「おじさんトレカ」騒動記…福岡県の小さな町の地域再生策の結末とは
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「普通のおじさん」がトレカのキャラに
福岡県北東部に位置する香春町(かわらまち)に「採銅所(さいどうしょ)」という名の地区がある。かつて銅の採掘で栄えたことが地名の由来で、奈良・東大寺の大仏にも当地の銅が使われたといわれている。
そんな町にメディアが次々と訪れるようになったのは、地元の「おじさん」をモチーフにしたトレーディングカード「おじさんトレカ」が子どもたちの間で大流行している、として2024年の暮れにローカル局のテレビ番組が取り上げたのがきっかけだ。
「おじさんトレカ」は、正式には「サイdo男(サイドメン)カード」という。その人の得意分野に合わせて、電気工事のベテランには「プラズマコンダクター」、スクールバスの運転手には「インビテーション・シャドー」、メンマ作りの達人には「スパイシーストロングメンマン」など、ユニークなキャラクター名が付けられ、顔写真、技の名前や強さを示す数値、簡単な個性などがカードに記載されている。

「サイdo男(サイドメン)」に、スパイシーストロングメンマンとして登場する奥田さん(右)。地元名産のメンマを作っている
カードの発案者は、採銅所地区の課題解決のために活動する「採銅所地域コミュニティ協議会」で事務局長を務める宮原絵理さんだ。同地区の出身でプロのバイオリニストとしての経歴を持つ。地元で子育てをしつつ地域活動に関わる中で、ボランティアとして活躍する普通の「おじさん」たちの姿に目を奪われるようになった。
例えば、協議会の拠点「コミュニティセンター採do所」に監視カメラを取り付けてくれたのは、過去に電気機器関係の仕事をしていた男性だ。タケノコを名産のメンマに加工する事業にも、耕作放棄地をシェア農園として有効活用する事業にも、地域の男性たちが協力してくれた。その全てがボランティアだった。宮原さんは言う。
「ボランティアって、大変な割に日の目を見るわけでもないし、すごく苦しいこともあると思う。それでもやってくださる皆さんの働きをもっと知ってもらいたい、と思うようになりました」
そして宮原さんは協議会メンバーに、こう提案した。「ボランティアの皆さんをヒーローとして売り出したい!」
祭りで売り出し、即完売
カードを作るにあたり宮原さんが意識したのは、子どもたちに起きている「地元離れ」だった。町内の学校再編で、採銅所地区では2021年3月末で小学校が閉校。子どもたちはスクールバスで町の中心部にある学校に通うようになった。宮原さんは「通学路を歩く子どもたちと見守る大人たちの接点がなくなってしまった。地元のおじさんは、子どもたちにとっては知らない人になり、あいさつもしなくなりました」と語る。
トレカを作れば、立派な「おじさん」が身近にいることを子どもたちに知ってもらえるのではないか、と宮原さんは考えた。
発想を形にするために白羽の矢を立てたのが、実務能力にたける西宇洋恵(にしう・ひろえ)さんだった。協議会の仕事を手伝うようになっていた西宇さんに、宮原さんは「今度の祭りで売ろうと思うんだけど……」とトレカの試作品を見せた。祭りまで1週間ほどしかないタイミングでのことだった。

「おじさんトレカ」発案者の宮原絵理さん(左)と、アイデアの具現化に貢献した西宇洋恵さん
西宇さんは当時の困惑を、苦笑交じりにこう振り返る。
「とにかくダサかったんですよ。しかも、ただのコピー用紙の片面に印刷しただけでペラペラ。それを『どうにかしてよ』って言うんです」
西宇さんは知人に掛け合い、大急ぎでデザインを修正。印刷後、手作業でラミネート加工し、なんとか祭りに間に合わせた。
2023年11月の祭り当日。カードは3枚100円で販売された。すると子どもたちが次々と買い求め、用意した100セットが1時間ほどで完売。子どもたちはカードを手に、自由に戦わせて遊んでいた。
子どもたちに楽しんでもらうにはゲーム性があった方がいいと考え、カードに「HP(ヒットポイント=体力)」と「MP(マジックポイント=技を使うためのエネルギー)」の数値を記載。ルールを定め、バトル用のフィールドも作成した。キャラクターの種類も増やし、その後もコミュニティセンターで販売を続けたところ、地域の子どもたちが買いに来て、バトルで盛り上がる姿が見られるようになった。

