ワイン好き垂涎の地へ─北海道・余市で加速するツーリズム

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「ドメーヌ・タカヒコ」を筆頭に、世界に通用する日本ワインの産地として成長し続ける北海道・余市町が、「ワインツーリズム」においても飛躍的に発展しようとしている。既にワインを売りにしたホテルやレストランがオープンしており、いくつもの新規事業も進行している。北海道全体、ひいては日本のワインツーリズムの在り方を追求する余市を訪ね、キーパーソンに話を聞いた。

急速に進んだワイン産地形成

2026年3月に東京・恵比寿のダイニング「ブルーノートプレイス」で、ジャズの生演奏を聴きながら北海道・余市のワインを楽しむイベントが開催された。来場者はブースに立つ7人のワイン生産者から、生産量の少ない貴重なワインを注いでもらう。主催者側によると、1万6500円の入場チケット250枚の発売開始直後にアクセスが殺到し、サイトがパンクしてしまったという。

北海道・余市のワインを楽しむイベントのステージであいさつする、7人のワイン生産者たち
北海道・余市のワインを楽しむイベントのステージであいさつする、7人のワイン生産者たち

「近年の北海道産ワインの存在感は特別で、これほど短期間に新たな価値が生まれている例を私は知りません」。北海道開発技術センターの橋本幸理事長は同センターのニューズレターでこう賛辞を贈った。

北海道の日本海側、積丹半島の付け根に位置する余市町は、寒冷な道内では気候が比較的温暖で水はけが良く、明治時代から果樹の栽培が発展、1980年代以降はワイン用ブドウの栽培が盛んになった。しかし、2009年に長野県出身の曽我貴彦さんが移住してきて「ドメーヌ・タカヒコ」を立ち上げるまで、ワイナリーは1軒しかなかった。曽我さんのワインが愛好家に知られるにつれ、彼の下でワイン造りを学びたいという人や、余市という土地の可能性に賭けて就農する人が続々と現れ、瞬く間に産地形成が進んだ。

ドメーヌ・タカヒコの栽培・醸造責任者、曽我貴彦さん
ドメーヌ・タカヒコの栽培・醸造責任者、曽我貴彦さん

ドメーヌ・タカヒコのブドウ畑「ナナツモリ」。展望台はツーリストにも開放されている
ドメーヌ・タカヒコのブドウ畑「ナナツモリ」。展望台はツーリストにも開放されている

20年2月、曽我さんのワイン「ナナツモリ ピノ・ノワール2017」がデンマーク・コペンハーゲンの世界No.1レストラン、ノーマのワインリストに載ったことで北海道産ワインの存在が一気に世界に知られるようになった。現在、余市では20軒のワイナリーが操業している。かつて余市駅前の観光名所はニッカウヰスキーの蒸留所が立つくらいだったが、今では地元のワインを扱う飲食店が相次いで開業、インバウンドを含む多くのファンが入手困難なワインを求めて押し寄せている。ブレイクから6年、「現象」はピークアウトするどころか、勢いを増している印象すらある。

有力レストランガイドに2軒+1人が掲載

ワインとツーリズムは元来相性が良い。そもそもワインは風土を映す産物である。起伏に富んだ丘陵地にブドウ畑が広がる伸びやかな景観はそれだけで観光的価値がある。そこがお気に入りの銘柄のワインが生まれる土地なら、訪れた際の感慨もひとしおだろう。余市のワイン産地形成に伴い、ワインツーリズムの訪問先としての価値も高まっている。

余市のワインツーリズムにおける先駆者的な存在は2020年9月に余市駅前にオープンした「Yoichi LOOP」である。コンセプトは「地元ワインと美食が楽しめるホテル」。総支配人に東京の星付きレストランで活躍したソムリエを、またシェフには日本を代表する名店で修業した料理人を起用する力の入れようだ。

