世界を沸かす日本の抹茶:市場規模拡大へ官民挙げて猛チャージ

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海外で抹茶の人気が止まらない。健康志向や日本食への関心の高まりを背景に米国や欧州、アジアを中心に需要が拡大。急須で入れるリーフ茶が中心だった日本国内の産地でも抹茶に関心を高める動きが出始めた。

外国人観光客にも好評の茶道体験

国内有数の茶産地・静岡県。10月上旬の週末、県中央部の島田市にある「ふじのくに茶の都ミュージアム」は、多くの人でにぎわった。2024年度にミュージアムを訪れた7万1834人のうち、外国人は7072人で前年度に比べて4割超の増加。新型コロナ感染拡大前の19年度比で2.8倍となり、来館者に占める外国人割合も徐々に高まっている。

茶室で茶道体験をする参加者(静岡県島田市で)
茶室で茶道体験をする参加者(静岡県島田市で 筆者撮影)

ミュージアム内の茶室では参加者が抹茶をたてる一連の所作や作法を見たり、茶室から望む風景とともに抹茶と季節の和菓子を味わうなど茶道体験を楽しんだりする姿があった。フィンランドから訪れたベーラ・セッパネンさん(39)は「抹茶が好きなのでとても興味深かった。ヘルシンキにも茶道スクールがある」。ベーラさんと共に参加したダニエル・コホバッカさん(39)は陶芸のインターンシップを日本で経験したこともあり「日本文化や歴史の勉強にもなる」と話した。この他、「中国でも抹茶ラテを飲むが、日本の抹茶の品質は最高」(中国人女性)、「ヘルシーなので地元でもたくさんの人が抹茶を飲んでいる」(フランス人女性)など、外国人観光客の評判は上々だ。

専用の石臼でてん茶をひく体験もある(静岡県島田市で)
専用の石臼でてん茶をひく体験もある(静岡県島田市で 筆者撮影)

緑茶の輸出実績、過去最高を更新中

海外での人気を裏付けるように、抹茶を含めた日本の緑茶の輸出量・輸出額は増え続けている。貿易統計によると、2024年の輸出量は約8798トンで前年比16.1%(1219トン)増え、10年前の2.5倍になった。輸出額も円安の進行が影響して364億円と前年を24.7%(72億円)上回った。今年も1〜8月の輸出額が380億円と前年実績を超えた。

抹茶を含めた緑茶の輸出実績

輸出先で最も多いのは米国(32%)。次いで、東南アジア(20%)、台湾(19%)、EU・英国(16%)と続く。輸出実績全体では、抹茶などの粉末茶が5092トンで全体の58%を占め、リーフ茶など(3706トン)を上回る。ただ、好みは国・地域によって異なり、米国やEU・英国では抹茶の占める割合が高い一方、台湾では圧倒的に茶葉の人気が根強い傾向にあった。

抹茶を含めた緑茶の主な輸出先国・地域

起源は中国、日本で独自の進化

緑茶の一種である抹茶は中国を起源とし、800年以上も前に日本に伝わったとされる。しかし、抹茶を楽しむ文化が残ったのは日本だけで、栽培方法や製造技術は独自で形成されたとも言われる。

抹茶の原料となる「てん茶」は日光を遮って栽培、新芽の緑色を濃くすることでうまみ成分や特有の香りを高める。収穫した生葉は蒸した後、もまずに高温で乾燥させて仕上げる。それを茎や葉脈などを取り除き、石臼を使って抹茶にするが、近年では機械で粉砕するケースもある。

健康志向の高まりから、茶葉に含まれる成分をそのまま摂取できる抹茶の人気は海外でも根強く、特に若い世代が新しい飲料や嗜好品として捉えているという。茶室で茶を振る舞う所作や茶器を含めて楽しむ世界観に、茶道の心得を受け継いだ日本のおもてなし文化が根付いていることも人気に拍車をかけているとの指摘もある。

日本産のブランド化へ国際規格づくり始動

国際的な評価や理解が進む一方で、てん茶の製法や抹茶の製造方法が海外では十分に知られていない実態がある。そのため国の研究機関である農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が中心になり、抹茶を国際的に定義することを目指して行政と共に活動を推進。2022年4月発行の国際標準化機構(ISO)の技術報告書に、日本で発展した抹茶の栽培・製造方法や歴史をまとめた内容が掲載されるなど、抹茶を定義する国際規格づくりが動き出している。

農研機構果樹茶業研究部門は「(国際規格が採用されたら)『抹茶』と称していた、規格とは相いれない製品の流通が減り、市場での日本産の障害を減らせることが期待できる。市場拡大は国際規格だけで実現はできないが、品種や生産技術などの新たな技術革新やブランド化を進める上で、国際標準化もその一助を果たすと考える」としている。

