『風俗に福祉が負けない社会』へ 孤立化するシングルマザーが社会に寄り添える“接着剤”を

社会

  • 「男に狂っていた」加害者報道の行き着く先は
  • 日本のシングルマザーは働くほど貧困になる
  • 多様な子育てを認める社会が子どもの命を守る
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幼い子どもが放置され死亡する痛ましい事件が、相次いで起こっている。

こうした事件が起こる度に、メディアは「社会のあり方や子どもを守る仕組み作りを考えないといけない」と訴える。悲劇を繰り返さないための仕組みとは何か検証する。

「男に狂っていた」加害者報道の行き着く先は

3歳の娘、稀華(のあ)ちゃんに十分な食事を与えず餓死させた疑いで、母親の梯沙希(かけはしさき)容疑者(24)が7月7日に逮捕された。梯容疑者は6月に知人の男性に会うために鹿児島へ出かけ、8日もの間、稀華ちゃんを東京・大田区の自宅に放置していた。

7月24日、筆者は事件現場となった大田区にある梯親子の自宅前を訪れた。ベランダの外には亡くなった稀華ちゃんに花束が供えられていたが、事件発覚直後に置かれたのか、すでに枯れ始めていた。

梯親子の自宅だった現場の前には花束が供えられていた
梯親子の自宅だった現場の前には花束が供えられていた

逮捕後メディアは一斉に、梯容疑者について「男に狂っていた」「容疑者自身も幼少期に虐待にあっていた」と報じた。

こうした加害者報道について、ソーシャルワークや社会保障制度に詳しい慶應大学教授の井手英策氏は、「見慣れた風景」だと語る。

「これらの報道は『結局どちらかわからない』に行き着き、同じような事件がまた繰り返されることになります。事件を彼女の人格のせいだと割り切るのはおかしくて、彼女自身も追い詰められ、生きづらかったことが事件の背景にあるはずです。また一方で、子どもの時に虐待を受けたからという理由付けもおかしくて、自分が虐待を受けても子どもを大切に育てている人もいるわけです」(井手氏)

慶應大学の井手教授は「加害者報道は『結局どちらかわからない』に行き着く」と語る
慶應大学の井手教授は「加害者報道は『結局どちらかわからない』に行き着く」と語る

孤立化する母親に寄り添う社会の仕組みがあれば

井手氏は「だからこそ、虐待の連鎖を生まないような社会システム作りを議論しなければいけない」という。

「虐待を受けた子どもが健やかに育つ仕組みや、健やかに育てなかった大人が抱え込む生きづらさや苦しみに対して、寄り添う仕組み作りの議論が必要です。報道はそれ以前で終わってしまっているのです」

また、困窮家庭の子どもの学習支援を行っているNPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長も、今回の事件報道についてこう語る。

「お母さんにいろいろ問題があった、彼女自身が虐待されていたとの報道もありますが、お母さんをバッシングすれば、それを見て怖いなと思った人が益々虐待を隠すことになります」

NPO法人キッズドアの渡辺理事長「お母さんをバッシングすると益々虐待が隠される」
NPO法人キッズドアの渡辺理事長「お母さんをバッシングすると益々虐待が隠される」

そして渡辺さんは、梯容疑者の周囲に対して疑問を呈する。

「そもそもシングルマザーが夜仕事をしていれば、子どもが放置されているのではないかと周囲が気づいていいはずです。なのに、『働いて子どもを育てないといけないんだから仕方ないよね』と見て見ぬふりをしていることが問題です。お母さんと子どもが一緒にいられるような社会の仕組みがあれば防げたのではないかと、こうした事件が起こる度に思います」

江戸川区では子育てで悩む親に相談の場を

「入り口のところでもう少しお母さんを支えていれば、こんなにひどいことにはならないと感じています」(渡辺さん)

キッズドアでは今年4月から江戸川区からの委託を受けて、「子育てひろば」を運営していている。ここでは乳幼児の見守りのほか、子育てで悩んでいる親がいれば保育士や臨床心理士が無料で相談に乗っている。

