広島の宿・江田島荘が「ホテル界のアカデミー賞」に輝いた理由とは

旅と暮らし 地域

瀬戸内海に浮かぶ広島県江田島市。温暖な気候と豊かな自然に囲まれた宿泊施設「江田島荘」が、「ホテル業界のアカデミー賞」とも称される「World Luxury Hotel Awards 2024」で3冠に輝き、「ミシュランガイド ホテルセレクション2025」にも選出された。この小さな宿になぜ注目が集まるのか。理由を探った。

日常に触れる旅こそ非日常

瀬戸内海に浮かぶ江田島と能美島、そして周辺の島々からなる風光明媚(めいび)な江田島市。温暖な気候で、オリーブ、かんきつ類、野菜の栽培、漁業ではカキ養殖でも知られる。

JR広島駅から路面電車で30分かけて広島港へ。さらに高速船に30分揺られて到着する。地元の公共交通機関を使い時間をかけてたどり着いたこと自体が、非日常の感覚を味わうことにもなる。

江田島荘の外観。庭には海を眺められるデッキチェアが並ぶ
江田島荘の外観。庭には海を眺められるデッキチェアが並ぶ

江田島荘は長瀬ビーチの目の前に建つ。客室32の小さな施設だが、全ての客室とフロントから瀬戸内海を望むことができる。光が差し込むロビーで一息つくと、広島県の老舗店の菓子が出てきた。ロビーには江田島で採れた季節の野菜や果物を使った飲み物や菓子が並ぶ「陽だまりカウンター」も用意されている。隣接する「えたじま温泉」は地元住民の湯でもあるが、朝と夜は宿泊客専用になる。

筆者が訪れた日、カウンターには朝採れのキュウリが並んでいた。「江田島市は、県内でのキュウリ生産量が1位なんですよ」。スタッフの言葉を聞きながら食べるキュウリは格段にみずみずしく、島の恵みの豊かさを感じる。

江田島荘のラウンジにある「陽だまりカウンター」では、地元産の野菜などが味わえる(江田島荘提供)
江田島荘のラウンジにある「陽だまりカウンター」では、地元産の野菜などが味わえる(江田島荘提供)

「陽だまりカウンター」では、瀬戸内海の景色と地元の味を楽しむ客とスタッフの語らいが自然と生まれる。部屋にこもらず外に出てきてもらう“仕掛け”でもあるという。

レストランも、カキ、オリーブ、ブランド野菜などの地元食材を生かしたフレンチベースの創作料理が評判だ。

豪華さとは別のぜいたく

江田島荘が、世界トップレベルの施設やサービスを提供しているホテルを評価、表彰する賞「World Luxury Hotel Awards」を受賞したのは2024年。150以上の国・地域からホテルがエントリーし、毎年30万人以上の投票で地域やカテゴリーごとに表彰される。江田島荘はスモールホテル部門とオールインクルーシブホテル部門でアジア大陸最高位、温泉部門では世界最高位を受賞した。

目前の瀬戸内海は日本屈指のカキ養殖の拠点。「カキいかだ」が浮かぶ
目前の瀬戸内海は日本屈指のカキ養殖の拠点。「カキいかだ」が浮かぶ

主な審査基準は、サービス、ラグジュアリー、プレゼンテーションの3つ。単なる設備の豪華さだけでなく、ゲストに提供される「体験の質」に重点が置かれている。「ラグジュアリー」は、物質的な豊かさや高級感を超えた、心を満たす快適さや非日常の体験という意味でのぜいたくさを指す。

レストランの料理には朝採れの地元産野菜が提供される
レストランの料理には朝採れの地元産野菜が提供される

25年は、世界中の約7000軒のホテルを掲載する「ミシュランガイド ホテルセレクション」(国内約340軒)にも選出された。21年開業の小さな宿が、2年連続で国際的なホテル評価に名を連ねたことについて、阿部直樹総支配人は「客室や内装、設備だけでなく、周辺地域を含む空間の演出、温泉、食、景色、人などを総合的に評価してもらえた結果だと自負しています」と語る。

