但馬の山間部をブランディングする、風土を生かしたトウガラシ発酵調味料『唐三』の独特の風味
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標高500メートルの「日本で最も美しい村」
褐色を呈したそのペースト状の液体をひとさじなめた時、とっさに私の頭に浮かんだのは「和の醤(ジャン)」という言葉だった。
醤は、古代中国で生まれ、磨かれ、東アジア全体に広がった発酵調味料の総称で、豆板醤(トウバンジャン)、甜麺醤(テンメンジャン)、豆豉醤(トウチジャン)などが知られている。薬味として、また調味の決め手として広く使われ、その風味がすなわちアジアの風味となっている。
私がなめたのは、兵庫県北部の山あいで造られた唐辛子発酵調味料『唐三(からぞう)』の原液だった。赤トウガラシに米麹(こうじ)としょうゆを加え、発酵・熟成させて造る『唐三』は、辛みだけではない熟成由来の複雑な味・香りを有し、うまみさえも感じられる。これをタレとして使えば、肉・魚料理はもちろん、蒸し野菜にも合いそうだ。炊きたてのご飯にこれをかけて……と想像力が刺激された。

『唐三』の瓶詰商品。下段左から、原液に柿酢と梅を加え、スッキリとした味わいにした『唐三 淡唐(たんから)』、原液をそのまま瓶詰めした『唐三 無調整原液』、トウガラシを増量して辛みを強めた『唐三 大辛口』。上段は早めに収穫した青トウガラシを使って爽やかな風味を出した『唐三 青唐辛子』
多様性を誇る日本の食文化には、辛みを持ち味とするスパイス/ハーブの類も数多く存在する。山葵(わさび)、生姜(しょうが)、山椒(さんしょう)、芥子(からし)、辛味大根(からみだいこん)、青トウガラシ等々──。そんな中、お隣の韓国などと比べて赤トウガラシは特別目立つ存在ではないが、栽培は日本全国で行われ、これを発酵させた調味料もいくつか存在する。
商品化されたもので世間に知られているのは新潟県妙高市で製造されている「かんずり」だろうか。“雪晒(ゆきざら)し”してアクを抜いたトウガラシにユズを混ぜ、米麹で発酵させ、3年間熟成させたもので、その発祥は江戸時代以前にさかのぼるとされる。また東北地方では「三升(さんしょう)漬け」というトウガラシ発酵調味料をホームメイドすることが普及している。これは青トウガラシ、米麹、しょうゆそれぞれ1升(1.8リットル)ずつを合わせ、発酵させたもの。一般的には熟成を経ず、造るとすぐに食卓に供される。
それらに対し、『唐三』は古くから土地にあったものではない。兵庫県北部の但馬地方、美方郡香美町小代(おじろ)の生産現場に“生みの親”である平井誠一さん(株式会社奥但馬代表取締役)を訪ねた。
麹室を備えた工場は矢田川(やだがわ)の清流の岸に立っていた。訪れた秋は、ちょうど広葉樹が色づき始めた時期で、川沿いの風景は一幅の絵のように美しかった。小代はNPOから「日本で最も美しい村」の認定を受けている。
「但馬のポテンシャルを生かし、優れた『但馬ブランド』をつくり上げられたらと考えまして」
平井さんは姫路市内で代々酒販業を営む家系に生まれ、大学卒業後は家業に入り、酒類業務用卸の仕事を極めていった。フードビジネスの現場で常にトレンドを意識し、先々を読んで新商品開発などを展開していくのは刺激的な仕事だったが、むなしさのようなものも感じていたという。
スローフードの楽園
転機は2000年代に訪れた。1980年代後半にイタリアで起こったスローフードのムーブメントが90年代後半から日本にも伝わってきた。スローフードとは世界的に広がるファストフードに対抗し、地域固有の食材や在来品種、伝統的な料理法を守り、小規模生産者を支援し、生物多様性を保護していこうという運動である。
平井さんも早くからこの動きに触発され、日本スローフード協会のコンヴィヴィアム(支部)として「スローフード播磨」を立ち上げ、会長を務めた。その一環で、生活圏から遠くない但馬を視察するうちに、土地の自然の豊かさと厳しさ、山の幸・海の幸が持つ固有のおいしさに魅了され、但馬こそスローフード的な楽園であると確信した。
2010年のある日、平井さんは小代の農家・稲尾実さんが試験的に栽培した韓国在来種の赤トウガラシの出来栄えに目を見張った。
標高500メートルを超える小代の畑は、日照豊富で、水はけがよく、昼夜の寒暖差がある。寒暖差はトウガラシの辛味成分であるカプサイシンの濃度を高め、香りを強くするとされる。平井さんはそのトウガラシを使った加工品の開発ができないものかと考えた。
ブランド牛のルーツ
小代は、神戸ビーフや松阪牛などのブランド牛になる但馬牛を育てる里だが、名うての酒造り集団「但馬杜氏(とうじ)」を輩出してきた土地柄でもある。冬の積雪が1メートルを優に超えるこの土地では農閑期に農業以外の仕事を持たざるを得なかった。トウガラシを栽培した稲尾さんもかつては杜氏として活躍、大関酒造の米国法人の初代杜氏を務めた発酵のプロだった。長年酒類に親しみ、その道の知識を持つ平井さんが、トウガラシで発酵調味料を造るのは自然な流れだった。2013年、業務用酒卸販売会社・エルデベルグ平井の中に「唐辛子発酵食品製造部」を立ち上げ、17年には株式会社奥但馬として分社化した。

