【4K動画】兼六園に立つ芭蕉の句碑:金沢市

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最大級の外様大名だった加賀前田家は、徳川幕府への配慮から武威を誇らず、芸術文化の振興に力をそそいだ。金沢市の中心部にある兼六園は数寄(風流好み)の象徴ともいえる。5代藩主綱紀(つなのり)が作庭を始め、歴代藩主が巨費を投じ日本三名園の一つとされるまで拡充した。

園内には見どころが多い。霞ケ池のほとりにある2本足の「徽軫灯籠(ことじとうろう)」は琴(こと)の糸を支える琴柱(ことじ)に似ているので、この名が付けられた。兼六園を撮影する際の点景として、よく使われることで知られる。夕顔亭は安永3(1774)年に建てられた園内最古の建物。茶会に用いられた茶亭で、屋根のふき替えなどの補修を行って江戸中期の姿を保持している。四十数本もの根が地上2メートルの高さに盛り上がった根上松(ねあがりまつ)も必見のスポット。

紀行文『おくのほそ道』を著した俳聖・松尾芭蕉は東北・北陸道を巡る旅の途上、金沢を訪れた。それを示す芭蕉の句碑が園内に立つ。

「あかあかと日はつれなくも秋の風」。

風雪にさらされて判読しにくいが、強い日差しが照りつける残暑の中で触れた秋の気配を詠んだ句が刻まれている。

「あかあかと」の句碑は寺町寺院群の成学寺(じょうがくじ)にもあり、金沢で最も古い芭蕉の句碑という。

映像:金沢ケーブル「なぜか金澤〜見つけて加賀・能登」より

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