球界の新盟主・ソフトバンクが挑む育成改革:データサイエンティストと元首位打者が開発した検定システムとは

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昨季、「貯金42」という圧倒的戦績でパ・リーグ覇者となった福岡ソフトバンクホークス。直近10年のレギュラーシーズンの勝率はダントツで、今やホークスこそが「球界の盟主」と呼ぶにふさわしい。その組織づくりの根幹をなすのは育成改革だ。2023年に日本球界唯一の4軍制を採り入れ、昨季はファームに先端技術を組み合わせた最大16階級の検定制度を導入した。その後1年にして成功例が出始めている。(敬称略)

2000年代最強球団の強さの源泉

日本球界で最強の球団はどこか。その答えはデータが明確に示している。

直近20年間(2005~24年)のレギュラーシーズンの通算勝率で、12球団中トップの「.570」をマークしたのは福岡ソフトバンクホークスだ。直近10年間(15~24年)でもトップの「.587」。2位の広島東洋カープ(.531)を5分以上も引き離す、ダントツの数値を誇る。

日本では読売ジャイアンツが長らく“球界の盟主”と見なされてきたが、こと近年の「強さ」という意味において球界の覇権を握っているのはソフトバンクなのだ。

プロ野球12球団の勝率(2024年まで)

20年間
1 ソフトバンク .570
2 巨人 .542
3 阪神 .527
4 日本ハム .511
5 西武 .507
6 中日 .496
7 ロッテ .495
8 広島 .493
9 オリックス .473
10 ヤクルト .471
11 楽天 .468
12 DeNA※ .448
10年間
1 ソフトバンク .587
2 広島 .531
3 巨人 .522
4 阪神 .521
5 西武 .498
6 DeNA .4916
7 日本ハム .4915
8 ロッテ .488
9 楽天 .480
10 オリックス .477
11 ヤクルト .465
12 中日 .448

※チーム名は略称。DeNAはTBS時代(〜11年)を含む
書籍『ホークスメソッド 勝ち続けるチームのつくり方』掲載データよりnippon.com作成

筆者はその強さの源泉を探るべく球団関係者への取材を重ね、書籍『ホークスメソッド 勝ち続けるチームのつくり方』を出版した。同書では球界唯一の4軍制や、かつて監督を務めた現会長・王貞治の思想である“王イズム”の継承など、ソフトバンクを強者たらしめているさまざまな要因について触れた。その中で印象に強く残ったのがデータ活用への野心的な姿勢だった。

“野球DX”とも呼ぶべき取り組みにおいて中核的な役割を果たしているのが、20年に立ち上がった「R&D(リサーチ&ディベロップメント)グループ」というセクションだ。科学的知見を用いた選手のパフォーマンス向上をミッションとし、急速に球団内で影響力を高めている。

主に、体の構造や機能を力学的に解析し、その結果を応用するバイオメカニクス(生体力学)の領域で先駆的な取り組みを進めている。専門人材を配置し、最新鋭の技術導入に惜しみなく投資。球団関係者は「野球のバイオメカニクスに関してはソフトバンクが日本で一番の存在」と胸を張る。

独創的な検定制度

R&Dグループが編み出した独創的な施策の1つに「検定」制度がある。投手検定(1~10級)と打撃検定(1~16級)があり、段階的に技術を問う試験に合格すると昇級する仕組みだ。主に、育成段階にあるファームの選手たちが受検する。

昨年秋、発案者に話を聞いた。R&Dグループのチーフを務めるデータサイエンティスト、城所収二(きどころ・しゅうじ)である。

野球の能力向上に検定を用いる発想はどこから生まれたのか。城所は言う。

「試合では複雑で難しいスキルが問われるのに、練習となると基礎的なものがほとんどになることに違和感がありました。試合と練習の間をつなぐようなもの、試合に必要なスキルレベルが問われるような練習は何だろうと考えた結果、検定に行き着いたんです。段階的に難しくなっていく課題を1級ずつクリアしていくことで選手のモチベーション向上にもつながるのではないか、と」

検定制度の設計に携わったのは、国立スポーツ科学センター(JISS)での勤務経歴を持つ城所収二(右)と、現役時代にソフトバンクの主軸として活躍した長谷川勇也 ©福岡ソフトバンクホークス
検定制度の設計に携わったのは、国立スポーツ科学センター(JISS)での勤務経歴を持つ城所収二(右)と、現役時代にソフトバンクの主軸として活躍した長谷川勇也 ©福岡ソフトバンクホークス

検定の設計に関わったキーパーソンがもう1人いる。ソフトバンクの外野手として活躍し、2013年には首位打者と最多安打のタイトルを獲得した長谷川勇也だ。21年シーズン限りで現役を引退して打撃コーチに就任したが、24年に志願してR&Dグループの一員となった。

転身の理由について、長谷川はこう話す。

「コーチをやってみて、ある程度のところまで選手を引き上げることはできるな、という感覚はありました。でも、僕が関わる選手だけじゃなくて、全体に対してもっと影響力を持っていきたい。そのために、新しい知識を身につけていかないと」

注目すべきは、「全体に対してもっと影響力を持っていきたい」という発言だ。個別の選手の能力を引き上げるのではなく、チーム全体のレベルを一気に底上げする―つまり、指導法を標準化して“メソッド”に昇華させようと長谷川は考えているのだ。

