雨穴との数奇な運命:怪奇な世界観を英訳して

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人気ユーチューバーからベストセラー作家へと華麗なる転身を遂げた覆面ミステリー作家・雨穴さん。その作品は今や海外でも数多くの言語で翻訳されている。英国推理作家協会が優れた犯罪小説やミステリー小説に贈る2026年のCWA賞(ダガー賞)翻訳部門の最終6作に、雨穴さんの『変な絵』の英語版『Strange Pictures』が入った。英訳したライオン・ジミーさんが、著者との出会いや作品の魅力を語った。(文中敬称略)

始まりは妻の一言

雨穴との出会いは2022年にさかのぼる。雨穴のYouTubeチャンネルのファンになっていた妻は、私も不気味なものや奇妙なものが好きなのできっと気に入るはずだと考えた。予想は的中、私は特に長編の物語にすっかり魅了されてしまった。そして動画よりも活字が好きな私は、雨穴が2冊の本を出版していると知り、すぐに書店へ向かった。

『Strange Pictures』を手にする『変な絵』英訳者、ライオン・ジミーさん(筆者提供)
『Strange Pictures』を手にする『変な絵』英訳者、ライオン・ジミーさん(筆者提供)

1951年~53年にかけて雑誌に連載された横溝正史の推理小説『悪魔が来りて笛を吹く』の翻訳を終えたばかりの私は、雨穴のデビュー作『変な家』(2021年)を読んで、すぐに日本の古い怪奇小説とのつながりを感じた。ネタバレを避けて言うなら、横溝がたびたび描いてきた退廃的な富、田舎の閉鎖性、異様な家族の秘密といった要素の影響が、『変な家』にはっきりと感じられたのだ。

しかし私が本当に衝撃を受けたのは『変な絵』(2022年)だった。文章は簡潔で、謎解きのガイドや手掛かりに絵が使われている点もユニークだが、重要なのはその背景にある物語の構造だ。一見単純に見えて、実は極めて複雑なのだ。また、『変な家』では明らかに日本文学の影響が見られていたのが、『変な絵』では西洋的なサイコスリラーへと新境地を開拓し、現代の社会的な道徳観が前面に出ていた点も興味深かった。

「翻訳してみたら」という妻の勧めに私は一も二もなく同意した。そして英国で翻訳文学を出版するプーシキン・ヴァーティゴで一緒に仕事をしてきた編集者に雨穴の作品を紹介。2023年末からようやく『変な絵』の英訳が始まった。それから約1年後、英語版が刊行された。作品を世に送り出せたことは、関係者全員が正しかったと思っている。

ユーチューバーから作家へ

YouTubeを通じて雨穴を知ったのは私の妻だけではない。数百万に及ぶフォロワーの中にいた飛鳥新社の編集者もその一人。動画「【不動産ミステリー】変な家」を見て雨穴に書籍化を提案した。その結果、『変な家』はベストセラーとなり、これを機に雨穴の作品は次々に出版されて現在に至る。

雨穴のようにインターネットの世界から出版界に転身し、成功を収めるケースは今や一般的になりつつある。事実、日本ではKADOKAWAなどが運営する無料の小説投稿サイト「カクヨム」に投稿して成功するホラー作家が増えており、「カクヨム」は毎年、人気のある作品の作者と出版契約を結んでいる。『近畿地方のある場所について』の著者でホラー作家の背筋も「カクヨム」の出身だし、ホラーイベントプランナーで作家の梨も、作家としての第一歩を踏み出す前に、「カクヨム」と「SCP財団」(オカルト系ウィキペディアのようなウェブサイト)の日本語版で作品を発表していた。

もちろん、これはウェブサイトにライトノベルを投稿するという文化の変遷があってこそ生まれた潮流で、さらにはスマートフォンが登場する以前からケータイ小説が存在し、流行していたことも大きい。つまりインターネットは出版界で成功するための登竜門としては決して新しい手段ではないのだ。しかし、こうした傾向には変化が見られ、かつての作品はニッチなジャンルに限られていたが、今やニッチが主流のようになっている。雨穴の比類なき成功がこうした潮流に影響を与えているのは間違いない。

世界的な雨穴ブームの到来

今や世界的な作家となった雨穴だが、実のところ、雨穴とその作品がなぜそれほど人気なのか、私はつかみかねている。

雨穴のYouTubeチャンネルの登録者数は200万人以上で、動画の再生回数は多くが500万回を超えている。雨穴自身も白い面をつけたまま雑誌の表紙を飾ったり、プリクラのプリントシール機をプロデュースしたり、子どもに人気のアニメ『クレヨンしんちゃん』にも登場したりした。さらに「変な」シリーズの4作はいずれもベストセラーとなり、日本では2024年の単行本フィクションのベストセラートップ10のうち、3冊が雨穴の作品だった。海外でも似たような状況で、英国の出版社プーシキン・ヴァーティゴとハーパーヴィアは最近、両社が刊行した英語版が販売部数100万部を超えたことを祝うなど、雨穴の作品は36カ国語に翻訳され、世界で約800万部を売り上げた。