江戸川区の「子育てひろば」
江戸川区の「子育てひろば」

「保育園はシングルマザーのセーフティネットですが、保育園の職員は子どもで手一杯ですし、そもそも家庭へのソーシャルワークは、保育園の本来の仕事ではありません。孤立するお母さんを支援しないと虐待は無くならないので、子育てひろばでは地域をあげて子育てすることを目指しています」(渡辺さん)

この施設にこれまで訪れたお母さんは、子どもの発育・発達に関する相談がメインだったという。ここで勤務する保育士の古林いづみさんは、「私たちはお母さんの窓口となって、ご相談をあるがままに受け止め、話を伺います」と語る。

また臨床心理士の諏訪弘恵さんは、主に施設にやってくる中高生と接しているが、職員間で情報交換をしたり、家庭のことを子どもからさりげなく聞くこともあるそうだ。

左からキッズドアの石野絢子さん、保育士の古林いづみさん、臨床心理士の諏訪弘恵さん
左からキッズドアの石野絢子さん、保育士の古林いづみさん、臨床心理士の諏訪弘恵さん

風俗に福祉が負けない社会の仕組みとは

「『風俗に福祉が負ける』という言葉があります」と渡辺さんはいう。

「風俗で働くお母さんは『風俗がなかったら子育てできなかった』と私にいいます。『私にとって水商売や風俗くらいしか、優しい言葉をかけてくれるのはありませんから』と」

タレントの岡村隆史氏の風俗に関する発言が問題となったが、渡辺さんは「発言は良くないけど、社会を変えていかないといけない」と強調する。 

「お金が無くなったら女性は風俗で働けばいいんだと、何となく社会がそう思っている。社会全体で子育てをする仕組みに変えていかないといけません」

では今回の母親の行動をどうすれば止めることが出来たのか?井手氏はこう語る。

「この女性は男性を追いかけて鹿児島に行ったと聞いています。つまり、なぜこの女性は子どもを犠牲にしてまで男性に依存したのかという疑問にきちんと答えを見つける人、ソーシャルワーカーが必要でした」

ソーシャルワーカーとは、病気や障害、生きづらさを抱える人やその家族に対して助言や支援を行う人で、社会福祉士や精神保健福祉士などの資格を持つことが多い。

お母さんを地域と行政に繋ぐソーシャルワーカー

「ソーシャルワーカーは、悩み事を抱えた人の置かれた環境自体を変えるために、行政の仕組みやNPOをどう利用すればいいのか助言し、ほかの専門領域のソーシャルワーカーとも連携しながら、具体的にどうアシストするのかを考えます。つまり、生きづらさを解消するために、地域の人的・制度的資源を総動員する『接着剤』の役割をもつのです」(井手氏)

社会福祉士の登録者数は全国で約22万人。地域の中の民生委員・児童委員は、全国で約23万人いる。しかし「ソーシャルワーカーがいま日本には不足しています」と、井手氏は指摘する。

「男性依存はメンタル、つまり福祉の問題ですが、育児放棄は保育や教育の問題でもあるので、1人の専門家や1つの行政窓口では対応出来ないのです。さらに児童相談所も人員的に限界があり、子ども、さらには親の心の闇にじっくりアプローチする余裕を持てていません。だから行政は縦割りを排して総合対応の窓口をつくり、地域と行政の接着剤になる人材を職員として採用する方向に向かうべきですし、これをやらない政治は無責任です」

キッズドアで子育て中の母親たちの支援に携わる石野絢子さんはこう語る。

「『困りごとを公にしたくない』という気持ちを持つお母さんが多いように思われます。ですから、こちらからアプローチする仕組みを作って、本当に困っているお母さんを見つけることが大事だと思っています。こうしたお母さんの相談を受けたときは、私たちがいろんな行政サービスにつなげることが重要なのです」

