能登国分寺跡:石川県七尾市【動画】

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能登半島は、718(養老2)年に現在の福井県あたりとなる越前国(えちぜんのくに)から分離独立し、「能登国(のとのくに)」と呼ばれるようになった。

古くから日本海航路の要所として栄えた能登半島

当時の政治を執り行った国府は七尾市内にあったとされるが、その所在地は現在も不明。しかし、往時をしのばせる貴重な史跡が文化財として残されている。

1970(昭和45)年から発掘調査され、整備された能登国分寺公園

能登国分寺は約400年にわたって、能登の仏教の場として栄えた場所。741(天平13)年、聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、当時の国ごとに寺院の建立を命じた。能登国では、100年あまり経過した843(承和10)年に国分寺を制定。疫病や飢饉(ききん)による困窮のために新しい寺を建てる費用がなく、この地方を支配していた一族が建てた寺を国分寺として昇格させたと伝わる。金堂や回廊などを設けて、9世紀には伽藍(がらん)の体裁が整えられたという。

能登国分寺展示館に飾られる再現模型

現在は実物大の門や遺構が復元され、能登国分寺展示館も隣接する史跡公園となっている。

五重塔の礎石が並ぶ塔跡

●アクセス情報

JR七尾線「七尾」駅から市内循環バス「まりん号」(順回り)で「能登国分寺公園口」まで約9

映像提供=金沢ケーブルテレビネット「なぜだか金澤~見つけて加賀・能登」
(バナー写真=能登国分寺跡の南大門)

 

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