冷凍保存した状態の唐辛子各種(左)、平井さんの手による「一滴万倍」の書に思いがこもる(右)
夏から秋にかけて収穫したトウガラシを冷凍保存し、冬に寒仕込みにする。雑菌に侵されにくいよう低温で安定した衛生環境で仕込むためだ。米麹をおこし、小代に近い養父(やぶ)市から無添加の丸大豆しょうゆを調達し、姫路で試作に取り掛かった。
1年、2年とたつうちに発酵が緩やかになり、熟成が進むにつれ樹脂おけの中身の味・香りが変わっていった。香りは複雑みを増し、甘・辛・酸・苦の各要素が溶け込み、口当たりがまろやかになった。熟成3年が経った時、商品化のめどが立った。
16年、小代に工場を開設。本格的な製造に着手した。小代のトウガラシを「天空の唐辛子」と名付け、商品名は唐辛子の「唐」に、米麹、しょうゆを加えた3原料から『唐三』とした。現在は5年熟成したものをベースにしている。稲尾さんが引退した後、同地区の農家でやはり蔵人経験のある今井司郎さんが栽培と醸造を受け継いでいる。
熟成中の原液を試させてもらった。まだ発酵が盛んで色もオレンジ色に近い若い原液は、トウガラシ特有の乾いた香りがあり、辛みもシャープで舌を刺激する。熟成3年目あたりから色が褐変し、香りに複雑みが増し、辛みも穏やかになってまろみが出てくる。5年を経たものは味・香りの各要素がシームレスにつながり、一体感と奥行きが増す。
さらに長期の熟成をかけた“秘蔵”の樽(たる)も開けてもらった。それは古物のアチェート・バルサミコ(イタリア・モデナの名産、ブドウを発酵、熟成させて造る。30年、50年と寝かせたものもあり、それらは高額で取引される)をほうふつさせ、もはや調味料と呼ぶのはふさわしくないような風雅なコクとうま味を有していた。
トウガラシの旅路の到達点
今井さんが管理しているトウガラシ畑は工場から車で細い坂道を15分ほど登った傾斜地に広がっていた。午後の斜光に照らされ、ナナカマドの実の緋(ひ)色とススキの穂の白茶色が輝く。近くの作業小屋の軒下にはダイコンが干されている。晴明でひんやりとした空気が周囲を満たしていた。収穫はすでに終盤で、小ぶりのまだ青いトウガラシがいくつか見られた。「今年は、夏場の猛暑の影響なのか、実の半分くらいしか赤くならないトウガラシがたくさんありました」と今井さん。風土を映すということは年ごとの気候・気象の機微も反映することなのだろう。
車や街の騒音のない“天空”の地で、静寂のかなたから届く低い唸(うな)り声のようなものがあった。畑の脇をものの数分も登っていくと、うなり声の正体が有刺鉄線の先の草間に姿を現した。黒々とした体毛を光らせた大きな雌牛が咀嚼(そしゃく)を止めることなく、純真そうな目でこちらを見つめていた──。

収穫したばかりのトウガラシ。デファソと呼ばれる韓国の在来種だ
そんなトウガラシ畑とその周辺の光景は平井さんが言った「但馬のポテンシャル」という言葉の具現化だった。
「中南米で生まれたトウガラシが世界に広がっていったジャーニーの最新の旅先が小代なんだと思います」と平井さんは楽しげに語る。果たして「天空の唐辛子」がワイン用ブドウの「固有種(indigenous varieties)」のような土地に根付いた存在となるかどうか、今は神のみぞ知るところだ。

姫路のワインバー「ヴァンヤ」で和牛を注文し、『唐三 無調整原液』を付けて食べてみた。牛脂の甘みに『唐三』のうまみが親和し、肉の味に新たなレイヤーが加わるようだった
撮影=浮田泰幸
バナー写真:平井さんの相談相手でもあるスタッフの福井誠一さん。長らくフレンチのシェフとして活躍した経歴をもつ(左)、仕込んで間もない原液を櫂で攪拌(かくはん)して均一の発酵・熟成を促す(右)




