チームのために自らメンバー外に。広島・広陵高校の控えメンバーが見せた誇りと決断

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全国制覇3回、準優勝7回の高校野球の名門・広島県広陵高等学校。

1911年に創立した広陵高校硬式野球部は甲子園通算72勝を誇り、金本知憲、二岡智宏など、プロ野球界に数多くの名選手を輩出し、現在現役選手の数は全国3位だ。


選手たちが着ているTシャツは、甲子園中止が決定した直後、広陵OBの巨人・小林誠司と広島・野村祐輔が3年生のために特注で制作したもので、約30年に渡って野球部を指導する中井監督の似顔絵と、「人生で輝け」の文字がプリントされている。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で「甲子園」が無くなった高校球児たちは、“最後の夏”に何を目指し、何を思うのか。

球児たちのリアルに迫った。


 

自らの出番が無くなっても「ガチでいきたい」

2017年に、清原和博の記録を抜く、1大会6ホーマーを放った中村奨成を擁し、夏の甲子園で準優勝を飾った広陵高校。


その活躍を見て、翌年に甲子園優勝を目指し入学したのが、44人の3年生たちだ。

親元を離れての寮生活で、どんなに苦しくても全てを捧げて戦ってこれたのは、甲子園があったからだ。

しかし2020年5月20日、新型コロナウイルスの影響で、第102回全国高等学校野球選手権大会の中止が決定。戦わずして甲子園の夢が散ってしまった。

中止の発表を受け、各都道府県の高野連は独自の大会を設けた。これに日大三高や健大高崎、関東一高など全国の名門校の監督たちは、甲子園を奪われた3年生に晴れ舞台をと考えていた。

甲子園に行くためには20人という限りがある枠を、学年に関係なく完全実力主義で選ぶのが名門校の常だが、今年は3年生中心のチームを作る。


広陵高校も例に漏れず、「オール3年生で行こうと思いました。かわいいからですよね。
1ヶ月とか1年とかの1〜2年生ではなく、2年3カ月くらい付き合った3年生達の方が当然かわいいし、頑張ってほしいし、もっと伝えたいことがたくさんあった」と、中井監督も素直な思いを口にする。

広陵高校硬式野球部の部員151人のうち、3年生は44人。
今回の大会では試合ごとのメンバー入れ替えも可能なため、中井監督は3年生全員のメンバー入りを計画していた。

しかし3年生のある選手が「中井先生に一番強いチームで試合をしたい。『ガチでいきたい』と伝えました」と真っ直ぐに目を見据えて話した。


3年生への晴れ舞台ではなく、実力主義での戦いを申し出た後藤奨貴(しょうき)選手。

中学ではクリーンアップを務める有望選手で、「自分が打って守って甲子園に行くという気持ちで広陵高校に入りました」という。

しかし名門の壁は厚く、活躍はならず、今回初めて背番号を付ける機会が巡ってきたが、チームのためにそれを辞退。自らメンバー外となったのだ。

「自分たちの思い出作りの大会ではないので、広陵が勝たないといけないので、勝つためには自分たち3年生ではなくて、ガチでいきたいというのを伝えました」

決断を下した後藤選手に、ほかのメンバー外選手も
「勝つために最善のメンバーでいくべき」
「広陵が負けるわけにいかない、強い広陵でありたい」
「広陵高校なので絶対に勝たないといけないので、絶対にベストな状態で2年生も1年生も含めて戦って欲しかったので、そこはみんな同じ気持ちです」
と、試合に出たい気持ちを押し殺し、チームのためにという想いで一致していた。
 

裏方に徹し、チームのために動く選手たち


「選手としてプレーしたい」その気持ちを押し殺し、一軍メンバーが行う練習のサポートや、練習試合の審判など、裏方に徹するメンバー外の選手たち。

メンバー発表では、欲しかった背番号を監督に渡す役を担った。

広島大会直前の練習では、ベンチ入りが期待される1年生ピッチャーに対し、メンバー外の3年生がバッター役を買って出る。

渾身のストレートが臀部に当たるデッドボールにも、嫌な顔一つせず笑顔で返す3年生。

次の1球も臆せず投げられる1年生。


全ては、チームのために精神だ。

夜になっても、裏方の活動は続く。寮のホワイトボードには、後藤選手が書いた「応援練習」の文字がある。

新型コロナウイルスの感染症対策で例年のような応援はできないが、応援団長の後藤選手が下級生を含むメンバー外の全選手をバックネット裏に集めた。


後輩たちに伝えていきたい、思いの詰まった応援歌「島人ぬ宝 広陵ver.」。

僕が夢見たあの甲子園
僕はどれくらい知ってるんだろう
輝く汗も 流した涙も
なぜかと言われてもわからない
でも誰より 誰よりも知っている
苦しいときも 悲しいときも
何度も目指してきたあの場所を
教科書に書いてある
事だけじゃわからない
大切なものがきっとそこにあるはずさ
それが広陵の宝

