ゲームの中のCAFE CINNAMONとそっくりそのまま。キャラクターがくつろいでいたソファに身をゆだね、同じドリンクを注文し……と、ごく自然にあんスタの世界に没入できる。キャラが生きるゲーム内での現実と、オタクが生きる現実が、確かに通い合うのである。

愛する推しを五感で味わいたい。共に生きたい。乙女たちの高まる想いに呼応し、2023年現在、池袋は「オタクにやさしい街」を超えて、もはや「オタクのための街」に変容しつつある。

ここでは、内にほとばしる熱を隠す必要はない。シネコンでアニメ映画に涙した後、興奮そのままにグッズや同人誌を爆買いし、カラオケで歴代主題歌をコンプリートし、コラボメニューを頬張り、ぬいと共に聖地巡礼へ旅立ってもいい。命短し恋せよ乙女。その全ての衝動を、池袋は受け止めてくれる。

バナー写真:バーチャルアイドルのグッズが並ぶK-BOOKS「K-POP・動画」館。小中学生に人気が高く、母娘連れで訪れる客も 筆者撮影

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