ラグビーW杯総括:南アフリカ優勝に見た世界ラグビーの新潮流と日本代表の課題

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南半球勢の強さが目立ったラグビーワールドカップフランス大会は、南アフリカが史上最多4度目の優勝を果たして幕を閉じた。大会を振り返り、解析技術が進んだラグビーの新潮流と、ベスト8進出がかなわなかった日本代表のさらなる進化のための課題を検証する。

南アフリカ4度目の戴冠を支えた分析能力

ラグビーワールドカップ2023は決勝で南アフリカ(南ア)がニュージーランド(NZ)を破り、2019年日本大会に続く2連覇を飾って幕を閉じた。南アは4度目の優勝となり、3度で並んでいたNZを抜き単独最多となった。

優勝した南アが際立っていたのは接戦を勝ち切る強さだ。準々決勝のフランス戦が29-28、準決勝のイングランド戦が16-15、決勝のNZ戦が12-11と、すべて1点差の勝利だった。

また、南アは日本大会に続き、プール戦で1敗を喫し、2位で通過しながらの優勝。それ以前の8大会ではすべて、プール戦から全勝したチームが優勝していたが、南アはプール戦で負けを喫しながら、1戦ごとに修正と成長を重ねて優勝にたどり着いた。

それを支えていたのは世界的な分析の進化だ。他のスポーツでも言えることだが、映像分析はソフト/ハード両面で進化し続けている。ラグビーでは選手のプレー選択、走る方向やボールを動かす方向、プレッシャーを受けた時にミスをする確率まで、さまざまな数値が算出される。

ここ2年間は、選手が左右のスペースに激しく移動を繰り返し、数的優位を作りながら精緻なパスで相手ディフェンスの突破を図るアイルランド、フランスがテストマッチで好成績を収め、開幕時点の世界ランキング1位と2位に君臨。ラグビーワールドカップはこれまで9大会中8度を南半球勢(ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリア)が制してきたが、今回は2003年のイングランド以来となる欧州勢の優勝を期待する声が上がっていた。

実際、今大会のプール戦ではフランスが開幕戦でNZを破り、アイルランドは南アを破り、ウエールズはオーストラリアを、イングランドはアルゼンチンを撃破。4つのプールすべてで欧州勢が1位通過。しかし決勝トーナメントに入ると、アイルランド、フランス、ウェールズは準々決勝で轟沈。4強に進んだのはフィジーに競り勝ったイングランドだけ。負けたら終わりのトーナメントで力を発揮したのは南半球勢だった。

中でも大胆な策を次々と繰り出したのが連覇を狙った南アフリカだ。世界一のフッカーといわれるマルコム・マークスが負傷で戦列を離脱すると、同じポジションの選手ではなく、けがで代表から外れていた前回の得点王、SOハンドレ・ポラードを追加招集。そのポラードは準決勝のイングランド戦で終了直前に約50mのロングPGを成功させるなど大会ではゴールキックを100%成功させ、優勝の立役者になった。

準々決勝、準決勝ではベテランのSHファフ・デクラークやNO8クワッガ・スミスをあえて控えに置きながら後半早々の早い時間に投入。先手を取ってゲームの流れを引き寄せながら、エース格のプレー時間をコントロールし、主力選手の疲労度を抑えながら決勝に臨んだ。

決勝戦、ニュージーランドの攻撃を封じた南アフリカのディフェンスで、クワッガ・スミス(左)のボール奪取はひときわ効果的だった(2023年10月28日、フランス・サンドニ)AFP=時事
決勝戦、ニュージーランドの攻撃を封じた南アフリカのディフェンスで、クワッガ・スミス(左)のボール奪取はひときわ効果的だった(2023年10月28日、フランス・サンドニ)AFP=時事

決勝トーナメントでは勝負のかかった試合の終盤、デクラークとクワッガは相手ボールを奪い、落球させる好タックルを連発。勝利を引き寄せた背景には、ゲームタイムをコントロールしたベンチワークがあった。

大会全体を見渡すと、南米からアルゼンチン、ウルグアイに続きチリがワールドカップ初出場。勝利こそあげられなかったが日本やサモアに食い下がり、今後へ可能性を感じさせた。初出場した2007年以来2度目の出場を果たしたポルトガルも、プール戦で欧州のライバル、ジョージアと引き分け、8強に進んだフィジーを劇的逆転で破るなど躍進。一方で、フィジーに苦杯を喫したオーストラリアが10度目の大会で初となるプール戦敗退となった。

日本代表は決勝トーナメントに進めず

前回大会で初めて決勝トーナメントに進出し、さらに上の成績を目指した日本代表は2勝2敗でプールD3位となり、準々決勝に進出する上位2チームに残れず大会を終えた。

開幕に向け7〜8月に行われたウオームアップ・シリーズの国内5連戦は1勝4敗。W杯直前のイタリア戦にも敗れ、心配されながら大会に入ったが、初戦のチリ戦には42-12で快勝発進。

続く2戦目はイングランドと対戦。前回準優勝の強敵に対し、相手の強みであるスクラムで一歩も下がらず、後半中盤まで互角の戦いを演じたが、後半、不運な形でトライを失ってから流れを失い12-34で大敗してしまう。

