“人工冬眠”のマウス実験に成功…人間も可能?栄養補給はどうする?研究者に聞いた

科学

  • 筑波大学の教授らがマウスの「人工冬眠」に成功
  • 脳に化合物を投与することで、“冬眠に近い状態”になることを発見
  • 人間に応用する場合の課題についても聞いた

筑波大学の教授らがマウスで“人工冬眠”に成功

クマなどの一部の動物が行う「冬眠」。今のところ、その詳しいメカニズムは明らかになっていない。

こうした中、筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構の櫻井武教授らと理化学研究所のグループが、自然界では冬眠しないマウスの「人工冬眠」に成功したというのだ。

冬眠のメカニズム(提供:筑波大学・理化学研究所)
冬眠のメカニズム(提供:筑波大学・理化学研究所)

研究結果がイギリスの科学雑誌「Nature」に11日付で掲載されたのだが、通常は冬眠しない動物を“冬眠に似た状態”にできたのは初めてだという。

これにより冬眠のメカニズムの解明や、人間の「人工冬眠」に関する研究が進むと期待が高まっている。

マウスの脳の一部を刺激すると“冬眠に似た状態”に導ける

櫻井教授らは「マウスの脳の一部を刺激することで、人工的に冬眠に似た状態に導ける」としているのだが、一体どういうことなのか?

櫻井教授らはマウスを使った実験で、マウスの脳の一部に存在する“神経細胞群”に、化合物(CNO)を投与して刺激すると、体温や代謝が数日間にわたって著しく低下することを発見。

約37度だった体温は約24度と外気温近くまで下がり、酸素の消費量などの代謝も大幅に低下するなど“冬眠に近い状態”になったというのだ。


なお、この“神経細胞群”を「Q神経(休眠誘導神経)」と名付け、Q神経を刺激することによって生じる低代謝の状態を「QIH」と名付けている。

QIHの状態(筑波大学・理化学研究所)
QIHの状態(筑波大学・理化学研究所)

櫻井教授らはこの研究によって、「人間でも冬眠を誘導できる可能性が示唆された。QIHの発見によって人工冬眠の研究開発が大きく前進したと言える」としている。

人間でも「人工冬眠」を実現できる可能性があるようだが、実現のためにはどのような課題があるのか? また、実現したら、どのようなことに活用されるのか?

筑波大学の櫻井武教授に話を聞いた。

ずっと冬眠状態にする場合は栄養管理が必要

――マウスに化合物(CNO)を投与すると、冬眠状態はどのぐらいの時間、持続する?

CNOを1回投与すると、48時間程度、室温とほぼ同じ体温が続きます。その後、徐々に回復し、1週間かけて、元の状態に戻ります。

CNOを再投与することによって、ずっと冬眠状態にすることも可能ですが、栄養管理が必要になります。


――今回は、栄養補給はしなかった?

していません。冬眠状態にある間、マウスは全く食べていませんが、代謝が落ちているため生存しています。


――ずっと冬眠状態にする場合、栄養管理はどのような方法が考えられる?

現時点では、「IVH(中心静脈栄養)」が最も適切と考えられます。IVHとは、中心静脈という太い静脈にカテーテルを刺し、そこから高カロリーの輸液を注入して、栄養を摂取する方法です。

ただし、冬眠状態にあるマウスはかなり代謝が落ちているため、通常のIV(静脈注射)でも問題ないかもしれません。


――冬眠状態にあるマウスはどうやって起こすの?

何もしていません。自発的に戻ります。

――冬眠状態にあったマウスと、そうではないマウスを比較すると、体の状態に違いや異変は見られた?

冬眠状態にあったマウスが完全に回復した後、様々な行動実験や、各組織の病理診断をしましたが、異常は見つかりませんでした。

人間に応用する場合の課題は?

――「Q神経」を人間が持っている可能性はある?

「Q神経」と同じ神経細胞は人間にもあります。

ただし、機能は調べていません。同じ哺乳類ですし、同様の機能を持っている可能性は非常に高いです。


――今回の研究結果を応用し、人間を「人工冬眠」させるためにはどのような課題がある?

マウスに投与した「CNO」のように、人間の「Q神経」を刺激することのできる化合物の開発が必要になります。


――人間の冬眠状態を長期間、継続する場合、どのぐらいの量の栄養をどのようなかたちで補給すればよい?

「人工冬眠」の目的にもよりますが、近未来の救急医療やICUの現場であれば、「IVH(中心静脈栄養)」をするのがよいと思います。

未来の宇宙旅行を想定するならば、それにプラスして、呼吸ガスや体温のモニターなどを設置し、消費カロリー分を適時、補充するようなシステムを組み込めばよいと思います。

病気の進行を遅らせることが可能になるかも!?

――人間の「人工冬眠」が可能になった場合、どのような活用法が考えられる?

恒温動物である哺乳類や鳥類の体温は、環境の温度が変化しても、通常、37℃前後の狭い範囲に保たれていて、これにより、脳機能をはじめ、多くの生理機能がフルに発揮できます。

その反面、体温を外気温より高く維持することは、多くのエネルギーを必要とします。

そこで一部の哺乳動物では、冬季や飢餓など食物が十分に得られない状況下において、体温を下げて、必要なエネルギーを節約する戦略をとります。つまり、「冬眠」と呼ばれる“低代謝状態”です。

冬眠する動物は、長期にわたり、低体温・低代謝の状態で過ごし、その間、能動的な行動もほとんど見られず、さまざまな生理的機能は大幅に低下します。

通常、酸素消費量の大幅な低下や低体温は組織障害をもたらしますが、冬眠では復温(低体温状態から元の体温に戻ること)に伴い、いずれの組織にも何らの障害なく自発的に回復し、筋委縮も見られません。

この特性は、臨床応用に用いられる、大きな可能性を持っています。

人工冬眠の活用(提供:筑波大学)
人工冬眠の活用(提供:筑波大学)

――具体的に、臨床応用に用いられる大きな可能性とは?

虚血性心疾患、脳卒中、呼吸障害をはじめ、酸素の供給が組織の需要を下回るために起こる、致命的な病態は枚挙に暇がありません。

ところが、冬眠状態では酸素の需要そのものが大きく下がっており、冬眠状態の人工的な誘導によって、酸素供給と需要のミスマッチを解消することができます。

また、体の組織そのものの代謝が大きく下がっており、障害そのものも、ゆっくりと進みます。

このことは、“救急医療、あるいは移植医療における臓器保全”、“慢性進行性疾患の進行を遅らせること”や、将来的には“長期間にわたる宇宙旅行における人工冬眠の実現”に至るまで、大きなメリットをもたらす可能性を秘めています。

また、低代謝状態のもとで、どのように体の組織が正常に維持されるかなど、解明されていない部分が多く、このことが解明されれば、さまざまな体の組織の保護という面でも、重要な知見を得られる可能性があります。

 

人工冬眠が実現した場合の具体例について、筑波大学と理化学研究所のグループは「例えば、重症を負った患者を搬送する際、治療開始までの時間を稼がなければならない危機的状況において、人体の酸素・エネルギーの需要を安全に低下させ、臓器や組織が受けるダメージを最小限に食い止めることで、今までは救えなかった命を救える可能性がある」としている。

SFの世界のイメージだった人間の人工冬眠が、現実のものとなる日もそう遠くないのかもしれない。
 

(FNNプライムオンライン6月15日掲載。元記事はこちら

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