いったいなぜなのか?私は専門家ではないが、こう考えている。「インターネットでの人気を足掛かりに――とりわけYouTube動画と並行して書籍が出版されたことによる相乗効果――と世に出たタイミングこそが、作家として確かな人気の基盤を築くカギだった」と。

雨穴の執筆活動はエンタメ系ウェブメディア「オモコロ」から始まった。雨穴によれば、インターネットの世界では画像が求められがちであるため、「オモコロ」で文章の書き方を学ぶ過程で、自らの作風でもある文章と画像を組み合わせた手法を習得し、世間に知られるようになったという。「オモコロ」記事の動画版への投稿も、元はと言えば「オモコロ」の影響だったらしい。当初はおそらく読者を増やすための戦略だったかもしれない「オモコロチャンネル」を見て、自分もそれで挑戦しようと思ったようだが、次第にその活動はより重要な意味を持つようになっていく。雨穴はあるインタビューで、自身のYouTubeチャンネルについて「読書に興味がない人や、つまらない本を買いたくない人にアピールするために動画を投稿している」と話している。最近、雨穴が「オモコロ」とYouTubeに「変な家」の完全版を新たに投稿したのもそのためだろう。

コロナ禍も雨穴ブームに一役買ったはずだ。雨穴を大きく飛躍させ、後に『変な家』の出版につながる動画が投稿されたのは、2020年10月。世界中の人々が外出自粛を余儀なくされ、オンラインコンテンツを消費していた時期だ。頻繁に投稿される奇妙な動画は自宅で過ごす視聴者を引き付け、やがて書籍化されると発売当初から好調な売れ行きを見せた。

日本外国特派員協会(東京都千代田区)での会見で、『変な絵』の英語版を手にする雨穴氏(2025年1月 共同)
日本外国特派員協会(東京都千代田区)での会見で、『変な絵』の英語版を手にする雨穴氏(2025年1月 共同)

こうした日本国内での成功は、海外での人気の下地となる。海外の出版社は本国での売り上げとマーケティングを重視しがちだが、雨穴はまさにその条件を満たしていた。著者自身が黒のボディスーツに白い覆面という、マーケティングには格好のいで立ちで、SNSで拡散したりグッズを売り出したりするのに打ってつけだったのだ。

雨穴のこのような持ち味は海外の既存メディアからも注目されるようになる。英語版の出版に先立って、ロンドンの主要紙は雨穴を「日本で最も売れている犯罪小説家」「日本のリチャード・オスマン」(英国のテレビ司会者、プロデューサー兼作家)と書き立てた。書店でのディスプレイや関連商品、公共交通機関のポスター、動画の予告編などの大規模なキャンペーンも、読者の関心を高める一助となった。

もちろん作品自体が受け入れられなかったら、メディアの報道も販促活動もすべて無駄になるわけだが、そうはならなかった。雨穴の作品の英語版は各国でベストセラーのランキング入りを果たし、今年刊行された最新の英語版『変な家2 〜11の間取り図〜』は、発売直後から「ニューヨークタイムズ」と「タイムズ」のベストセラーランキングに入った。また、『変な絵』は2025年のウォーターストーンズ・ブック・オブ・ザ・イヤー(英国の大手書店チェーンが選ぶ権威ある文学賞)の最終候補に、また2026年には英国推理作家協会のダガー賞(翻訳部門)の最終候補にそれぞれ選出された。

最初に私を魅了したもの──単純そうに見えて複雑な構成、不気味な世界観、視覚的要素を生かした独創的な手法──が、他の人々をも魅了したのだろう。

私の「変な」日々は続く

雨穴の世界的な成功は、私にも影響を与えている。それは世界中で読まれている本の表紙や、さまざまな賞のノミネートリストに、著者と並んで私の名前が記載されるようになったからだ。翻訳という裏方の仕事に慣れていた私にとっては、何とも落ち着かない状況だ。しかし誤解しないでほしい。なによりもまず、私は自分がとても幸運だったと実感している。妻が雨穴の存在を教えてくれたこと、私が妻と自分の直感を信じたこと、そして他でもない自分が誰よりも先に雨穴の作品を翻訳できたことが。

今年も英語版『変な家2』が大成功を収め、2027年4月には雨穴の4作目となる『変な地図』の英語版も出版される予定だ。私の長く不可思議な旅は、まだ終わりそうにない。

(原文英語。バナー写真 © Pushkin Vertigo)

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