それでも3戦目のサモア戦はリーチ・マイケル、ピーター・ラブスカフニ、姫野和樹の第3列トリオがトライを決めるなど28-22で勝利。最終戦のアルゼンチン戦に8強進出をかけて臨んだ。

そのアルゼンチン戦、日本は前半を14-15の1点差で折り返し、後半も先行されながら2度にわたって2点差に追い上げたが、一度もリードを奪えず27-39で敗れた。

課題として指摘されたのは選手層の薄さだ。敗れた2試合は、どちらも60分過ぎまでは互角に戦いながら、相手が交替選手を投入してきたラスト20分に突き放された。先発メンバーでは一歩も下がらなかったスクラムも、選手が交替した終盤は押し込まれ、反則を奪われた。

優勝した南アフリカを筆頭に、頂点を争う上位チームはどこも、プール戦では選手をローテーション起用して肉体的疲労をコントロールしていた。ワールドカップの代表枠は33人だが、日本代表も優勝を目標に掲げる以上、誰が出ても変わらない力を発揮できる選手層の厚さを作る必要があるだろう。

スクラムでは強豪国と互角に渡り合った日本。長年追求するきめ細やかな技術追求の賜物だ(2023年10月8日、フランス・ナント) 時事
スクラムでは強豪国と互角に渡り合った日本。長年追求するきめ細やかな技術追求の賜物だ(2023年10月8日、フランス・ナント) 時事

一方、最大の収穫はスクラムだ。足を置く位置と角度、膝の高さ、FW8人の身体の密着させ方等々、長谷川愼コーチの徹底した反復指導のもと、一枚の板と化した日本のスクラムは、イングランドやサモア、アルゼンチンの重量スクラムのプレッシャーを受けてもまったく揺るがなかった。

以前の日本代表は、素早くボールを動かした時は世界のトップチームにも対抗するものの、スクラムをはじめとする局地戦、パワー勝負ではどうしても後手に回っていた。しかし今回のワールドカップでは、チリ戦で3本、サモア戦では2本、アルゼンチン戦では1本のトライがスクラムを起点に生まれた。イングランド戦はノートライで敗れたが、スクラムでは後半20分過ぎまで互角に応戦。FW戦で圧倒することを前提に考えていたイングランドのもくろみを崩すことに成功した。

もうひとつの好材料はSO松田力也のプレースキックだ。ワールドカップ前は不調に苦しんでいたが、ワールドカップ本番では合計20回蹴って19回成功、成功率95%という驚異的な数字を残した。

しかも4試合中サモア戦を除く3試合は100%。正確なキックで日本代表躍進のシンボルとなった2015年の五郎丸歩は77%、2019年の田村優は71%、2人ともワールドカップでは全キックを成功させたことはなかった。

松田は昨季のリーグワンでベストキッカー賞を受賞している(53/62 成功率85.3%)。リーグワンのベストキッカーがワールドカップという大舞台でプレッシャーの中で結果を出したことは、4年後のワールドカップを目指す松田本人にとってはもちろん、後を追う日本のキッカーたちにも「リーグワンで結果を出せば世界でも通用する」と励みになるはずだ。

95%という高い成功率を記録した松田のプレースキック。世界トップクラスの武器と言える(2023年9月17日、フランス・ニース) 時事
95%という高い成功率を記録した松田のプレースキック。世界トップクラスの武器と言える(2023年9月17日、フランス・ニース) 時事

頂点への道筋と課題

強豪を相手に勝負を争うところまで行った日本代表だったが、イングランドとアルゼンチンに勝ち切れなかったのは事実。優勝を争うトップチームは、数少ないチャンスにきっちりとトライを取るのに対し、日本はいい形を作ってもトライを取り切れない。イングランド戦では3度、相手ゴール前に攻め込みながらトライなし。アルゼンチン戦では9度の好機を作りながらトライは3。ボーナス勝点を得られる4トライをあげたのは初戦のチリ戦だけだった。

世界ラグビーは急速に進化している。以前はワールドカップの4年を周期にして新しい戦術が生まれていたが、近年は毎年のように新たなプレー、フォーメーションが生まれ、それもたちまち研究されてしまう。ソフトとハード両面で分析技術が進化し続け、昨日は最先端だった戦術が、明日には研究され尽くされ、対策が練られてしまっている。

頂点を争う戦いは、周到な準備に加えて、偶発的に生まれたチャンスをモノにする瞬時の判断力、それをチームメートと共有するコミュニケーション力、それを着実に実行して取り切る遂行力、それを支えるメンタルとフィジカルのタフネス。どれが欠けても勝利できない。それでも、かつては麓(ふもと)から遠く眺めるだけだった頂点の戦いが間近に見えるところまで日本代表が上ってきたことは、このワールドカップで証明された。

4年後、選手層を厚くし、経験を積んだ日本代表たちが、今度こそ、世界の頂点を目指す戦いに挑むはずだ。その時、頂点までの距離と道筋は、今回よりもずっとはっきりと見えているに違いない。

バナー写真:日本代表の主将を務めた姫野和樹のアルゼンチン戦での突進。大会前は「優勝」を目標に掲げたが、ベスト8入りはかなわなかった(2023年10月8日、フランス・ナント) 時事

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