関ヶ原の合戦:大河ドラマ制作を支えるテクノロジー、エキストラもデジタル化

エンタメ 文化 歴史

1963年から毎週日曜の夜に放映されているNHK大河ドラマは、歴史ドラマの定番だ。民放との競争にさらされながらも、今年も革新的な技術を駆使し、古い題材に新たなアプローチで挑んでいる。

大勢のエキストラが消えた

サムライ映画ファンの一人として、黒澤明監督の『影武者』(1980年)や『乱』(1985年)のような傑作を見て育った私は、NHKから「1600年の関ヶ原の戦い」の撮影をスタジオ内で見学しないかと誘われたときは、正直言って少し驚いた。

大河ドラマの撮影に使われた調布の角川大映スタジオはかなり広いが、戦国時代に終止符を打ち徳川幕府の成立につながった戦国史で最もスケールの大きい合戦を、一体屋内でどうやって撮影するのか、想像もつかなかったのだ。

建物に入るとスタジオの床はほとんど土と灌木(かんぼく)に覆われ、「戦場」には数十人の男たちがいた。アクション・コーディネーターの諸鍛冶(もろかじ)裕太氏が、撮影の合間に指示を出し、兵士たちはこぶしを振り上げ、蹴りや殺陣(たて)などの動きをスローモーションでリハーサル。するとメガホンを手にした助監督が全員を配置し、「アクション!」と叫ぶ。数秒後には突撃が開始され、叫び声が起こり、死体が転がった。

手袋をつけてキャストに指示を出す諸鍛冶裕太氏。(© ジャンニ・シモーネ)
手袋をつけてキャストに指示を出す諸鍛冶裕太氏(© ジャンニ・シモーネ)

しかし、私が注目したのは目の前で繰り広げられるアクションよりも、むしろ後方の壁だった。そこには、巨大なLEDパネルが設置されていた。何千人もの兵士が戦場に群がっている様子がCG(コンピューターグラフィックス)で描かれ、パネル上に映し出されていた。監督らのカメラ画面にも同じ背景が写っていた。

実物に見える「関ヶ原の戦い」撮影風景(© ジャンニ・シモーネ)
実物に見える「関ヶ原の戦い」撮影風景(© ジャンニ・シモーネ)

今、なぜ家康なのか?

この日の撮影は、今年の『どうする、家康』のクライマックスとも言える1シーン。1年間放映される大河ドラマは、日本のテレビ界で最も壮大で予算がかかるといわれる。今年の制作には、150人ほどがさまざまな形で関わり、主に制作の技術面を担当している。撮影だけでも15カ月、プロジェクトの最初から最後まで全部で2年以上かかる。

壮大な屋内撮影 (© ジャンニ・シモーネ)
壮大な屋内撮影 (© ジャンニ・シモーネ)

今回で62作目となる大河ドラマは、一部、架空の人物が登場する場合もあるが、ほとんど歴史上の人物が中心だ。『どうする、家康』では、17世紀初頭に日本を統一し、2世紀以上の「天下泰平の世」をもたらした徳川家康の生涯が描かれている。

「大河ドラマの約60%は戦国時代かその前後を舞台にしています」とディレクターの加藤拓(たく)氏は説明する。「戦国時代は、日本の歴史の中で最も興味深く、エキサイティングな時代のひとつです。歴史上の有名な3人の武将、織田信長豊臣秀吉、徳川家康が登場します。彼らは、同時代に生き、状況に応じて互いに戦ったり、同盟を結んだりと複雑な関係を築いていました。テレビドラマの素材としては申し分ないのです」

至近距離でも戦闘は本物のようだ(© ジャンニ・シモーネ)
至近距離でも戦闘は本物のようだ(© ジャンニ・シモーネ)

大河ドラマは長い間日本のテレビドラマの最高峰とされ、舞台となる地域や史跡は大勢の観光客を魅了してきたが、近年は視聴率が大幅に低下している。30%超の視聴率は遠い過去の話だ。それでも1990年代前半までは、24〜26%という立派な数字を刻んでいたが、ここ10年間はほとんど15%以下に低迷している。