「サイdo男カード」で遊ぶ子どもたち 写真提供=採銅所地域コミュニティ協議会
「サイdo男カード」は、宮原さんの狙い通り、薄れつつあった世代間のつながりを再構築する一助となった。子どもたちは地域社会を支える、頼りがいのある「おじさんたち」の存在をカードで身近に知り、「インビテーション・シャドーさんがスクールバスを運転してくれるんだよ」「メンマンがタケノコ掘りに来てくれたよ」などと話題にすることが増えた。
「おじさん」の側にも変化があった。トレカに「ウッドアクティブメーカー」として取り上げられた本田光男さんは大手農機具メーカーの元社員で、木工制作の達人。「サイdo男」の中でも最高齢だが、「子どもたちとのかかわりが増え、得意な木工作品をプレゼントすると喜んでもらえた」とうれしそうに話す。また「自分も『サイdo男』になりたいから」と、地域のボランティア活動に積極的に参加するようになった人もいるという。
こうした取り組みがメディアに取り上げられたことで、協議会への地域住民の理解も深まった。西宇さんが言う。
「協議会のような地域運営組織は、仲良しだけが集まって活動しているように見られがち。でも、テレビなどで紹介され、少しでも実態を知ってもらえたのかな」

カードで遊ぶ時に使用する「フィールド」。基本ルールは一般的なトレカと同じ
うれしい悲鳴が一転、販売中止に
「サイdo男カード」は町に明るい話題をもたらし、住民同士のつながりを強めるきっかけとなったわけだが、事態は思わぬ方向に転がり始める。
「局地的に子どもたちの間で大流行している謎のカードゲーム」として2024年12月に地元テレビ局のバラエティー番組が取り上げ、それをきっかけに複数の媒体から取材が相次いだのだ。
当初は依頼に応じて取材を受けていたが、徐々に雲行きが怪しくなった。西宇さんは首をかしげる。
「一部の子どもたちが遊んでいる程度なのに『大流行』と紹介されて、後追いの報道もほとんどが同じ。『おじさんトレカ』という面白さばかりがフォーカスされ、カードに込めた私たちの思いには触れられないままに、表面的な情報だけが広まっていきました」
切り取られた情報はSNSなどで広がり、一部は英訳されて、海外にまで知れ渡った。協議会にはカードを買いたいと海外から問い合わせが入るようになり、はるばる採銅所まで買いに来る外国人まで現れた。報道が過熱すると、発行枚数が少ない「キラ」のカードにはフリマサイトで1枚4000円近い値が付き、売買が成立していた。
もはや看過できない状況だった。宮原さんが残念そうに話す。
「協議会でしか売らず、枚数も限られているので、プレミアムが付いてしまった。カードの写真が載った新聞記事の切り抜きまで転売サイトに出品されるようになりました。そうした事態を受けて協議した末に、今年6月にカードの販売休止を決めました。有効な転売対策を見いだせない限り、販売を再開することはありません」
地域の絆を再構築するための努力が、一部の利己的な転売行為で中断を余儀なくされた。また、メディアによる「おじさんトレカが人気」というインパクト重視の報道姿勢や地域社会の取り組みの価値に対する理解のなさが、結果的に「おじさんトレカ」を頓挫させてしまったといえる。
それでも採銅所地区の活動には、持続可能性という課題を抱えるほかの地域が学ぶべきヒントがあるだろう。

宮原さんたちの活動拠点「コミュニティセンター採do所」。閉校した小学校を活用している
同地区の人口は約1700人。65歳以上の人口は50%を占める。「そのうち、ここの人口は半分になる」と宮原さんは危機感を口にする。
人の数が減るだけでなく、世代間のつながりも薄れつつあった中で生まれたのが、地元で頼りになる立派な「おじさん」をヒーローに仕立て上げるという斬新な発想だった。そんな取り組みが大きなうねりを生んだのは、宮原さんのような存在が地域づくりの活動に関わっていたからこそだ。
宮原さんは言う。
「(子どもと大人の)中間層として私たちのような子育て世代が地域づくりに関わることが大事なんだと思います。それと、やっぱり楽しくないと人は来ない。私たちはもちろん真剣にやっていますけど、『協議会の活動って楽しそうだな』と思ってもらえるように心がけています」
地域を持続可能なものにする打開策を編み出すには、世代の壁を越えて一人でも多くの住民が議論に参加することが重要なのだ。多様な世代の積極的な関与があってこそ、地域の未来を切り開くアイデアが生まれるに違いない。
「サイdo男カード」の施策は足踏みを余儀なくされたが、次なる「切り札」を見出すべく、宮原さんたちは知恵を絞り続ける。
撮影=日比野恭三 ※提供写真を除く
バナー写真:香春町でボランティアとして活動する人々がモチーフの「サイdo男カード」