意外と知らない「正しい爪の切り方」&「爪切りの選び方」:インドでは“KAI TSUMEKIRI”が販売好調

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切れ味抜群な上にお手頃価格の日本製爪切りは、訪日観光客の土産物として人気。国内トップシェアを誇る「貝印」では、インドで現地生産する製品も売り上げを伸ばしているという。爪切りに精通した同社の「マイスター」に、正しい使用方法や選び方、製品に込めた思いなどを聞いた。

日本人は無頓着なのに、海外で評判高い日本製爪切り

「みなさん、正しい爪切りの使い方を知っていますか?」

刃物メーカー・貝印が子ども向けに開催した講座で、冒頭の投げかけを聞いてドキリとした。人生で何百回も爪を切っているが、その方法が正しいかどうかなど考えたこともなかったからだ。

子ども向け特別授業「つめとつめ切りのお話」の一幕。講師は貝印のツメキリアドバイザー・山田規光久さん
子ども向け特別授業「つめとつめ切りのお話」の一幕。講師は貝印のツメキリアドバイザー・山田規光久さん

周りの人に聞いても、「伸びたら切るだけ」「もらった爪切りを10年以上使っていて、メーカーすら知らない」など、あまり気を使っていないようだ。さらに、家族で爪切りを共用しているケースも珍しくない。

爪切りは100円ショップでも売っているし、コンビニでは500円程度で手に入る。国内トップシェアを誇る貝印を代表するブランド「関孫六」シリーズでも、1000~2000円台が主力だ。髪の毛のケアには毎月数千円かける人でも、安い爪切りを10年以上使うなど、こだわりのない場合が多いのは不思議である。

それに比して海外では、日本製爪切りの評判が年々高まっている。特にインドやイスラム圏など手食文化を持つ国で人気があり、土産物としても値段が手頃なため、大量に購入して帰るインバウンドも増えているという。

コンビニや量販店でよく見かけるタイプの貝印製品も500円弱から
コンビニや量販店でよく見かけるタイプの貝印製品も500円弱から

人気シリーズ「関孫六」の爪切りは高級感が漂う
人気シリーズ「関孫六」の爪切りは高級感が漂う

正しい爪の知識なくして、自分に合う爪切りは選べない

爪切りのマイスター資格を持つ浅見さん
爪切りのマイスター資格を持つ浅見さん 写真:貝印提供

この機会に正しい爪の切り方や爪切り選びを学びたいと、改めて貝印の東京本社(千代田区岩本町)を訪ねた。対応してくれたのは、ツメキリアドバイザーの浅見芽生子さん。貝印では自社が取り扱う包丁や爪切り、ハサミなどの製品について、幅広い専門知識を身に付けた社員を「マイスター」に認定している。現在、爪切りの分野で最上位のマイスター資格を持つのは、授業に登壇していた山田規光久さんと浅見さんの2人だけという狭き門だ。

浅見さんは「正しい爪の知識を知らなければ、自分に合った爪切りを選ぶことは難しい。でも、爪の切り方は、学校の授業などで取り上げられるものではないので、それを普及させることが貝印にとって課題だった」と話す。ツメキリアドバイザーは貝印創業の地・岐阜県関市を中心に、主に小学生を対象にした「爪切り授業」を開催するほか、全国各地のイベントやセミナーなどにも参加し、“正しい爪の切り方”の普及に努めている。

ツメキリや包丁、カミソリなどがズラリと並ぶ東京本社のショールーム
ツメキリや包丁、カミソリなどがズラリと並ぶ東京本社のショールーム

爪先の理想は0.5ミリから1ミリ

爪の理想的な長さは、指の先端と爪先がそろう状態。個人差はあるが、爪先端の白い部分が、およそ0.5ミリから1ミリ程度が最適だという。

爪は主にタンパク質でできており、水分を12~16パーセント含んでいるので、伸び過ぎると先端が乾燥して割れやすくなってしまう。爪先が1ミリ以下なら問題ないが、2ミリになると細菌が63万個、3ミリで340万個まで増加するというデータもあるようだ。爪が割れていたり、断面が凸凹していたりすれば、さらに細菌が増殖する余地が広がる。

1日に手の爪は0.1ミリ、足の爪は0.05ミリ程度伸びるという。手は5日から1週間、足は10日から2週間おきに切るのが理想。広範囲を一気に切ると負荷が大きいので、狭い範囲を細かく切っていく。刃が爪の縦・横のアーチに直角に当たるように注意し、中央部分から少しずつ切る。次にその左右外側、最後に両端と最低5回に分け、角を丸くした四角形「スクエアオフ」にするのが基本だ。

正しい爪の切り方

爪のトラブルは、切り方と切れ味で対策

巻き爪には、両端を残す「スクエアカット」がおすすめ。爪の横のアーチは、爪が巻く力と、指先が押し上げる力のバランスによってつくられており、巻き込む力が強過ぎたり、指側の広げる力が弱かったりする人は巻き爪になってしまう。

さらに、きつい靴で足先に圧力がかかるケースや、かかと加重の歩き方で指先をあまり使わなかったり、運動不足だったりすると発生しやすい。両端を切りすぎずに残すことで、巻き込む力を分散し、下からの広げる力も受けやすくことで、巻き爪を改善することができる。

巻き爪の原因と対処法

そして重要なのが、切れ味だ。爪は3層構造になっているため、切れ味が悪いと断面は凸凹し、割れ爪や二枚爪の一因となる。切れ味の良い爪切りをしっかりと直角に当てて使った後、断面をやすりで整えるのが、健康な爪を保つポイントである。

