東京で80年守り続けてきた砂窯ばい煎の麦茶 : 苦みの中に穀物の甘みがふわり広がる
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夏の水分補給の定番
じっとりと暑い日本の夏。駅まで数分の道のりを歩くだけでも、汗が吹き出して止まらなくなる。そんな夏の水分補給といえばよく冷えた麦茶。超低カロリー・ノンカフェイン・ノンシュガーだからゴクゴクと飲めるのがいい。赤ちゃんから高齢者まで広く親しまれている。
近年はペットボトルが主流になりつつあるが、かつては各家庭でばい煎した麦を大きなやかんで煮出して、ガラスピッチャーに移して冷蔵庫で冷やしておくのが一般的だった。練馬区の閑静な住宅街の一画、川原製粉所は昔ながらの製法で煮出し用の麦茶を製造している。創業は戦時中の1940(昭和15)年。現在は、創業者の孫である川原渉さんが会社を継いでいる。
「80年以上、ずっと変わらないやり方で作っているので、昔ながらの麦茶の味」だと川原さんは話す。
砂窯だから麦が爆(は)ぜる
川原製粉所のこだわりは、国産の六条大麦を使うことと、砂(珪砂)を使って麦をばい煎することだ。看板商品である「東京麦茶」は栽培期間中農薬を使わずに育てられた宮城県産の大麦を原料としている。パッケージには、レンガ組みの窯の開口部で作業する職人のイラストが描かれている。

手軽なティーパックタイプ(左)の方がよく売れるが、ひと手間かけて煮出す丸つぶの方が味わい深いという
製造現場はイラストそのままだった。「人が手間暇かけてちゃんと作っているというのを知ってほしくて、このデザインにした」と川原さんは説明する。
窯の内部、燃えさかる炎の上では砂が入った鉄製の大型シリンダーが回転しており、その中に大麦を投入してばい煎する仕組みだ 。出来上がってくる麦の状態を見ながら、職人がつきっきりで 火力と麦の投入量を調節する。
シリンダーの中に砂を入れるのは、石焼きいもと同じ原理。高温の砂から出る遠赤外線で、麦の中までしっかりと熱が入る。大手メーカーは、一度に大量の大麦を処理できる「熱風ばい煎」を採用しているが、比べてみると、砂窯ばい煎した大麦は、熱風ばい煎よりも大きく膨らんで3倍ほどの体積となっている。
これはポップコーンと同じで、熱によって内部の水分が気化して実が膨張し、その圧力で外側の皮が爆ぜて(=はじけて)粒が大きくなるのだ。硬い外皮に包まれたままの熱風ばい煎より、穀物の風味が引き出しやすくなる。
ムラが生む奥深さ
麦は2段階でばい煎する。1度目は100度前後で30秒ほど、この段階では麦はほんのり色づく程度だ。2度目は300度で90秒ほど。短時間勝負のため、調節には素早い判断がいる。その日の気温、湿度、麦の水分量が焼き具合に影響する。
川原さんによれば、「焦げる直前のタイミングでばい煎を止めるのが理想」なのだが、それには熟練の技術がいる。

2度目のばい煎で焼き上がった大麦からはもうもうと湯気が立っていた
麦粒の色の違いからばい煎度合いにムラのあるのが見て取れるが、 川原製粉所では浅いりと深いりが程よいバランスになるように職人が調節している。 薄い色の粒によって甘みが出る一方、濃い色の粒は深い色と香りを引き立たせる。これが味に豊かさを加えている。
ばい煎がそつなくできるようになるには5年ほどかかると言う。 川原さん自身が先代社長である父からばい煎を学んだ際に、いり上がった麦の色を見極めるように指示されても、当初は微妙な色の違いが全く判別できなかったと振り返る。
現在、ばい煎する技術を持っているのは川原さんを含め4人。工場の中は冷房はなく、窯の近くでは気温が45度に上昇していた。窯の番をする職人はファン付きのベストを着て、熱中症にならないように水分・塩分の補給に気を付けながら作業しているというが、高齢の職人には厳しい環境で、生産量は1日800キロが限界だ。
日常の飲み物だからこその価値
麦茶は特別なお客さまに出すというよりも、家族や親しい友人と飲む普段使いの飲み物。川原さんは、だからこそ “本物” であることにこだわる。
「製造規模が違うので、大手メーカーには価格競争では勝てないのは分かっている。値段は少し高くなるかもしれないが、やっぱりうちの麦茶がおいしいって言ってくれるお客さんのために頑張って作っていきたい」と考えている。
工場にも、ひっきりなしに麦茶を買い求める人がやってくる。自転車でやってきた常連さんは、砂窯ばい煎麦茶の30年来のファンだと言う。「これ飲んじゃうと、ペットボトルのは物足りなく感じるのよ。ティーパックは水出しでも作れるけれど、煮出して飲んだ方がおいしい。出がらしは植木の土に混ぜて再利用している」と教えてくれた。
昨今の日本ブームやインバウンド需要を考えると、より高級感を前面に出した商品にも需要があるかもしれないが、川原さんはそうした戦略を念頭に置いていない。「いま私たちができる最高のものをこの値段で販売しているので、もっと高い価格帯で販売するならばそれに見合った加工や原料調達をした上でないといけないかなと思います」。売れそうなら、値段を上げるというのは「道義的によくないことだ」という信念がある。
年間を通して、暑くなるのが早くなり、涼しくなるのが遅くなったため、「そもそも忙しい期間がだいぶ長くなったので、新製品を開発する余裕もない」と笑う。
継続することの価値
今年で創業86年。川原さんは自分の代で100周年まではやれそうだと語るが、将来の事業継続の計画はこれから描いていかなければならない。
同じ製法を次世代に伝えるための目先のハードルは窯の寿命だ。外側のレンガは祖父と父が組んだものだが、シリンダーの鉄はやせていくので近い将来の交換は避けられない。
現在使用している窯のメーカーからは、職人の高齢化のため新しいものは作れないと告げられている。別のメーカーを探して見積もりを取ったものの、高額な上に、長年守ってきた味が変わってしまうのではないかという心配が先に立つ状況だ。
祖父、父から受け継いできたものを守っていくために、自社の努力だけでは解決できない現実がそこにある。
川原さんは次世代に麦茶を伝えつつ、海外に販路を拡大することを願っている。近年はアジアのみならずヨーロッパやアメリカからも引き合いがあると言う。「麦茶を世界に広めていきたいという思いはあります。若い頃、バックパックを背負って世界を旅していたこともあり、自分が行ったことのある場所に自分が作った麦茶が置いてあったらうれしいだろうなと思います」
ローストした大麦の飲料はヨーロッパにもある。日本のように水分補給のためにゴクゴク飲むというよりも、コーヒーの代用品としての側面が大きい。イタリアのカフェ・ドルツォ(caffé d’orzo)、スペインやラテンアメリカのカフェ・デ・セバダ(café de cebada )は、ばい煎した大麦をひいた粉を使い、ミルクや砂糖を加えて飲む。そうした土地には、麦茶を受け入れる素地があるのかもしれない。
数年前に台湾を訪れた際に、スーパーの売り場の棚に「東京麦茶」を見つけた時には格別な思いがした。「日本での売価よりもちょっと高めの設定だったので、売れるかなと心配していたのですが、ちゃんと売り場に並び、手に取ってくれる人がいると思うと感慨深かったです」
長い歴史を守りながら、少しずつ外の世界へと販路を広げていく。フル稼働の工場には麦の香ばしい匂いが立ち込めていた。
写真撮影 : 野村和幸
バナー写真 : 鍋で煮出していれた東京麦茶