バッティングをとことん突き詰め、現役時代に“打撃職人”の異名を取った長谷川は、確信を込めた口調で言う。

「少なくとも『1軍の舞台に立てる選手』になるところまでは体系化できると思っています。打撃の基本は2軍、3軍、4軍だろうが変わりはありません。ゆくゆくは、そういうものを打撃メソッドとしてまとめ上げたい。そんな野望を持っています」

24年に長谷川がR&Dグループに加わった時、既に検定の素案はできていた。城所から提示された内容に、長谷川は一も二もなく賛同したという。1軍レベルの打者になるために必要な力を培うのにぴったりだ、と感じたのだ。

試合よりも難しい検定の内容

長谷川の意見も取り入れて設計された打撃検定は、2024年の春季キャンプから運用が始まった。

その打撃検定とは具体的にはどんなものなのか、詳細を紹介しよう。

検定に臨む打者が対峙(たいじ)するのは、室内練習場に設置された「iPitch(アイピッチ)」という高性能ピッチングマシンだ。データをインプットして実在の投手の投球を再現できる優れもので、日本球界ではソフトバンクが初めて導入した。

実戦さながらの球を投じるアイピッチ。打球の判定はアナリストが視認で行う ©福岡ソフトバンクホークス
実戦さながらの球を投じるアイピッチ。打球の判定はアナリストが視認で行う ©福岡ソフトバンクホークス

初級はストレート限定(級が上がるごとに球速が増す)。打球の7割以上をフェアゾーンに打ち返すことや、一定以上の打球速度を出すことなどが昇級条件となる。

中級ではストレートに1種類の変化球が加わる。「ストレートとスライダーの交互」「ストレートとチェンジアップのミックス(交互とは限らない)」といった具合だ。

上級になると、さらに球種が増える。最難関の16級をクリアするには、1軍主力投手級に設定されたアイピッチを相手に、どの球種を投げて来るか分からない状態で10打数3安打の結果を残す必要がある。

選手は希望のタイミングで受検可能。良い結果を残せば2軍戦で優先的な起用につながるなど、評価の重要な材料になる。選手にとっては、自身がステップアップしていく過程を「級」として明確に認識できるメリットがあるほか、フロントに対しての貴重なアピールの機会にもなる。

長谷川が「試合よりも難しいくらい」と話すように難易度はかなり高く、実施1年目に全16級のクリアを成し遂げたのは2人だけだった。

その1人で、打撃検定の有効性を証明するモデルケースになったのが捕手の石塚綜一郎だ。育成選手として5年目を迎えた24年は選手として生き残れるかどうかの崖っぷちのシーズンだったが、検定に積極的に挑戦しながら打撃スキルを着実に向上させ、念願の支配下契約を勝ち取った。そればかりか1軍で出場機会をつかみ、初本塁打も記録している。

長谷川いわく、「石塚は4年間ずっと3軍を主戦場にしてきたので、それなりのスイングになっていた」。ところがアイピッチを使った打撃検定で“仮想1軍”の球と格闘するうちにスイングは鋭さを増した。脱皮を果たした石塚自身、確かな手応えを口にする。

「もしアイピッチの検定がなかったら、急激な成長はなかったと思いますし、これまでと同じように3軍を主戦場にしていたはずです。支配下選手にもなれていなかったかな」

検定の効果で成長を遂げた福岡ソフトバンクホークスの石塚綜一郎。今季も1軍で活躍している=2025年4月19日、ベルーナドーム(共同)
検定の効果で成長を遂げた福岡ソフトバンクホークスの石塚綜一郎。今季も1軍で活躍している=2025年4月19日、ベルーナドーム(共同)

メソッド確立への課題

検定の発案者である城所は、石塚が1軍へと巣立ったことを喜ぶ一方、「課題も少なくない」と話す。

「石塚選手の1軍での最終成績が打率2割を下回ったことで、いろいろと考えさせられました。検定を受けなくなっても技術やコンディションをキープするにはどうしたらいいか、という所までは練られていませんでした。また、打撃検定に合格したもう1人の選手は、試合での実践に課題があります。検定だけで1軍で活躍できるレベルになるのが理想で、今後もアップデートが必要です」

投手向けの検定ではコース別の投げ分けの精度などが問われるが、「球数に制限があるため積み上げが難しい。打撃検定以上に課題は多い」と城所は言う。

試行錯誤を重ねて続く挑戦

検定という斬新な取り組みは、大きな可能性を秘めつつ実施2年目に入った。試行錯誤を重ねながら、1軍レベルの打者を育てるメソッドづくりへの挑戦は続いている。

昨季は91勝49敗3分の圧倒的戦績でパ・リーグを制したソフトバンクだが、今季はけが人が続出するなどして厳しい船出となった。

見方を変えれば、今はファームの選手にとっては1軍への足がかりをつかむ大きなチャンス。検定で力を伸ばした“若鷹”が救世主となるかもしれない。

バナー写真:2024年パ・リーグ優勝セレモニーで記念撮影する福岡ソフトバンクホークスの選手ら。前列右から4人目が監督の小久保裕紀、同右から3人目は会長の王貞治=9月25日、みずほPayPayドーム福岡(時事)

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