ただの菜食ではなく、感謝と慈しみの食事 : nippon.comスタッフが精進料理作りに挑戦
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世界が注目するヘルシーフード
低カロリー・低脂肪・低糖質の健康的な食事として注目される「和食」の中でも、肉や魚など動物性の食材を使わない精進料理は究極のヘルシーフードといわれる。訪日外国人でベジタリアンやビーガンといった菜食主義者や宗教上の理由で豚肉を口にしないイスラム教徒にとっては、禁忌を気にすることなく日本の食文化を楽しむことができる料理としても好評だ。近年は、精進料理を学んで自身の食生活に取り入れたいという外国人も増えているという。
ニッポンドットコムのスペイン語スタッフ ダニエル・ルビオとアラビア語スタッフ マルワ・アドリーが東京・赤坂の精進料理教室「寺庵 / てらん」に体験入門、精進料理作りにチャレンジした。
「寺庵」は高層ビルが林立する赤坂の高台にある寺町で350年の歴史を刻んできた浄土真宗・常國寺の中にある。住職の妻で、自身も得度を受け僧侶となった浅尾昌美さんが、管理栄養士としての栄養学や食材に関する幅広い知識を活かして、初心者にも分かりやすく指導してくれる。
調理に入る前に、浅尾さんから精進料理についてレクチャーがある。
「ベジタリアンやビーガンとは共通点もありますが、大きな違いは、精進料理には『思想』があることです」
精進料理は1200年以上前に仏教の伝来とともに日本に伝えられ、日本の気候風土に合わせて独自に進化してきた。土台にあるのは『動物の命を奪ってはいけない』という仏教の「不殺生戒」だ。
「精進という言葉は菜食と同義のように使われることもありますが、もともとは酒肉を断ち、邪念を捨てて懸命に修行に励むことです。その僧侶が食べる料理が精進料理と呼ばれるようになりました。現代ではほとんど見られなくなりましたが、かつては、家々の門口でお経をあげて、浄財として食べ物や銭をいただく托鉢(たくはつ)が僧侶の修行の基本でした。冷蔵庫も自動車もない時代、食材はその土地でとれる旬のものに限られていました。夏は瓜ばかり、冬は大根ばかり…あちこちの家で同じ野菜を供されますが、そうした食材を無駄にしないように、一手間かけて工夫してありがたく頂きましょうというところから発展してきました。旬の素材を工夫して食べる―それが飽食の時代に、かえって新鮮に映るのかもしれません」
「お坊さんの正式な食事はもっとシンプルで、厳しいルールがありますが、今日は修業ではありませんから、『精進、つまり一生懸命に、感謝、慈しむ』の3つを大切に、相手を思いやって作って下さい」
この日は豆腐や野菜を使った3品を作った。
〈たたき豆腐の焼き物〉
ひき肉の代わりに豆腐を使う「豆腐ハンバーグ」と言えば分かりやすいだろうか。豆腐は90%が水分のため、そのまま使うと水っぽくなってまとまらない。
「電子レンジでチンして水を切る方法もありますが、ここでは一手間かけましょう」
豆腐に重しを載せてある程度、水分を切ってから、さらし布で包んで力を入れてギュッギュッと水気を絞り出す。
水気を切った豆腐をすり鉢に入れ、すりこ木でたたくようにつぶす。これが「たたき豆腐」の名前の由来だ。さらに、滑らかになるまで丁寧にする。
ブレンダーやフードプロセッサーを使えば1分足らずですむところだが、「精進料理は仏さまに差し上げて、そのお下がりをいただくというもの。食材に向き合い、丁寧に料理すること自体が修行と考えられていました」と浅尾さんは説明する。
ハンバーグは “つなぎ” に卵を使うが、動物由来のものを使わない精進料理ではすりおろした山芋と小麦粉で代用する。味のアクセントに細かく切った塩こんぶとすりおろしショウガを加えて準備完了。あとはハンバーグのように楕円に形を整えて、フライパンで両面をこんがりと焼く。
〈タケノコの酒かす煮〉
日本酒を搾ったあとに残る「酒かす」は、「かす」とは名ばかりで、米、麹(こうじ)、酵母由来の成分が濃縮された栄養満点のスーパーフード。酒かすで煮るのは動物性の牛乳や生クリームを使わずにトロリとクリーミーに仕上げる知恵だ。
