ニンジャ、カタナ、隼… 世界のライダーを魅了する「和名バイク」列伝
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難しい車種名の世界共通化
わが子の命名は親にとって大きな喜びだが、同時に子の一生を左右するという大変な責任を感じるものだ。大切に造り上げた新車を市場に送り出すメーカーの思いも、子どもの行く末を案じる親と変わらない。特にグローバル展開する場合は習慣や宗教観など販売先の事情を考慮する必要があり、各メーカーは頭を悩ます。かつては同一モデルながら、国・地域ごとに車種名を変える例が少なくなかった。
例を挙げよう。日本の二輪メーカーのカワサキモータース(以下、カワサキ)は1975~76年、車種名の頭に「K」を付けるマーケティング戦略を採った。レーシングマシンの「KR」、モトクロッサーの「KX」、2ストローク3気筒エンジンの「KH」シリーズなどなど。ところが、世界中で人気を博していた4ストローク・ロードスポーツタイプの「Z」シリーズを「KZ」にしようとしたところ、欧州の販社から待ったがかかった。KZはナチスドイツの強制収容所を表す単語(Konzentrationslager)を想起させてしまうというのが理由だった。やむなく欧州市場では従来の「Z」呼称のままとし、北米のみ「KZ」で販売したのだった。

「KZ」という呼称が最初に使われた「カワサキ KZ900LTD」。ロードスポーツの「Z900」をアメリカンスタイルに仕立てたモデルで、このLTDシリーズの大ヒットによりカワサキは大いに躍進した(カワサキモータース提供)
米国ではペットネーム(愛称)が好まれ、その車種の特徴やコンセプトを端的に表した単語、もしくは造語が車種名に用いられることが多い。対して欧州は多くの国が集まっているため、地域によって忌み言葉や隠語と捉えられないよう、アルファベットや数字の組み合わせで車種名を構成する傾向が強い。こうした事情で世界共通化が難しい車種名だが、和名で世界的に通用する例が少なからずある。代表的なものを紹介していこう。
Ninja(ニンジャ)
世界に受け入れられた和名バイクで最も象徴的なのが、カワサキの「Ninja(ニンジャ)」だ。同社は1984年、排気量908ccの画期的なロードスポーツを発売。海外展開にあたって「GPz900R」とのモデル名でカタログ作成などの準備を進めていたが、米国の広告宣伝担当マネジャーから突如、「Ninja」というモデル名が提案された。

1984年に発売された「カワサキ GPz900R」。米国では「Ninja」との呼称でリリースされた。映画「トップガン」で、トム・クルーズさんが演じた主人公が乗っていたことでも有名=2023年10月25日、ジャパンモビリティーショー2023(筆者撮影)
日本人が忍者をイメージするとき、隠密行動や暗殺者といったネガティブな印象がつきまとう。一方、米国の人々は人気スパイ映画「007」の主人公ジェームズ・ボンドや、スーパーマンなど超人的な能力を持つスーパーヒーローを想起する。当時、米国では戦国末期の日本を舞台としたテレビドラマ「SHŌGUN(※1)」が大ヒットし、日本ブームが巻き起こっていた。同作品にも忍者が登場しており、「Ninja」は「強くて素早い」、非常にクールなイメージで受け止められていたのだ。
日本側はこの提案を受け入れ、欧州市場では「GPz900R」、北米市場では「Ninja」として売り出した。その後、米市場ではカウリング(※2)の付いたロードスポーツすべてに「Ninja 1000R」や「Ninja 250R」、「Ninja ZX-6R」など第2のブランド名として用いられた。

カワサキの「Ninja ZX-10R ABS」。市販車両によるロードレースの最高峰「スーパーバイク世界選手権」で実績を挙げている=2015年10月28日、東京モーターショー2015(筆者撮影)
米国以外でも認知度が高まったことを受け、ついにカワサキは2013~14年、ブランドイメージ確立のため、カウリング付きロードスポーツの車名を「Ninja」へ世界的に統一。「Ninja=速いバイク」との等式を世界中のライダーに植え付けたのだった。
KATANA(カタナ)
ニンジャと双璧をなす和名バイクが、スズキの「KATANA(カタナ)」だ。登場は「Ninja(GPz900R)」の数年前で、初代「GSX1100S KATANA」は世界中にインパクトを与えた和名バイクのさきがけだった。

1981年に販売がスタートした「スズキ GSX1100S KATANA」。エンジンは1074ccの空冷並列4気筒。日本では排気量を747ccとした「GSX750S」が1982年から販売された(スズキ提供)
始まりは1979年。スズキが西独(当時)のターゲットデザイン社に新車のスタイリングを依頼したことにさかのぼる。同社側が「日本の武士道、侍の精神は素晴らしい。その象徴が日本刀であり、武器であって芸術品でもある」というコンセプトを提案。それを表現した車体のイメージスケッチは、まさしく抜き身の日本刀を連想させるもので、そのまま「KATANA」のネーミングにつながった。
プロトモデルは80年、西独で開かれたケルンモーターショー(ケルンショー)で初公開された。優れた機能性と、斬新なスタイルを両立させた車体は驚きをもって受け止められた。来場者へのアンケート調査ではデザインを巡って賛否が真っ二つに割れたことから、スズキはインパクトの大きさに手応えを感じて市販化を決断。翌81年に欧州で「GSX1100S KATANA」を発売した。ケルンショーの一件は「ケルンの衝撃」として今なお語り継がれ、伝説と化している。