国内主要産地も増産にシフト

静岡県浜松市の山間地で、てん茶の栽培や荒茶(収穫後に蒸し、もんで乾燥させた茶葉)の加工工場を持つ農事組合法人「天竜愛倶里(あぐり)ふぁ~む」は、抹茶人気を追い風にさらに高品質の生産体制を整えるため設備を増設、今年5月に本格稼働させた。リーフ茶離れやペットボトルの茶飲料の増加で煎茶の価格が低迷する状況に危機感を持った同法人。栽培と工場を切り盛りする大石成身さん(36)は子どもの頃からてん茶と向き合う父が茶農家としての生き残りをかけて研究会を立ち上げ、抹茶の産地として有名な京都・宇治や愛知・西尾を目指して歩む姿を見てきた。

海外のバイヤーから香りや色がいいとの評判を聞くたび、生産意欲を高めてきた大石さん。山間地域での栽培という希少価値を武器に「今後も高品質なてん茶づくりにこだわりたい」と意気込む。

レンガ造りのてん茶炉を紹介する大石さん(静岡県浜松市天竜区で)
レンガ造りのてん茶炉を紹介する大石さん(静岡県浜松市天竜区で 筆者撮影)

SNS活用で海外への販路拡大

福岡県八女市で生産・製造・販売を手掛ける「大石茶園」は、2010年ごろから茶の輸出に乗り出した。4代目で専務の大石賢一さん(42)はフランス留学の経験から「伝統ある日本の茶文化を世界に伝えたい」との思いを抱いていた。日本国内での消費量が減る半面、人口が増える海外市場に着目。健康志向も相まって、外国人が日常生活に抹茶を取り入れる動きをキャッチした。

被覆栽培する前の福岡県八女市の茶畑(大石茶園提供)
被覆栽培する前の福岡県八女市の茶畑(大石茶園提供)

「(消費が)ここ5年ほどで急激に伸びてきた」と手応えを感じる大石さん。ブームを踏まえ、海外の菓子メーカーやカフェ、アイスクリームなどの製造業者のホームページやフェイスブック、インスタグラムといったSNSに抹茶を売り込む投稿をして販路を開拓、取引先は英国、フランス、台湾、タイ、米国など40カ国・地域にある500社に広がった。会社の従業員も日本人だけでなく台湾やフランス、インドネシア、ネパールなどの出身者もおり、海外からのニーズに対してきめ細やかに対応する。

茶販売やカフェなどを展開する直営店で外国人観光客と交流する大石賢一さん(前列中央)=大石茶園提供
茶販売やカフェなどを展開する直営店で外国人観光客と交流する大石賢一さん(前列中央)=大石茶園提供

抹茶を身近に 相次ぐ商品開発

抹茶の商品やメニューの開発も盛んだ。牛乳や豆乳で割る「ラテ」などの飲料やスイーツをはじめ、抹茶風味の発泡酒、ビール風味のノンアルコール飲料など多岐にわたる。訪日観光客が抹茶の関連商品を土産に選び、帰国後も楽しむ傾向にある。

そんな中、自宅で抹茶を楽しむ提案をするのが、抹茶版エスプレッソマシン(抹茶マシン)の開発・販売などを手掛ける「World Matcha」だ。米国で健康志向の飲料として抹茶に注目が集まりカフェでの人気が集まる中、自宅でも気軽に味わえるように検討を重ね、開発にこぎ着けた。てん茶を石臼でひいて茶せんでたてる、という所作の再現にもこだわったマシンは2020年に米国で発売、翌年には日本でも販売を始めた。取引先は現在、20カ国に広がり、販売台数は2025年10月の時点で累計1万台を超えた。併せて、有機JASの認証を受けた日本産茶葉のてん茶「抹茶リーフ」も販売し、生産者と消費者をつなぐ架け橋にもなっている。

同社広報担当の塚田志乃さん(50)は「茶畑と自分の手元の1杯がつながる体験を通じて抹茶を味わう時間を楽しんでもらえたらうれしい」と強調する。

抹茶マシンを使った米国でのポップアップイベント。ひきたて抹茶を使ったドリンクの人気は根強い(World Matcha提供)
抹茶マシンを使った米国でのポップアップイベント。ひきたて抹茶を使ったドリンクの人気は根強い(World Matcha提供)

日本貿易振興機構(ジェトロ)農林水産食品部は、新たな輸出品目として抹茶に関心が集まる動きを受けて「海外での抹茶市場はまだ広がる可能性はあるのではないか」と期待を寄せている。

バナー画像:海外でも人気の抹茶(PIXTA)

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