そんなチームのために動く彼らのために、メンバー外の3年生のみで行う試合が近づいていた。彼らに用意された引退試合だ。

「3年生の集大成を見せられる場なので、自分たちがやって来た努力の証を見せたいです」

最後の舞台にそう意気込んでいた後藤選手だったが、出発40分前、彼らは練習試合に向かうバスではなく、グラウンドに足を運んでいた。


前日に降っていた雨がグラウンドに水たまりを作ってしまっていたのだ。
スポンジを使ってグラウンドに溜まった水を吸い取り、それを三角コーンの中に絞り出し、グラウンド整備を続ける選手たち。
自分たちが主役となる試合の直前でも、広陵で練習試合をする一軍メンバーの為の裏方作業を続けていたのだ。

「もう雨降るなよマジで」「一軍メンバーがきちんと試合できる状態にしないと」
「お前の言う通り」などと話しながら、出発の5分前まで水抜きをする。
 

最後の試合と1軍チームの勝利の行方


いよいよ最後の試合への出発の時。
バスに乗り込む彼らのもとに、連日のサポートに感謝する1軍メンバーが見送りに来ていた。
バスの姿が見えなくなるまで頭を下げる1軍メンバー。
サポートの想いは、1軍のメンバーの心にも届いていた。

試合の相手は県内の古豪・山陽高校だ。


選手生活の集大成となる1日。広陵のユニホームを噛みしめながら、3年間の思いを1プレー1プレーに込める選手たち。

前代未聞の甲子園中止。

広陵の伝統を守るため、志願したメンバー外。

これが2020夏、後藤奨貴の甲子園。

後藤選手の高校生活最後の打席で飛び出したのは、特大のホームランだった。


メンバー外の3年生一丸で戦ったこの試合は、名門・広陵らしくノーエラーで5ー1で勝利した。

「3年間応援ありがとうございました。最後の3年生の集大成として、夏の大会で必ず優勝します。夏の大会では応援よろしくお願いします。3年間ありがとうございました」

試合後の保護者への言葉は、明日から裏方として戦う決意の言葉だった。


中井監督は後藤選手の肩をたたきながら、
「正直者は勝たんといけんけぇの。男はまっすぐ正直に生きろだろ、ええことあるのぉ、よかったのぉ」と満面の笑みで言葉を投げた。

次はいよいよ、オール広陵として迎える最後の戦いだ。

初戦の朝、バスから降りてきたのは、なんと背番号20を付けた後藤選手の姿だった。


選手の入れ替えが可能な今大会、中井監督やキャプテンらからベンチ外3年生のメンバー入りを推す声があがったという。

この試合限り、たった一度だけ背負う、名門の背番号。

後藤選手は、ここでもサポートに徹していた。

「突然メンバー入りを言われびっくりしたんですけど、広陵の背番号は重たいので、その重みをしっかりと感じて、チームの20番の代表であることを自覚して、しっかり自分の役割を果たそうと思いました」


そして、8月9日に行われた広島県独自大会・決勝。相手は甲子園で7回の優勝を誇る広島商業だ。

5回終了時点で0ー7と7点のリードを許す展開となってしまったこの試合。後藤選手は下級生の役割であるグラウンド整備を行い、スタンドに戻る間際にレギュラーメンバーに「楽しんで!」と声をかけた。その声に奮起したのか7回には3年生のメンバーが1点を返す。

しかし1ー9と負けてしまった広陵高校。

中井監督は「コロナという先が見えない状況の中でむちゃくちゃ頑張ったお前らは凄いなと思う。今から先、多分忘れることができん時の子になると思う」と3年生達に話した後、後藤選手に「よう頑張ったなお前」と声をかけ満面の笑みで握手をした。

監督も後藤選手のサポートをしっかりと見ていたのだ。

「保護者の皆様の応援のおかげで、自分たちの自分たちらしい応援を、最後の大会ですることができました。これからも後輩のために全力で応援していくので、みなさんも応援よろしくおねがいします」

後藤選手の保護者への挨拶も、後藤選手らしくサポートの想いが溢れていた。

後藤選手は「共に3年間を過ごした同級生たちと戦いたい」と、大学に進学する予定で、大学ではプレーヤーとして活躍するために全力でまた野球に取り組むという。

3年前、夢を追いかけ入学した少年たちは、たとえ甲子園がなくとも、しっかりと名門・広陵の伝統を引き継ぎ、更なる先を見据えていた。

(ディレクター:藤田真弘)


 

(FNNプライムオンライン8月11日掲載。元記事はこちら

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