江田島荘の阿部直樹総支配人
江田島荘の阿部直樹総支配人

23年の先進7カ国(G7)広島サミットでは、江田島荘がドイツのショルツ首相随行団の宿泊先となった。その縁で、ドイツを中心に欧州からの長期滞在客が増えている。原爆ドームや宮島、呉など世界的に名の知れたスポットを巡った後、江田島荘でゆったりとした時間を過ごすのだ。「豪華であることと、心が満たされることは同義ではないと私は感じています」(阿部総支配人)

地域に根ざして守る「秘湯」

江田島荘でしか体験できないラグジュアリーの筆頭がえたじま温泉だ。地域は温泉を中心に人が集ってきた歴史がある。露天風呂と貸し切り風呂は瀬戸内海に面し、野趣に富んだ庭や自然の風を感じることができる。

宿泊施設に隣接するえたじま温泉(江田島荘提供)
宿泊施設に隣接するえたじま温泉(江田島荘提供)

源泉は地下1700メートルから湧く「化石海水型温泉」と推定される。一般的な火山性温泉は染み込んだ雨水が循環して湧くが、当地の湯は数万年以上前の海水が長い年月をかけて地層でろ過されるという。「地下に封じ込められた太古の海の記憶が熟成され、いま温泉として地表に姿を現している可能性がある。湯船につかり、思いをはせる時間もぜいたくの一つです。スタッフも特徴を言葉で届けられるよう理解を深め、泉質の魅力を伝える冊子もつくりました」(阿部総支配人)

泉質は、「ナトリウム・カルシウム – 塩化物強塩温泉」。保温・保湿効果も極めて高いとされる。また、ごく微量の放射線を出す「ラドン」を含む珍しい温泉でもある。毎分240リットルという豊富な湧出量で源泉温度31.8度の「源泉かけ流し」。この源泉の「ぬる湯」と、加温した「あつ湯」に交互につかることで体の芯から温まり、リラックス効果を得ることができる。

2025年には「日本秘湯を守る会」に加盟した。守る会の理念「旅人の心に添う 秘湯は人なり」が江田島荘の湯への向き合い方やスタッフを育てる姿勢に通じるとして、島に根を張る覚悟を会の幹部に伝え、承認に至った。「江田島荘の『イズム(流儀)』が伝わったのだと受け止めています。人を大切にし、地域に埋もれた資源を守る。地域に根ざして湯を守る新しい秘湯像が受け入れられたのだとうれしく感じています」と阿部総支配人は語る。

江田島荘を訪れなければ体験できない温泉の情報は冊子に丁寧に記し、チェックイン時に一人一人に手渡している。

海を眺めながら楽しめる足湯
海を眺めながら楽しめる足湯

地域資源を掘り起こし、コラボ

江田島荘のラウンジの大壁や客室の壁紙には、日本の伝統織物「紙布(しふ)」を使っている。紙布は和紙を細く裁断して糸にし、織り上げた独特の風合いと通気性を持つ。江田島市内には、国内に2カ所しかない紙布織物工場の1つ、老舗企業「津島織物」があり、江田島荘はこの紙布を使っている。

江田島荘のロビーにつり下げられた「光柱」。館内のいたるところに日本を代表する和紙作家・堀木エリ子氏のアート作品が使われている
江田島荘のロビーにつり下げられた「光柱」。館内のいたるところに日本を代表する和紙作家・堀木エリ子氏のアート作品が使われている

ラウンジには、和紙作家の堀木エリ子さんが江田島の自然や住民の話から着想を得たアート照明がある。「宇宙の良い兆しが降り注ぐ」という意味合いを持つ光柱の底面中央には、透かしで中国の聖獣「麒麟(きりん)」の図柄。大手ビールメーカー、キリンビールのロゴと同系のデザインで、江田島市出身の漆工芸家・六角紫水氏が考案したとされる。このアート作品をきっかけに、市内にはキリンビールが技術支援したクラフトビール醸造所もできた。