この状況を打破するため、NHKは最近、人気アイドル(「嵐」の松本潤や元SMAPの草彅剛など)を起用し、視聴者の興味をそそるストーリーを選んできた。また「家康の生涯に注目した理由の一つは、家康が、未来を予測できない危険な時代に生きたということです」と加藤氏は言う。「だからこそ、彼の物語は今、人々の心に響くのだと思います」

「私たちは、経済的に困難な時代に生きており、新型コロナウィルス感染症の大流行からやっと抜け出したところです。この3年間、多くの人々が不安や怒り、孤独を感じてきました。そして今、私たちは、力を集結し、仲間とともに闘い抜かなければ、困難を乗り越えることはできないと、これまで以上に実感しています。言い換えれば、現代を生き抜くことは、単に強さやリーダーシップを発揮するだけではなく、自分たちにとって大切なものを守り、仲間や友を思う、人間本来の優しさが必要になってくるのです。これが家康を現代に通じる人物にしているのです。彼の行動はそうした感情に基づいており、家臣団との信頼関係の上に築かれたものなのです」

新しい技術

何といっても今年の切り札が最先端技術の活用であることは間違いない。加藤氏によれば、これらの技術を使いこなすことが今回最大の難関だったという。「約4000人の『デジタル・エキストラ』が登場します。うまくいけば、背景は前景の撮影シーンと調和し、17世紀の古絵巻に描かれたような見事なイメージを再現できる。これは今までになかったことです。昔は、あれだけの規模の戦隊や人物の動きを再現しようと思ったら、黒澤明監督のようにものすごい数のエキストラを使うしかなかった」

戦闘シーンには、特殊な運動能力を兼ね備えたエキストラが起用された(© ジャンニ・シモーネ)
戦闘シーンには、特殊な運動能力を兼ね備えたエキストラが起用された(© ジャンニ・シモーネ)

「実写で撮影しようとすると、キャストやスタッフ全員を現場に連れて行かなければならない。予測不可能な異常気象など、コントロールできないさまざまな要因もある。コンビニも近くにないし、みんな泥だらけになる。バーチャル・プロダクションの最大の目的は、新しいテクノロジーを駆使して、これまでとは違う制作方法を生み出すことで、スタジオで安全かつ快適に制作ができるという利点もあります」

今回の制作において、技術面の調整は決して一筋縄でいかなかった、と加藤氏は打ち明けた。「最初に試したのは昨年の1月で、撮影開始の半年前だったのですが、その結果に非常に落胆しました。このままうまくいかないのではないかと気をもんだこともありました。幸い、最終的にはすべてがカチッとはまりました。のぼり旗が翻り、何千人もの武士が広大な平原を走り回るシーンにそれがはっきり表れています」

合戦はともかく、戦国時代のもう一つの魅力は、きらびやかな屏風など、安土桃山文化の粋(すい)を集めた日本美術や建築だと加藤氏は言う。「物語後半では、武家屋敷の豪華な内装も壮大なスケールで表現したいと考えています。今までにない方法で戦国の城郭の美しさや豊かさを表現するには、この新しい技術が不可欠なのです。大変楽しみです」

大河ドラマ制作に加藤氏が携わるのは4度目で、ディレクターとしては2度目となる。「今回はエンターテインメント性を重視し、ワクワクして楽しんでもらいたい。もちろん、戦争はどんなことがあっても悲劇ですが、昔の絵巻物に描かれているような武士の衣装も、忍者によるアクションもあり、どんでん返しも頻出します。私たちが撮影を楽しんでいる様子を、観客の皆さんも共有してくれることを願っています。もちろん、歴史的時代背景について何か新しいことを知ってくれればそれもうれしい。最終的には、昔のように、あらゆる年代の人がテレビで見て楽しめるようなドラマを作りたいですね」

原文は英語。

バナー写真=スクリーン上でバーチャルバトルが繰り広げられる中、撮影の準備をするスタッフたち(© ジャンニ・シモーネ)

歴史 テレビドラマ NHK CG 大河ドラマ 徳川家康