男子短距離・桐生祥秀─苦難のトンネル抜けた8年ぶりの9秒台 【東京2025世界陸上 注目の日本選手】
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復活の手応えをつかんで
長いトンネルを抜けたような瞬間だった。表示された記録は「9秒99」。8月3日、山梨県で行われた富士北麓ワールドトライアルの男子100メートル。2017年に日本人として初めて10秒の壁を破る9秒98をマークした桐生にとって、8年ぶりの9秒台は復活を証明するのに十分なタイムだった。
16年リオデジャネイロ五輪でこの種目の代表となり、4×100メートルリレーでも銀メダル獲得に貢献した。しかし、21年東京五輪、24年パリ五輪とも個人種目では出場権を得られず、リレーメンバーには選ばれたが表彰台に立てなかった。ここ数年、桐生の存在感は薄れつつあった。
日本の男子100メートルでは、トップ選手の激しいライバル争いが繰り広げられてきた。若手選手が次々と台頭し、最近も16歳の清水空跳(そらと、石川・星稜高2年)が7月の全国高校総体で桐生の持つ高校記録を更新し、かつ18歳未満の世界記録を塗り替える10秒00をマークしたばかりだ。
桐生は自分自身の問題も抱えていた。国指定の難病である「潰瘍性大腸炎」だ。東京五輪の翌年、大学2年生の頃からこの病気を患っていることを公表し、約3カ月間の休養を余儀なくされた。医師からはストレスが一番の原因だと言われたという。重圧が絶えずのしかかり、精神面だけでなく、身体にも影響を与えていたのだ。
厚底スパイクで記録も向上
そんな苦難の時期を経て、7月の日本選手権では100メートルの王座を5年ぶりに奪い返した。昨秋からは世界で主流となっている厚底スパイクを使い始め、これに対応できてきたことも記録が伸びた要因だ。レース後、人目をはばからず泣いた桐生は「陸上を中学校からやっていて10何年、初めて喜んで涙を流せた」と打ち明けた。
日本選手権の優勝、富士北麓での9秒台と手応えのあるレースが続いた桐生は、改めての自分の陸上人生をこう振り返った。
「1年1年は濃かったと思いますね。こういう練習をしなければならないとか、こういう練習は変えていこうとか、っていうのが8年間あった。もし僕が引退するとなったら、タイムが出なかったこの8年間は、自分自身の財産として、絶対に必要になってくると思います」
12月に30歳になる。紆余(うよ)曲折を経て充実期を迎えたトップランナー、桐生が世界陸上でどんな走りを見せてくれるのか、楽しみだ。
選手data
- 生年月日:1995年12月15日
- 出身地:滋賀県
- 主な成績:
2024年 パリ五輪 4×100リレー5位
2019年 ドーハ世界陸上 4×100リレー銅メダル
2017年 ロンドン世界陸上 4×100リレー銅メダル
2016年 リオデジャネイロ五輪 4×100リレー銀メダル
バナー写真:陸上日本選手権男子100メートル決勝で、力走する桐生祥秀=2025年7月5日、東京・国立競技場(代表撮影、時事)