光柱の底には地元ゆかりのキリンビールのロゴと同じ柄の透かし絵
光柱の底には地元ゆかりのキリンビールのロゴと同じ柄の透かし絵

ラウンジのミニライブラリーには、江田島や広島に関連する本や、呉市発祥の「セーラー万年筆」の130色以上のインクも。広島県熊野町の熊野筆でそのインクを使って手紙や絵を楽しめる。

館内全体を楽しんでもらう仕掛け。ミニライブラリーには地元企業の「万年筆とインク」
館内全体を楽しんでもらう仕掛け。ミニライブラリーには地元企業の「万年筆とインク」

ホテルのデザインやサービスには地域の資源をふんだんに取り入れており、それを利用客に楽しみ尽くしてほしい、という願いを込める。

目指すのは「江田島市の誇り」

江田島荘が建つ場所にはもともと公共温泉があり、市民に親しまれていた。市が新たな観光拠点施設を整備する中で計画を練った。温泉の利用料の値上げなどもあり2021年の開業当初は地元の不満もあった。

ただ阿部総支配人は「一歩ずつ、地元の方々との距離を縮めながら、江田島の誇りと思ってもらえる宿にする」という目標を掲げ、開業前からコンセプト作りや運営手法、従業員教育を含めて宿づくりを進めてきた。宿の名は日本古来の宿を想起させる「荘」という漢字と地名を組み合わせた。館内の張り紙もほとんどが日本語だ。「日本語に触れる場所が多いほうが、その地域らしさを感じ取ることができる」と阿部総支配人は考える。

江田島荘のスタッフは約60人。その9割が江田島市民だ。採用面接は、ともに“イズム(流儀)”をつくる仲間であるかどうかを見極めるため3~6時間に及ぶこともある。宿泊施設でのサービス経験者を登用するのではなく、地元の人材と宿の”イズム”をつくることに重点を置いた。

木目調のルームキー(右)と「しおり」として活用できるカードケース
木目調のルームキー(右)と「しおり」として活用できるカードケース

地域の流儀を育てたい

こうした江田島荘のサービスは阿部総支配人の経歴と信念から生み出されたものだ。鍛え抜かれたスタッフでなくても、対応の悪さを指摘されたことはないという。「地元の中高年スタッフが台車で料理を運びやすいようにレストランの動線を台車に適した設計にしています。江田島荘ならではのサービスを極めた先にラグジュアリーな空間を作りたいからです」

敷地内には屋外ソファなど、瀬戸内海を眺めながらくつろげるスペースが点在
敷地内には屋外ソファなど、瀬戸内海を眺めながらくつろげるスペースが点在

阿部総支配人は日本ホテルスクール(東京・中野)を卒業後、シェラトンラグーナグアムリゾートでホテルマンとしてのキャリアをスタート。ハイアットリージェンシー横浜の開業や地方ホテルの再建に関わった。ブランドのチェーンホテルは人材育成を徹底し、世界中どこも同じクオリティーを保つが、地域の特性やホテルの個性が出し切れない面もある。「江田島荘は地域に根付き、ここで生きていく人々と作った“イズム”があるホテルにしたい。お仕着せの言葉や態度ではなく、自然体で接客することでお客様がよろいを脱ぎ本来の自分に戻ってエネルギーを蓄えられる宿になれる。誰かの笑顔、喜びのために動く経験は、従業員自身も、宿のサービスの芯も強くしてくれると思います」(阿部総支配人)

チェックアウトを終え、江田島荘の外に出ると宿泊客一人ひとりに声をかけ、手を振る阿部総支配人の姿があった。江田島荘ならではのサービスを追求しているその姿に、日本らしいラグジュアリーとホスピタリティを感じた。

写真:提供以外は筆者撮影

バナー写真:江田島荘の客室から望む穏やかな瀬戸内海

交通 温泉 広島 ホテル 瀬戸内海