恐竜たちが福井に集まる理由とは : SNSで大人気「#勝手にえちてつ」

話題・トレンド

官民一体で「恐竜推し」を進める福井県では、毎年春に「恐竜」たちが復活し、日曜日にとある場所に出没しては観光客に愛嬌を振りまき、冬を前に「絶滅」する。彼らはナニモノなのか。

春になると「恐竜」たちが復活、笑いを振りまく

福井県では、春の呼び声と共に「恐竜」たちが復活を遂げる。そして毎週日曜日、とある場所にわらわらと集まり、成獣も幼獣もはしゃぎまくり、彼らに遭遇する人々を笑わせてくれる。

彼らの目的はただ1つ。カナダのロイヤル・ティレル古生物学博物館、中国の自貢恐竜博物館と並ぶ世界三大恐竜博物館である福井県立恐竜博物館へと、特別列車で向かう人々を歓迎し、喜んでもらうことだ。晩秋まで力いっぱい「わが世の春」をおう歌した後、特別列車が運休期間に入る雪の季節を前に、一気に姿を消し、「絶滅」してしまう。

「恐竜」の正体は、ティラノスーツを着込んだ生身の人間たちである。

彼らは「#勝手にえちてつ」というSNS上のキーワードに突き動かされて福井県内外から集まり、福井県のローカル鉄道「えちぜん鉄道」(略称えちてつ)の福井駅から勝山駅間を運行する企画列車「恐竜列車」の沿線の駅に現れ、ティラノスーツ姿で全力で手を振り、時には踊り狂いながら列車を歓迎する。

桜並木を走る恐竜列車。昨年、一昨年とも乗車率は95%前後で、家族連れに人気だ(えちぜん鉄道提供)
桜並木を走る恐竜列車。昨年、一昨年とも乗車率は95%前後で、家族連れに人気だ(えちぜん鉄道提供)

だが主催者のいる団体活動ではないため、数頭の日もあれば数十頭の日もある。参加したいと思った有志が「勝手に」集まる。だから「#勝手にえちてつ」なのである。

この「#勝手にえちてつ」のアクションがSNSで拡散され、113万回の再生回数を記録し、注目を集めている。国内では沖縄県や北海道といった遠隔地からの参加者も相次ぎ、米国やオーストラリアからも「恐竜」になるためにやってくる。確実に恐竜姿でホームに立ちたい一心で、福井市内に「前泊」する参加者も少なくないそうだ。

ティラノスーツで「恐竜列車」を歓迎 そして仲間が集まった

このアクションを始めたのは、沿線の志比堺(しいさかい)駅前でカフェを経営する渡辺洋さん(56)だ。こう語る。「最初は一人で始めたことなんです。SNSの投稿を見て『自分もやりたい!』と思った人たちが湧いて出るように現れ、参加してくれています」

2023年6月。「このティラノスーツを着て、列車に手を振ると何が起きるんだろう?」

渡辺さんはティラノスーツを着込み、志比堺駅前に立つ社屋の屋上で普通列車を待った。列車が視界に入ると、ぴょんぴょん飛び跳ねながら全力で手を振り続けた。だが熱演もむなしく反応は「皆無でした」。距離が遠いうえ、通過スピードが思いのほか速かった。

「あかん、スマホばっかで、誰も見てくれてない」

ビルの屋上から列車に向かって手を振っても、気づいてもらえなかった(渡辺洋さん提供)
ビルの屋上から列車に向かって手を振っても、気づいてもらえなかった(渡辺洋さん提供)

えちてつの前身である「京福電鉄」は、2000年と01年に立て続けに正面衝突事故を起こし、国土交通省から列車運行取り消し命令を受けて廃線となった。しかし「地域の足」を失うまいと、福井県は福井市や勝山市など沿線自治体と共に第三セクター方式による一部路線の運行を決断。02年9月に「えちぜん鉄道」として復活を遂げた。