初代の「GSX1100S KATANA」をモチーフにデザインされた「スズキ KATANA」。998ccの水冷並列4気筒エンジンを搭載する=2019年10月23日、東京モーターショー2019(筆者撮影)
GSX-Sシリーズは排気量別にバリエーションが増えるとともに、北米市場ではフルカウルのロードスポーツ、欧州市場ではスクーターにまで「KATANA」の名称が付けられた。2018年には、初代「GSX1100S KATANA」をモチーフとした排気量998ccの「KATANA」が発表され、世界中で販売が続いている。
日本刀を日本独自の美意識と機能性を示す記号として捉えて命名された「KATANA」。その象徴性がモーターサイクルとして見事に具現化されたフォルムと相まって、世界中のライダーに一瞬で製品特性を印象付ける力を持ったのだった。
Hayabusa(隼)
日本だけでなく海外でも漢字表記で販売されているのが、スズキの「Hayabusa(隼)」だ。小型猛禽(もうきん)類のハヤブサは、上昇気流に乗って悠々と羽ばたきながら、獲物を捕獲するときには猛烈な勢いで急降下する。そのスピードは時速320キロにも達するといい、静かながらシャープで爆発的な加速をイメージさせることから車種名に選ばれた。
初代は1999年にリリースされた排気量1298ccの「GSX1300R Hayabusa」というモデルだ。2000年には実測で時速312.29キロをマークし、「市販車で世界一速いモーターサイクル」としてギネスブックに認定された。

1999年に発売された「スズキ GSX1300R Hayabusa」。2008年モデルで排気量を1299ccから1340ccに増強し、車名を「Hayabusa1300」に変更した。日本での正規販売は14年モデルから=2013年11月27日、東京モーターショー2013(筆者撮影)
鎧兜(よろいかぶと)をモチーフとした個性的なスタイリング、カウリング側面に描かれた「隼」という大きな漢字ロゴは当初、「GSX1100S KATANA」と同様に賛否が分かれた。ところが、発売されるや否や大ヒットとなり、四半世紀が過ぎた現在も初代のコンセプトを受け継いだ3代目が世界中で販売されている。
MEGURO(メグロ)
カワサキは2021年、およそ半世紀ぶりにブランド「メグロ」を復活させ、その第1弾として「MEGURO K3」を発売した。1924年創業の二輪メーカーで、大排気量スポーツバイクでは草分け的な存在だった目黒製作所にちなんだ命名である。同社は60年に川崎航空機工業(現カワサキモータース)と業務提携し、64年に統合されたことで、メグロのブランドは消滅していた。

1949年に目黒製作所の疎開先である栃木県・烏山工場で製造された「メグロ号 Z型」。同社が37年に初めて発売した市販完成車「Z97型」を原型とし、498ccの空冷単気筒エンジンを搭載する=2025年11月2日、メグロ・キャノンボール那須烏山(筆者撮影)

目黒製作所における最終モデルであり、カワサキの兵庫県・明石工場で生産された「カワサキ 250メグロSG」。1964年に発売されたが、翌年には車名から「メグロ」の文字が消えた=2023年10月25日、ジャパンモビリティーショー2023(筆者撮影)

「メグロ スタミナK1」というモデルをベースにカワサキが改良し、1965年に発売した「カワサキ 500メグロK2」。496ccの空冷並列2気筒エンジンを搭載し、その多くが白バイとして活躍した=2019年10月23日、東京モーターショー2019(筆者撮影)
「伝統と信頼」のブランドとして名をはせたメグロ。復活の背景には、組織は変わっても技術や技術者の魂は継承されるというメッセージを、現代にアピールする意図があった。あえて和名とすることで、「日本のメーカーが日本の技術で、誇りを持って造ったバイク」であることを直感的に世界のライダーに分かってもらいたい──。そうした思いを実現するため、旧メグロ時代にはかなわなかったグローバル展開も進んでおり、多くの海外ファンを獲得する日も遠くはないだろう。
「日本の魂」を伝える
これら日本製バイクに冠された和名は、製品名称以上の意味を帯びている。単なるキャッチ―な日本語ネーミングではなく、日本の文化、美意識、技術の象徴として世界に受け入れられてきた。

「カワサキ 250メグロSG」の正統な後継車として2024年に発売された「MEGURO S1」。クロームメッキ仕上げの燃料タンクや、細かく色分けされたエンブレムなど、1964年当時の雰囲気をうまく再現している=2023年10月25日、ジャパンモビリティーショー2023(筆者撮影)
車種の特性を的確に表現し、ブランドイメージを強く喚起する力、そこにメーカーが積み重ねる信頼の歴史が加わる。モデル名そのものが、ブランドの背景にあるナラティブ(物語)や文化を映し出し、オーナーたちはそこに強い共感と高い誇りを覚える。
「日本車の魂」を直截的に表現する和名ブランド。その価値はこれからも不動であるだけでなく、新たな和名バイクが世界を席巻するかもしれない。
バナー写真:「和名バイク」のエンブレム。左上から時計回りに、カワサキの「ニンジャ」、スズキの「カタナ」、カワサキの「メグロ」、スズキの「隼」(いずれも筆者撮影)