「東アジアのハブ宇宙港」へ 小型衛星発射需要を狙う北海道大樹町の取り組み

科学 地域

台湾の宇宙開発企業が2025年7月、北海道・十勝地方の大樹(たいき)町でロケットの試験打ち上げを実施した。海外資本によるロケット発射は国内初で、海外からの需要に期待がかかる。宇宙の商業利用が世界的に進む中、「東アジアのハブ宇宙港」を目指す同町の取り組みを追った。

地の利を生かして

「宇宙港(スペースポート)」とは、宇宙船やロケットの打ち上げを高頻度に行える地上施設のことだ。「世界初の宇宙港」とされるのは、米ニューメキシコ州の「スペースポート・アメリカ」で、2011年に開設された。近年は小型の高機能衛星と、これを打ち上げる小型ロケットの開発が活発になっており、米国のみならず世界中で民間宇宙港の計画が進んでいる。米調査会社BryceTechによれば、アジア太平洋地域だけでも計画中を含め30以上の発射場、宇宙港があるという。

米航空宇宙局(NASA)によると、23年に世界で打ち上げられた衛星約3000機のうち、7割近くが質量600キロ以下の小型衛星だった。特に「衛星コンステレーション」と呼ばれる数十機から数千機の衛星を一体的に運用するシステムが台頭し、小型衛星打ち上げ需要は今後、指数関数的に増加すると予想されている。

だが、世界の小型ロケット打ち上げ市場から選ばれる宇宙港になるには、需要の多い軌道上に衛星を投入できる地理的条件と、エンドユーザーである衛星を運営する事業者側の要望に合わせて高頻度の発射を可能にする効率的運営、打ち上げに関するインフラなどの整備の3つが必要だ。

太陽同期軌道と静止軌道

小型衛星が投入されるのは、「太陽同期軌道(SSO:Sun-synchronous orbit)(※1)」と呼ばれる南北の軌道だ。通信放送衛星や気象衛星に代表される数トン以上の大型の静止衛星の打ち上げには、静止軌道に衛星を投入しやすい赤道に近い発射場が求められた。一方、小型衛星の需要急増により、南北に無人のエリアが開けている高緯度の発射場が適地として注目されるようになった。

日本のフロントランナー

活況が予想される宇宙ビジネスにおいて日本のフロントランナーとなっているのが、今回台湾製ロケットを打ち上げた北海道大樹町の宇宙港「北海道スペースポート(HOSPO)」だ。同町の位置は東と南に太平洋が開けており、SSOへの打ち上げには優位な立地だ。内閣府の宇宙開発戦略推進事務局で宇宙輸送と宇宙港を担当する井出真司参事官は「南向きに海が広がっているので、SSOに打ち上げる際のエネルギーロスが少なく、発射場として魅力的」と太鼓判を押す。

発射可能方位角

日本国内でロケット発射といえば、かつては宇宙航空研究開発機構(JAXA)の種子島宇宙センター(鹿児島県)と内之浦宇宙空間観測所(同県)だけで、いずれもJAXAによる「占有」状態だった。しかも、2017年に達成した最大年間打ち上げ実績はわずか6回。国内の民間需要を賄うどころか、海外から需要を呼び込む余地はなかった。

政府は小型衛星発射需要の海外流出を防ごうと、24年に宇宙インフラへの政府投資「宇宙戦略基金」をスタートさせ、「30年代前半までに、基幹ロケット及び民間ロケットの国内打上げ能力を年間30件程度」とする方針を打ち出した。HOSPOはそのさきがけ的施設として位置付けられている。

北海道スペースポート(HOSPO)の将来性を語るスペースコタンの小田切義憲社長(左)と高瀬友輔・事業運営グループリーダー=2025 年7月(筆者撮影)
北海道スペースポート(HOSPO)の将来性を語るスペースコタンの小田切義憲社長(左)と高瀬友輔・事業運営グループリーダー=2025 年7月(筆者撮影)

日本政策投資銀行と北海道経済連合会との試算では、大樹町からSSOへ衛星を投入する場合の打ち上げ能力は、種子島の2倍になるとみている。HOSPOを運営するスペースコタンの小田切義憲社長は「国の打ち上げ目標である年間30件のうち、私たちはその3分の1、10件を担いたい」と意気込む。

進む施設の拡充、整備

このポテンシャルを商業的成功に導くには、高い頻度で安定的に発射できる能力が必要だ。HOSPOでは現在、人工衛星用のロケットの発射場「Launch Complex 1(LC1)」の建設が進んでいる。今後は、年間10回の高頻度打ち上げや大型ロケット発射にも対応する「Launch Complex 2(LC2)」も整備する予定だ。

人工衛星の打ち上げ施設Launch Complex 1(LC1)の完成予想図。ロケットの組み立てや推進剤を保管する施設、エンジン燃焼実験施設を備える予定(スペースコタン提供)
人工衛星の打ち上げ施設Launch Complex 1(LC1)の完成予想図。ロケットの組み立てや推進剤を保管する施設、エンジン燃焼実験施設を備える予定(スペースコタン提供)