ハイシーズンなら1泊夕食付きで1人5万円前後と高額でありながら、開業以来高い稼働率を維持している。外国人の利用も多く、これまでに30カ国を超える国と地域からのゲストを迎えたという。現シェフの成田汐哉(せきや)さんは、東京の三つ星、カンテサンスなどで修業。「地元の食材と接するうちに、どんどん料理がシンプルになっていきます」と語る。

Yoichi LOOP。1階がレストランになっている
Yoichi LOOP。1階がレストランになっている

(左)Yoichi LOOPのシェフ、成田汐哉さん    (右)香ばしく焼いたネホッケにふきのとう味噌を混ぜた麦飯を合わせた一品。ワインは“余市第3世代の注目株”と目されるYOKA WINERYの「余香 BLUSH2024」。3品種ブレンドによる複雑精妙な味わい
(左)Yoichi LOOPのシェフ、成田汐哉さん    (右)香ばしく焼いたネホッケにふきのとう味噌を混ぜた麦飯を合わせた一品。ワインは“余市第3世代の注目株”と目されるYOKA WINERYの「余香 BLUSH2024」。3品種ブレンドによる複雑精妙な味わい

生産者も、町のツーリズムの興隆に大きな役割を担っている。例えば多くの生産者が地元の余市や札幌で優先的にワインを販売している。ドメーヌ・タカヒコの「ブラン・ド・ノワール」「オー・リー」は年間数百本生産の“幻のワイン”だが、前者は町内のワインバー「クンプウ」で、後者も余市駅前のワインショップ兼イタリアンレストランの「キヘン」で、それぞれグラスで飲むことができる。

ドメーヌ・タカヒコのオー・リー(醸造時に出る澱(おり)を生かした珍品赤ワイン)がグラスで飲める唯一の店としても知られる「キヘン」
ドメーヌ・タカヒコのオー・リー(醸造時に出る澱(おり)を生かした珍品赤ワイン)がグラスで飲める唯一の店としても知られる「キヘン」

「キヘン」は、ワイナリー・マルメガネを経営する生産者でもある大野崇さんが2025年に開いた。大野さんは東京の自然派ワイン専門輸入会社での勤務経験もあり、棚には地元のワインと共にフランスなどの自然派ワインが並び、つまみを食べながらワインが楽しめるコーナーもある。

日本ワイン推しの人たちにとってはそれだけでも余市を訪ねる動機になる。

また、曽我さんの発案で14年に始まった9月初旬の農園開放祭「La Fête des Vignerons à YOICHI」は、1500枚のチケット(1枚3000円)が発売早々に売り切れる人気イベントに成長した。参加者は試飲用のグラスを手にワイナリーを巡る。生産者とじかに触れ合うことができる貴重な機会だ。一部のチケットはふるさと納税の返礼品として、町の収入になっている。

Yoichi LOOPはフランス発祥のレストランガイド「ゴエミヨ」の2025年版に掲載された。それ以前に町内のレストラン「余市SAGRA」(26年4月北広島市に移転)も掲載されており、また曽我さんも同ガイドの「テロワール賞」を受けている。人口1万7000人足らずの小さな町から2店と1人が掲載されたのは快挙と言える。

25年秋以降、立て続けに3つ、新たなプロジェクトが発表された。米国本拠のハイアットホテルズと京都の企業が合弁で展開するラグジュアリー温泉旅館ブランド「吾汝Atona」が28年度以降に余市で開業することになった。日本航空は余市に隣接する仁木町と連携し、同町にオーベルジュを開く協定を結んだ。また駅前のホテルYoichi LOOPを経営する余市ドリームスが余市町内の登町地区に4棟のコンドミニアム「KISIN」を順次開業している。

「KISIN」の地下に設けられたワインセラー
「KISIN」の地下に設けられたワインセラー

「KISIN」の地上階のリビング&ダイニング。大きな窓からワインの生まれる風土を感じることができる「KISIN」の地上階のリビング&ダイニング。大きな窓からワインの生まれる風土を感じることができる

