今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:6月12日

元号法が施行

1979(昭和54)年 元号の法的根拠となる元号法が公布され、同日施行された。 天皇制の象徴として一部から批判のあった元号は、日本国憲法、改正皇室典範には記述がなく、戦後長らく慣習として「昭和」が使われてきた。今上天皇在位中に法制化が必要として大平正芳内閣が国会に法案提出し、賛成多数で成立。元号法は「元号は、政令で定める」(第一項)、「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める」(第二項)の本則2項のみで、付則で「昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする」と法制化された。

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その他の出来事

日本初の鉄道が部分開業

1872年(旧暦:明治5年5月7日) 日本初の鉄道である新橋駅(のちの汐留貨物駅、現在廃駅)‐横浜駅(現桜木町駅)のうち品川‐横浜間で仮営業を開始。初日は2往復のみ運行し、翌日から6往復に増便された。同年10月14日(同9月12日)、新橋‐横浜間の開業式典が新橋駅で行われ、翌日、全線での正式営業が始まった。運行本数は1日9往復。

原子力船「むつ」が進水式

1969(昭和44)年 原子力船「むつ」の進水式が石川島播磨重工業(現IHI)東京第2工場で、皇太子夫妻(現上皇夫妻)、佐藤栄作首相らが出席して、開催された。原子炉据え付け、燃料装荷が終わり、74(同49)年に試験航行を行ったが、放射能漏れが発生。係留地の青森県むつ市で漁民らの寄港反対運動が起こり、洋上漂流。78(同53)年に長崎県佐世保市の受け入れが決まり、改修工事が行われた。91(平成3)年に原子力航行が1年弱行われただけで、原子炉を外され、「日本初の原子力船」は事実上最後の原子力船として役割を終えた。

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大平首相、衆参同日選のさなかに急逝

1980(昭和55)年 衆参同日選挙中に大平正芳首相が急死。史上初のダブル選挙は、大平内閣不信任案が自民党反主流派の造反でまさかの可決となり、「ハプニング解散」となって行われた。先に告示された参院選の第一声演説の後、大平首相は不調を訴え、翌日虎の門病院に入院。一時は回復したが、心筋梗塞による心不全で逝去。享年70歳。6月22日の選挙では、同情票効果もあり自民党が衆参両院で安定多数となる圧勝となった。

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