父の背中を追い9歳から野馬追に出陣…コロナ終息や震災の鎮魂への騎馬武者の思い

社会

  • 父の背中を追い9歳で野馬追に初陣
  • 心を砕いた東日本大震災…失った家族や馬
  • 来年の野馬追や伝承を相棒と約束
  • 父の背中を追い9歳で野馬追に初陣
  • 心を砕いた東日本大震災…失った家族や馬
  • 来年の野馬追や伝承を相棒と約束

福島県南相馬市の菅野長八さん。
農家の家に生まれ幼いころから馬とともに暮らしてきた。
相棒の「ヤマカツハクリュウ」。


知人に預けながら毎月欠かさず世話に訪れ、野馬追に出陣することを楽しみにしていた。


菅野長八さん:
今年はこういう状況でとりやめにはなったけれども、もちろん来年はあるものと信じてるし、それを楽しみというかそういう方向性で


父の背中を追い9歳で初陣を飾った菅野さん。
これまでの出陣回数は47回を数え、母親が衣装を作り、妻と娘が見守る中、息子や仲間と出陣してきた。



菅野さんの心を砕いた「東日本大震災」

野馬追とともに生きてきた菅野さんの心が砕けたのはあの日。
2011年3月11日、南相馬市の沿岸部に津波が押し寄せ、600人以上が犠牲になった。


海岸からほど近い場所にあった菅野さんの自宅も流され、母のハルヨさん、次男の武身さん、長女のあゆみさん、そして自宅に向かっていた妻のまち子さんを失った。
そして飼っていた馬2頭も犠牲に。
近所の女性から聞かされたのは避難直前の娘と息子の様子だった。


菅野長八さん:
息子は避難するにも馬をどうするか迷っていたんでないかって。俺に関わることで逃げ遅れたんだなとうんと感じてんのな、今でもそうだけどな

家族は馬や甲冑などを運び出そうとして犠牲になったのではないか。
悲しみにくれながらも菅野さんはその年の野馬追に出陣した。


菅野長八さん:
息子が「何やってんだ親父」って。見物人でいたらば先に逝った家族ががっかりするようなイメージを感じた。野馬追に出ることで先逝った家族に対しても元気でいる証明みたいな部分があった

規模を縮小で開催した出陣式

2020年7月25日。
各騎馬会から代表者だけが参加し、大幅に規模を縮小して行われた出陣式。


軍師訓示:
見えない敵に屈することなくこれより相馬地方領民の安寧と繁栄を祈って進軍する!

毎年、全国から16万人の観光客を迎える伝統の祭りも2020年は新型コロナウイルスの影響で、甲冑競馬や神旗争奪戦が中止になり、神事だけが執り行われました。

相馬野馬追・相馬行胤総大将:
参加できない騎馬武者の思いであったり、ご覧になられない皆様のお気持ちだったりをかみしめながら出陣して、来年無事に開催できることを願っております


誰もいなくなった相馬中村神社に菅野さんの姿はあった。

菅野長八さん:
コロナウイルスの終息も合わせてよろしくお願いします


次の使命は「伝統の祭りの伝承」

野馬追が今は唯一の生きがいと話す菅野さん。
全身全霊で伝統の祭りを後輩に伝えていくことが使命だと感じている。

菅野長八さん:
領民の安寧とか震災の鎮魂とかそういう部分も含めての野馬追としてやってきたわけです。相馬野馬追を伝承、伝えていくことにやっぱり関わっていかなくちゃいけないなという考えでいます

菅野さんは相棒とこんな約束を交わしていた。

菅野長八さん:
来年頑張ってもらうぞ、今年はしょうがねえな。みんなもそうなんだから我慢するべな。その代わり来年はいい野馬追やるぞ、わかった?


ーーなんて言ってます?

菅野長八さん:
わかったって言った

野馬追とともに生きてきた1人の騎馬武者は家族の思いを背負いながら前を向いていく。

(福島テレビ)

(FNNプライムオンライン8月1日掲載。元記事はこちら

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