日本のシングルマザーは働くほど貧困になる

一方、経済苦が生む悲劇をどうするか。

生後3カ月の赤ちゃんが自宅で放置され死亡した事件で、7月24日に逮捕された母親の坂元愛容疑者(30)は、「生活費を稼ぐために外出していた」と供述しているという。

「生活費を稼ぐために外出していた」と供述している坂本愛容疑者
「生活費を稼ぐために外出していた」と供述している坂本愛容疑者

こうした事件の背景について井手氏は、「日本は先進国の中でも例外的に、親が働きに出ると貧困率が上がる」と語る。

「日本ではひとり親の約9割がシングルマザーですが、非正規でダブルワーク、トリプルワークをしながら子育てするしかないので、給料より生活保護の方が高くなるのです」

にもかかわらず、日本のシングルマザーの就労率はトップクラスだ。その理由を井手氏は、「働かざる者食うべからず」の日本社会の価値観があるからだという。

「働きもしないで生活保護に頼っているのは情けないという価値観がありますから、無理をしながら働きに出て、結果的に益々貧しくなります。『生活保護を使っていいんだよ』といえる社会にしなければいけないし、生活保護だけで十分なのかということを議論しないといけません」(井手氏)

「あと3万円あれば子どもに何か買ってやれる」

困窮する母子家庭と日頃接している渡辺さんもこう語る。

「シングルマザーの中には、特別給付金をもらえることでさえ理解していない方がいます。彼女たちはいままでも『助けてほしい』と国にいってきたけど、結果的に助けてもらえなかった。だから政府が支援策を用意したといっても、それが自分たちのものだと思っていない人が多いんですね」

渡辺さんは、「こうした家庭は月にあと3万円あれば大きく変わる」と強調する。

「残念ながら日本では、高齢者だけが年金など『ベーシックインカム』をもらっていて、子育て世代にはほとんどありません。これまでシングルマザーたちと接してきた実感として、あと3万円あれば彼女たちの生活は変わると思っています」

さらに渡辺さんはこう強調する。

「働いてもお金が無くて、子どもに我慢させる荒んだ生活を送っている家庭は、月にもう3万円は働けません。あと3万円あれば、土日どちらかを休んで子どもと過ごすとか、夏休みに2泊くらいは旅行に行けるとか、子どもに何か買ってやることができます」 

社会サービス無償化と置き去りの厳罰化を

一方、「欲望の経済を終わらせる」などの著書を持つ井手氏は、「ベーシックインカムでは無く、ベーシックサービスこそ必要だ」と訴える。

「僕はお金をあげるんじゃなくて、経費を安くする社会をつくろうといってきました。最近、幼稚園や保育園が無償化されましたが、さらに大学、病院、介護、障がい者施設を全員無償にすれば、お金を心配しなくてもいい社会になります」

「子どもを虐待する親は、自分が将来不安におびえ、子どもに教育の機会を与えようとしてもそれが出来ないから自分を責め子どもを虐待します。働いたお金の一部を税金、つまり暮らしの会費として支払い、貯金が無くてもみんなが安心できる社会をつくることを目指すべきです」(井手氏)

渡辺さんは、幼児の命が危険に晒されるのを回避するため、置き去りの厳罰化を提案する。

「海外にもある、子どもを置き去りにする親に対する処罰法を、日本でもつくるべきです。こういうとお母さんたちから『法律が出来たら私が罰せられる』『支援策がセットでないとさらに辛くなる』という声が上がります。しかしそれは逆で、法律にすることによって、お母さんは頑張らなくてもいい。お母さんは『法律があるから私は行けません』といえば、周りが助けてくれるようになります」

多様な子育てを認める社会が子どもの命を守る

日本には「お母さんがこうあるべきという、無言の圧力が社会にある」(保育士古林さん)ために、お母さんが育てられない場合の、他の選択肢が用意されていない。多様な子育てが認められる社会を実現しないと、子どもの命はもはや守ることが出来ない。

親の子どもへの虐待やネグレクトは、行政のどの部署の管轄という話では無く、地域社会や国全体の問題だ。親に「自己責任」だと押し付けても、何の解決にならない。

「虐待はハイリスクのところだけで起こるのではなく、どこでも起こるという意識が必要」(臨床心理士諏訪さん)なのだ。

子どもの命が失われていく社会を一刻も早く変えるのは、政治の役割である。国会に持ち込むボトルの色を議論している暇などない。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

(FNNプライムオンライン7月28日掲載。元記事はこちら

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