「恐竜列車」は、同社が北陸新幹線の延伸にあわせ、県立恐竜博物館に向かう観光客を楽しませるために発案したもの。外観を恐竜のイラストでラッピングし、車内でもデジタルサイネージでさまざまな恐竜を登場させるなど、「恐竜感」満載の特別列車だ。沿線住民も、観光客誘致の起爆剤になると期待を寄せた。

23年7月14日、えちてつが「恐竜列車」の運行をスタートさた。

恐竜博物館のある勝山駅で、観光客を出迎える「恐竜」たち。「幼獣(子ども)」も楽しそうだ(渡辺洋さん提供)
恐竜博物館のある勝山駅で、観光客を出迎える「恐竜」たち。「幼獣(子ども)」も楽しそうだ(渡辺洋さん提供)

「今度こそ、見てもらわなくちゃ!」

渡辺さんはティラノスーツ姿のまま最寄りの無人駅、志比堺駅のホームにまで移動し、最初の恐竜列車を全力で出迎えた。駅を颯爽と通過していく車窓に向け、力いっぱい手を振った。「今度は驚く乗客の顔もちゃんと見えた。『届いたな』と手ごたえを感じました」

渡辺さんはこの時の動画をSNSで投稿。ここから徐々に友人や知人がティラノスーツを持って集まり始めた。安全配慮の観点から活動の場を勝山駅などの有人駅に移して発信を続け、10頭、20頭とホームに集まり、3年目となった2025年は、最大で計32頭が沿線の駅のホームで、恐竜列車を迎えた。

全県あげた「恐竜推し」 北陸新幹線の延伸で効果絶大

「#勝手にえちてつ」参加者の一人、北海道江別市在住の看護師の加藤富早美(ふさみ)さん(50)は、かねてティラノスーツ姿の徒歩競争「ティラノサウルスレース」に出てみたいと思っていた。

「ティラノサウルスレース」は国内では22年に鳥取県大山町で行われたのが始まりと言われ、今や各地で年約300回ほど実施される過熱ぶりだ。江別市に近い音更町(おとふけちょう)でも盛大なレースが開催され、「めちゃくちゃ楽しそう。出たい!」と思った加藤さんはティラノスーツを購入。さっそく自室で着てみたが、スーツは思いのほか長身だった。

「頭部が天井にひっかかってしまって、身動きがとれなくて。なので休みの日に近くの河川敷でスーツを着て、走り込んでみました」

実は「#勝手にえちてつ」創始者の渡辺さんに、「ティラノスーツを着よう」と背中を押したのは加藤さんである。「コロナの時期にオンラインサロンで意気投合した仲間なんです」と加藤さん。

23年7月上旬のある日、音更町で盛り上がりをみせる「ティラノレース」の様子を渡辺さんに伝え、「これを『恐竜推し』の福井でやらんで、どうする」と叱咤激励。「その数日後、あの投稿が上がってました」。加藤さんも、「#勝手にえちてつ」誕生の翌月には機上の人となり、えちてつのホームで恐竜姿に変身した。

加藤さんの言葉通り、今や福井県は「恐竜推し」で存在感を増し、「恐竜といえば福井」という地位を確立している。

北陸新幹線が敦賀まで延伸した24年の観光客入り込み数でみると、2069万1000人で前年比17.6%の伸びをみせ、観光消費額に至っては前年比23.5%増の1513億円。ともに過去最高となった。24年に観光客が県内で向かった先としては、23年にリニューアルした恐竜博物館と「かつやま恐竜の森エリア」が154万6000人。24年度の恐竜博物館の来館者数は126万人を記録した。

日本で一番、新種の恐竜の化石が見つかる場所

原点は、今から40年以上前のことだ。

1982年。勝山市内の川沿いの崖で、1億2000万年前(前期白亜紀)の地層から、恐竜と共存していたと思われるワニ類の化石が発見された。このエリアで福井県立博物館(当時)が予備調査をしたところ、肉食恐竜の歯などが発見され、89年から県として恐竜化石調査事業を本格的に開始。これまでの調査の結果、国内で見つかった新種恐竜の化石13種類のうち、6種類は福井県内で見つかっている。