個人差があるため、爪の切り方に絶対的な正解はないが、浅見さんは「毎日伸びるものなので、健康に保つ方法を知り、実践することが、“自分を大切にすること”につながる」と述べる。爪切りは本来、親が愛しみながら子どもの爪を切り、それを見て学んだ子がさらに次世代に伝えていくもの。ぜひ、できるだけ正しい知識を引き継ぎたいものだ。浅見さんは「3世代、4世代と続く流れを、より良くするお手伝いを私たちができたら」と、今後を見据える。

貝印の爪切りは、切れ味を左右する調整を職人が手作業でしている 写真提供:貝印
貝印の爪切りは、切れ味を左右する調整を職人が手作業でしている 写真提供:貝印

爪切り授業には、親子で参加する姿も多かった
爪切り授業には、親子で参加する姿も多かった

数種類の爪切りを使い分けるのがおすすめ

切り方の基本が分かったら、次は自分に合った爪切り選びが重要。まず、大きく分けてテコ型とニッパー型、ハサミ型がある。

日本で一般的なのがテコ型で、刃先が形を整えやすい「カーブ刃」のものが多い。欧米でメジャーなニッパー型は、少ない力で硬いものが切れるので、厚い足の爪に向く。細かい作業がしやすいハサミ型は、爪が小さい乳児用に加え、爪が割れやすい人などが重宝する。

貝印製品はテコ型がメインだが、ニッパー型も多数ラインナップ。高齢者にはルーペ付きも人気
貝印製品はテコ型がメインだが、ニッパー型も多数ラインナップ。高齢者にはルーペ付きも人気

同じテコ型でも、サイズの違いを意識したい。成人男性なら手はMサイズ、爪が大きく厚い足はLと使い分けるのがベター。体格・爪の大きさが違う家族が、1つの爪切りを共用するのはあまり望ましくない。

また幅広の足の爪には、カーブ刃よりも「直線刃」や、挟む部分が見やすい「直線斜め刃」が便利。巻き爪の人は、カーブ状に出っ張った「凸刃」で中央部を切った後に、左右を整えてスクエアカットに。他には、爪の小さい子どもや女性向けに刃の縦側もカーブする「アーチ型」、高齢者にはルーペ付きが好評だ。

ちなみに浅見さんは「4種類を使い分けている」そうだ。出番の少ないものもあるというが、超高額なわけではないので、そのくらいそろえておくのも手だろう。

巻き爪用に便利な製品。左から凸刃、直線斜め刃、凸刃のニッパー型
巻き爪用に便利な製品。左から凸刃、直線斜め刃、凸刃のニッパー型

年間約20万個を売り上げる「KAI TSUMEKIRI」

用途に合ったものという点では、インドで販売する「KAI TSUMEKIRI」を紹介したい。貝印は2012年にインド法人を設立し、16年から包丁やカミソリ、爪切りを製造している。

インドではフォークやスプーンなどを使わない「手食文化」が残るので、爪の裏に残る汚れを取り除くためのピックを付けた。さらに、「爪が飛び散るのは縁起が悪い」とされているため、日本ではおなじみの切った爪がたまるケースを導入。199インドルピー(400円弱)と手ごろな価格に抑えたことで、2023年には約20万個を販売した。

爪やすりの先にピックが付いたKAI TSUMEKIRI
爪やすりの先にピックが付いたKAI TSUMEKIRI

パッケージには「TSUMEKIRI」の文字が大きく印刷してある
パッケージには「TSUMEKIRI」の文字が大きく印刷してある

刃物づくりに妥協は許されない

サイズや機能、海外のニーズに合わせ、貝印は約400種類以上の爪切りを展開する。単価は低く薄利のものになぜ、そこまで力を注ぐのか―。その理由の一つとして、浅見さんは「貝印創業の地・関市に流れる刀匠、野鍛冶の精神」を挙げる。

関市は約800年の歴史を持つ「刃物の町」。南北朝時代(1337-1392)には「美濃伝」と呼ばれる日本刀の製造技術を確立し、和泉守兼定や「関の孫六」と呼ばれた孫六兼元といった名刀匠も輩出した。天下泰平の江戸時代、庶民を相手に包丁やカミソリ、農具などの日用品を生産する「野鍛冶」に転身するものが増え、刃物全般を扱う町へと変化。現在も、刃物製造に関わる事業所が大小約300もある。

関市にある貝印の小屋名工場
関市にある貝印の小屋名工場

古来、日本刀は神社に奉納される神聖なもの。人の命を奪うこともあれば、切腹にも使われた。包丁も、生き物や植物の命を頂く際に使うもので、刀匠や野鍛冶の世界に手抜きはありえなかった。浅見さんは「そうした精神が今も引き継がれているので、爪切りづくりにも妥協は許されない」と説明する。

その言葉を聞いて、「これからは切れ味の良い爪切りを正しく使おう」と気持ちを新たにした。

関鍛冶伝承館での古式日本刀鍛錬の実演。神聖な儀式として、刀匠は白装束と烏帽子姿をまとった
関鍛冶伝承館での古式日本刀鍛錬の実演。神聖な儀式として、刀匠は白装束と烏帽子をまとった

撮影:土師野 幸徳(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真:正しい爪の切り方を指導するツメキリアドバイザー

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