LC1よりも大型の人工衛星を打ち上げる施設となるLaunch Complex 2(LC2)の完成予想図。複数の種類のロケットの組み立てが同時に可能になる予定(スペースコタン提供)
LC1よりも大型の人工衛星を打ち上げる施設となるLaunch Complex 2(LC2)の完成予想図。複数の種類のロケットの組み立てが同時に可能になる予定(スペースコタン提供)

全長1300メートルの滑走路。航空機のように翼を持つ宇宙機「スペースプレーン」の開発試験に活用される(スペースコタン提供)
全長1300メートルの滑走路。航空機のように翼を持つ宇宙機「スペースプレーン」の開発試験に活用される(スペースコタン提供)

7月に行われた台湾系企業jtSpace社よる小型ロケット打ち上げは、機体の異常によって発射後すぐに中断され、1段目は海上に、2段目は発射地点に近い陸上に落下した。打ち上げは成功しなかったが、HOSPOが海外事業者を誘致して打ち上げを実現したことは評価されており、文部科学省宇宙開発利用課の担当者も「大きな実績を積んだ」と前向きにとらえる。

台湾のロケット開発企業の日本法人「jtSPACE」が北海道スペースポート(HOSPO)」で打ち上げたロケット=2025年7月12日(スペースコタン提供)
台湾のロケット開発企業の日本法人「jtSPACE」が北海道スペースポート(HOSPO)」で打ち上げたロケット=2025年7月12日(スペースコタン提供)

打ち上げにあたり、台湾で製造した機体を海路で苫小牧港まで運び、陸路で大樹町まで輸送した。jtSpaceはオーストラリアの宇宙港も打ち上げ地の候補としつつ、今回はHOSPOの方が機体輸送の距離、時間、コストの面で優位にあることを評価したとみられる。

これは海外の他企業にも好感されたようだ。8月には、米国で約1トンのペイロード(機器や貨物)を搭載できる小型ロケット「アルファ」を運用するファイアフライ・エアロスペース社が、HOSPOからの打ち上げについて検討を始めると発表した。アルファはこれまでに2回、米軍とNASAの技術試験衛星を打ち上げている。

国際競争を勝ち抜くために

国際的な競争を勝ち抜く条件として、前出の文科省担当者は、打ち上げまでのリードタイムの短縮、ロケットや衛星を整備するインフラ・技術を挙げ、「宇宙港の利用料を十分に競争できる価格にすることだ」と指摘する。世界の民間宇宙港は低価格競争に陥らないよう、直接的な利用料は示さずに長期施設リース料といった限定的な情報しか公開していない。宇宙港同士が互いの事情を探り合う状況は、競争の激しさを物語る。

とはいえ、競争力が保てる採算の目安がないわけではない。米アラスカ州でSSOへの衛星打ち上げを手掛けるアラスカ・エアロスペースのマーク・レスター社長は、宇宙港関係者による国際コンソーシアム(事業共同体)である「GLOBAL SPACEPORT ALLIANCE」が発表した2019年のレポート「SPACEPORTS: Enabling the Space Economy」で、宇宙港が運営補助金に頼らず自律的に運営できる目安として、「商業ユーザーの年間24回以上の打ち上げ、政府向けに3回以上」という目標数値を示している。

スペースコタンは24年度に、打ち上げ高頻度化に向けた宇宙戦略基金の事業に選ばれた。基金からの資金105億円を元に、各ロケットで異なる機体形状や機能に対応する能力、気象予測やロケットとの通信設備、液体燃料ロケット向けの極低温技術などを拡充する。能力や設備の充実によって需要を呼び込み、打ち上げから得るユーザー情報、ノウハウを設備や技術の充実に反映させる。そのことでさらなる需要を生むサイクルが回転すれば、競争力がついて「東アジアのハブ宇宙港」という夢が近づく。

北海道大樹町の黒川豊町長は、北海道スペースポート(HOSPO)への期待を膨らませている=2025年7月(筆者撮影)
北海道大樹町の黒川豊町長は、北海道スペースポート(HOSPO)への期待を膨らませている=2025年7月(筆者撮影)

「宇宙事業のユーザーが、いずれ飛行機のように打ち上げロケットを自由に選ぶようになる。そして、最適な発射場として選ばれるのが大樹町だ」。スペースコタンを全面的にバックアップする同町の黒川豊町長は、こう力強く語った。

バナー写真:北海道スペースポート(HOSPO)の将来イメージ図(スペースコタン提供)

(※1) ^ 地球を南北に周回する太陽同期軌道(SSO)の衛星は、ある地域の上空を毎日同じ時間に通過するため、地上の変化を定点観測するのに向いている。静止軌道とは赤道上空を地球の自転と共に衛星が飛行する軌道で、放送衛星のように地上に安定して電波を送ることができる。

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