新種発見のたびに全国ニュースになり、じわじわと「福井=恐竜」のイメージが定着。2000年には県立恐竜博物館も開館し、「恐竜博」が開催された。

展示室1F「恐竜の世界」(福井県立恐竜博物館提供)
展示室1F「恐竜の世界」(福井県立恐竜博物館提供)

そして県庁内部では、待望の北陸新幹線開業を数年後に控えた09年、「観光営業部」が新設された。この部署で「観光の目玉となる魅力」を洗い出し、県としての「恐竜推し」の方向性が確定。現在、部署名は変わったが、県誘客推進課で「恐竜戦略室長」を務める安達哲雄さんは、「マインドは引き継いでいます」と断言する。

新幹線が金沢まで延伸された15年には、福井駅西口に「恐竜広場」を設置。県内で見つかった新種のうち、草食恐竜フクイティタンとフクイサウルス、そして肉食恐竜フクイラプトルの3体の動く恐竜ロボットを配置。徐々に展示を増やし、24年には恐竜の王者・ティラノサウルスも加わった。

福井駅前に設置された23体目の恐竜ロボット「スコミムス」。白亜紀前期の大型肉食恐竜で、名前は「ワニもどき」の意味(福井県誘客推進課提供)
福井駅前に設置された23体目の恐竜ロボット「スコミムス」。白亜紀前期の大型肉食恐竜で、名前は「ワニもどき」の意味(福井県誘客推進課提供)

県では新幹線で恐竜博物館にやってくる観光客へのおもてなしを民間業者にも呼び掛けた。えちてつの「恐竜列車」をはじめ、恐竜の絵でラッピングした「恐竜バス」、さらに県内14の旅館では「恐竜ホテル」と称して、客室を恐竜の絵で演出。なおホテルの改修には県が補助金を交付した。

恐竜鉄道の中では、アテンダントスタッフがさまざまな工夫で盛り上げる(えちぜん鉄道提供)
恐竜鉄道の中では、アテンダントスタッフがさまざまな工夫で盛り上げる(えちぜん鉄道提供)

安達さんは最近、福井駅内の「恐竜のお土産」をカウントしてみたそうだ。恐竜サブレに恐竜饅頭、恐竜ステッカー、恐竜アクセサリーなどなど。「なんと、90種類近くありました」。まさに恐竜づくしである。

さらに今年は、恐竜をテーマにした優れた活動・アイデアを県民投票で選ぶ「ディノアクションアワード」も実施。80件以上の応募があり、「#勝手にえちてつ」は取組活動部門の大賞に輝いた。

日本で希少な「恐竜」のつく部署の長を務める安達さんはこう語る。「恐竜で県全体が活気づくことで、県民にも誇りに思っていただきたい。そして恐竜をきっかけに訪れた方々に、福井のほかの魅力も知ってもらえるよう、仕掛けていきたい」

春到来。福井の「恐竜」たちは今年、どんな笑いを届けてくれるだろう。

「恐竜列車」内ですっかり恐竜気分の加藤さん(右)。「どこまでも平和で、笑いしかありません」(加藤富早美さん提供)
「恐竜列車」内ですっかり恐竜気分の加藤さん(右)。「どこまでも平和で、笑いしかありません」(加藤富早美さん提供)

「恐竜列車」の車内でティラノスーツに着替え、大盛り上がりの「恐竜」たち。今年も「復活の日」には「恐竜列車」を借り上げている(渡辺洋さん提供)
「恐竜列車」の車内でティラノスーツに着替え、大盛り上がりの「恐竜」たち。今年も「復活の日」には「恐竜列車」を借り上げている(渡辺洋さん提供)

編集協力:株式会社POWER NEWS

バナー写真:志比堺駅に集まった「恐竜」たち。渡辺さんによると、「なぜか参加者には50代女性が多い」という(渡辺洋さん提供)

鉄道 福井 恐竜 博物館 福井県