KISINの既に営業が始まっている棟を見せてもらった。地下には800本を収めるワインセラーがある。地上階の広々としたリビング&ダイニングやベッドルームからは余市の中でも名園として知られる木村農園のブドウ畑や街並み、さらには日本海に突き出た余市のシンボル、シリパ岬まで遠望できる。利用者はYoichi LOOPの出張シェフサービスで食事とワインを楽しめる。ワインとワインが生まれる環境に身を浸す、まさにワインツーリズムの理想が体現された場所だ。

目指すはブルゴーニュ・スタイルのツーリズム

「ツーリズム展開は思った方向に進んでいると言えます」と手応えを語るのは余市町の齊藤啓輔町長だ。2018年の就任以来、「ワイン産業による地域おこし」を掲げ、さまざまな政策を施してきた。ツーリズムは、ワイン産業クラスター(生産者、関連企業、流通、サービス・観光業などが集積し、連携することで地域を活性化する「ワインを核にした地域経済のエコシステム」)の創生に欠かせぬキーファクターだと考えている。昨今の訪問者の急増に対して宿泊施設の不足が懸念されていたが、先述の3つのプロジェクト以外にも駅周辺や海岸沿いの再開発などに新たな投資プランが進行中で、見通しは明るいという。

「新規プロジェクトの多くは高価格帯で、富裕層が少人数で利用することを念頭においたラグジュアリーなものです。一方、リーズナブルで多人数を収容できる施設の話も進んでいます。地域の特性上、ビジネスホテル的なものであってもターゲットはファミリーに特化するべきだと思います」

齊藤町長によると、余市が目指すべきワインツーリズムはワイナリーの敷地内で見学・試飲・食事などが完結するカリフォルニア・スタイルではない。ワイナリーだけでアクティビティが完結せず、ワイナリーや生産者と直接触れる機会は多くなくとも、ブドウ畑が広がる景観を楽しみ、街場の飲食店で貴重なワインを地元の料理とともに楽しめるフランスのブルゴーニュ・スタイルだという。

「すでに飲食店が集積するスポットが出来上がっていて、ツーリストが町内に滞在する流れが出てきています。冬場にはスキー目当てで近隣のニセコやキロロに来た外国人たちが足を伸ばして余市を訪ねるというケースも増えています」

ワインを核にした地域再生を目指す齊藤啓輔町長
ワインを核にした地域再生を目指す齊藤啓輔町長

町は25年2月にフランスの銘醸地ブルゴーニュのジュヴレ・シャンベルタン村と「ワイン協定」を結んだのを皮切りに、ワイン発祥の地とされるジョージアのグルジャーニ自治体、スイスの高級ワイン産地サルゲッシュ町、イタリア北部ランゲ地方の生産者組合との間で次々に国際連携を決めているが、そこにはそれぞれの産地からワインツーリズムのノウハウを学ぶという狙いも込められている。

周辺自治体との連携も視野に入っている。既に観光地として不動の人気がある小樽は、余市から車で約30分、人口195万人都市の札幌も1時間余りと近い。

「余市はいわばアーバン・ワインリゾート。これほど大都市に近いワイン産地は世界でも珍しいと思います」

世界的に都市部のオーバーツーリズムが問題となる中、ツーリストを郊外に連れ出し、拡散させるという意味でもワインツーリズムの重要性は高まっている。「余市モデル」が確立すれば、空知、函館・北斗、富良野といった道内の他のワイン産地でもそれに追随、あるいは独自色を打ち出したツーリズムモデルが出てくるに違いない。そうなれば、北海道全体に広範なワイン産業クラスターが誕生するという近未来像も見えてくる。

中井観光農園のブドウ畑から余市の街並みとシリパ岬を望む
中井観光農園のブドウ畑から余市の街並みとシリパ岬を望む

撮影=浮田泰幸

バナー写真:毎年9月に開催される余市の農園開放祭(通称“ラフェト”)でグラスを手にブドウ畑の散策を満喫するワイン愛好家たち

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