昆布水とシイタケの戻し汁を合わせただし汁に酒かすを小さくちぎって加え、あらかじめあく抜きしたタケノコを薄く切って入れ、酒かすが溶けて滑らかになるまで煮詰めていく。この間に、アルコール分は飛ばせるので、アルコールが苦手な人や子どもでも食べることができる。

肉や骨をグツグツと煮出す西欧のだしとは違い、干しシイタケ、昆布はゆっくりと水戻しするだけ
精進料理では動物由来のかつお節や煮干しのだしを使わない代わりに、昆布と干しシイタケの2種類を混ぜることで味わいに深みを出す。
フランス料理の「ブイヨン」、イタリア料理の「ブロード」、中国料理の「湯」など食材のうまみを移した水を料理に使う発想は世界各地にある。浅尾さんによると、「ブイヨンなど動物性のだしは食材にうま味をプラスする効果がありますが、昆布やシイタケのだしは、素材のおいしさを引き出す力がある」そうだ。
〈レンコンのきんぴら〉
薄切りにした半月のレンコンと、ニンジン、ピーマンの細切りで彩りよく仕上げる。
「穴のあいたレンコンは、“先が見通せる” といって、縁起のいい食べ物なんです」と浅尾さんが説明すると、マルワは「作っている人が穴をあけているのかと思った!」と驚いた様子。
「食べる時のことを考えて、同じぐらいの大きさにそろえて切りましょう。ピーマンは火が通りやすいので、一番最後に入れますよ」という浅尾さんのアドバイスに従ってフライパンに食材を投入していく。
シャキッとした野菜の食感を楽しむ料理なので、炒めすぎないように注意。しょうゆに砂糖と梅酢を加えたタレをからめ合わせて完成。最後にたっぷりのごまをふる。
感謝の気持ちを込めて「いただきます」
1時間ほどで3品が完成。浅尾さんが用意してくれた五穀米ごはんとジャガイモとスナップエンドウのみそ汁を合わせて昼の膳が整った。
ごはんは各人が自分でよそう。「食べ物を無駄にしないように、自分が残さずに食べきれる量を盛り付けて下さい」

左下から時計まわりに 五穀米ごはん たたき豆腐の焼き物 たけのこの酒かす煮 みそ汁 香の物 中央はレンコンのきんぴら
「いただきます」を合図に食事が始まる。
「いただきます」は英語の「Let’s eat / さあ、食べましょう」やフランス語の「Bon appetit / 食事を楽しんで」とは少し趣が違う。仏さまに差し上げたものを下げて「いただきます」。私たちに生きるエネルギーを与えてくれる食材への感謝、食材を作ってくれた生産者への感謝、料理してくれた人への感謝を意味する。
食材に向き合い、先生の指導に耳を傾け、ルビオとマルワで協力して丁寧に調理してできあがった食事は、シンプルだけど素材が生き生きと輝いているように見えた。
「普段は肉や魚がないと物足りないし、お腹がいっぱいにならない。でも、今日の料理はとても満たされる感じがあります。複雑な味わいがおいしくて、『慈しむ』ということを意識できました。勉強になりました」(ルビオ)
「私の子どももお豆腐は大好きですが、そのまま食べることしか知らなかった。豆腐をハンバーグのようにするのは素晴らしいですね。家でも作って、子どもに食べさせたい。エジプト料理はトマトソースを使うので、なんでもトマト味になってしまいますが、今日の料理は素材の味をしっかり感じられて、おいしいです」(マルワ)
“タイパ ” などといって効率が重視される時代。ファストフードでささっと食事を済ませて仕事に集中したい日もある。お手軽な値段でおいしい総菜やレトルト食品を購入できるお陰で助かることもある。
だからこそ、旬の食材に向き合い、自分の手で食材に触れて、丁寧に調理する精進料理は、人間が人間らしく生きる営みに立ち返らせてくれるきっかけになるのかもしれない。
「寺庵」では、訪日観光のアクティビティの一つとして精進料理作り体験する外国人も受け入れている。1回の体験では飽き足らず、旅行から戻った後に、ウェブ会議ツールを使って、定期的に精進料理教室に参加する人もいるという。
浅尾さんは「宗教は関係ありません。クリスチャンだけど、精進料理の真髄に触れてもっと学びたいという人もたくさんいますよ」
心から「いただきます」と言える清々しさが、食事をよりおいしくしてくれるのかもしれない。
写真撮影 : 野村和幸









