たった1人の女子野球部員 最後で最高の夏 1球だけの夢舞台…コロナ禍で気づく“目標なき戦い”の意味

スポーツ

  • 唯一の女子部員とチームメートの“絆” コロナ禍で気づく“目標なき戦い”の意味
  • 最後の夏…木村百伽選手に届いた“プレゼント”  仲間たちの祝福と夢舞台で見せた感謝の「一球」
  • チームメートの“卒業”見届け 家族への感謝を胸に“野球がくれた夢”に歩み出す

野球部唯一の女子部員とチームメートの“絆”

たった1人の女子野球部員。高校最後の夏、1球だけの夢の舞台。彼女が流した涙のわけは、“最後の夏”が“最高の夏”となったからだった。

鹿沼高校野球部の木村百伽選手
鹿沼高校野球部の木村百伽選手

栃木県立鹿沼高校の3年生・木村百伽(きむら・ももか)さん。

男子硬式野球部に所属する唯一の女子選手。ユニホームに着替えると、力強いバッティングを披露。さらに、華麗なグラブさばき。巨人の坂本勇人内野手に憧れる17歳。

高い技術を持つ彼女が、野球を始めたのは小学校3年生の時だった。指導者だった父・充男(みちお)さんと、先に野球を始めていた兄・太紀(もとき)さんの影響でスタートした、白球を追いかける日々。

中学では軟式のクラブチームで男子とともにプレー。努力を重ね、セカンドのレギュラーとして栃木県を制覇した。高校でも野球を続けるべきか。当初は迷いもあったという。

木村百伽選手
最初はマネージャーとプレーヤーとどちらにするか迷う時期もあったけれど、せっかくならずっとやってきたので、プレーヤーでやりたいなと…

しかし高校では、女子選手の公式戦出場は認められておらず。鹿沼高校の野球部では、3年間、公式戦に出られないなかで練習を続けてきた。

木村百伽選手
『練習試合』だけでも出られるので、それだけでも結構大きいことで、自分の中ではそれをちゃんとした『公式戦』だと思うようなくらいでやっていたので…

目標とする大会がなくても、ひたむきに練習に取り組む姿に、監督やチームメートは…

鹿沼高校野球部・中田憲一(なかだ・けんいち)監督
1年生で入った時は体力的に男の子と女の子の違いはあるなと。一番大きな差はスピードと体力。これはなかなか補えないかなと思ったけど、ただ細かい部分で野球をよく勉強してるし知ってるなとは感じました。3年間を経て、今では練習試合で使ってみても男子に遜色なくプレーしてくれますね。一番、人として苦しいのは、“ゴール”がどこにあるのかなと。男子部員は“甲子園”という大きな目標があってそこに向かっていく。百伽の場合は、それ(ゴール)もないわけですから

鹿沼高校野球部・堀江開成(ほりえ・かいせい)主将(3年)
今まで自分たちは、試合に出られて“当たり前”だと思っていたんですけど、(コロナで)試合ができない時に百伽の気持ちがちょっとわかった気がして。より一層、百伽のために試合ができる喜びが分かったので1球に集中して、全力でプレーしようと思いました

そして、木村選手と同じ「セカンド」のポジションで、レギュラーとしてチームを引っ張る南選手は…

セカンドのポジションで木村選手と切磋琢磨してきた南選手
セカンドのポジションで木村選手と切磋琢磨してきた南選手

鹿沼高校野球部・南開道(みなみ・かいどう)選手(3年)
入部したときから百伽と一緒のポジションで2人でやってきて、すごいと思うところもたくさんありましたし、負けられない部分もあったので。2人で切磋琢磨しながらやってこられたと思います。自分たちも今回の(コロナの)件で試合に出られない時に、百伽はそういうのを承知の上で入部して、男子部員と変わらない辛いメニューをやり遂げて。意思というか決めたことをやりきる思い、最終的な目標がない中でもやれるのはすごいことだと思います

切磋琢磨してきたライバルからも、尊敬される木村選手。

木村百伽選手
自分からは『男子に近づけたら』と思ってやってきたので。(必要とされていることは)正直に嬉しいですね。結構前までは『自分がいることで変わったりするのかな』とか『いなくてもいいんじゃないかな』とか思う時があったんですけど、そうやってみんなから同じように接してもらえると嬉しいです!そういう所ではお互いにいい刺激なのかなと思います

木村選手に届いた“プレゼント”  仲間たちの祝福と夢舞台で見せた感謝の「一球」

チームにとってなくてはならない存在となった彼女に、高校最後の夏、素敵な“プレゼント”が届いた。練習終わりのミーティングで中田監督が明かしたのは…

中田憲一監督
高野連からな、“プレゼント”が来て、百伽をユニホームで出させてやることができそうなんですよ。『背番号4』をつけて、『始球式』をやることになった。

始球式の知らせを受け笑顔を見せる木村選手
始球式の知らせを受け笑顔を見せる木村選手

沸き立つ鹿沼ナイン。グラウンドに大歓声が響き渡る。セカンドの戦友、南選手は跳び跳ねて喜んだ。

始球式の実施を喜ぶ仲閒たち(画面中央)飛び跳ねて喜ぶ南選手
始球式の実施を喜ぶ仲閒たち(画面中央)飛び跳ねて喜ぶ南選手

木村選手は、はにかんだ笑顔を見せると、腕を大きく回してみせた。チームが栃木県の独自大会初戦に臨むその日、試合の前にマウンドに立てることが決まると、中田監督とガッチリ、握手を交わした。

中田憲一監督
いい球投げて、“木村百伽ここにあり”を示してこい

実は、中田監督「なんとか木村選手をグラウンドに立たせてやりたい」という一心で、栃木県高校野球連盟の藤田理事長と何度も話し合いを重ねてきた。「始球式」実現の知らせが届いたのは本番3日前のことだった。

夢に見た公式戦。たった1度のマウンドで始球式の大役。

木村百伽選手
(チームメートみんなが)自分のことのように喜んでくれて、本当にうれしいです。ド真ん中のストライクを投げたいと思います!

その夜、真っ暗なグラウンドに漏れる、部室の明かり…チームメートと嬉しそうに話しながら、夢の舞台に想いを馳せる木村選手の姿があった。

迎えた始球式当日。

学校のグラウンドには、この日が最後の練習となるかもしれない3年生たちがその時間を噛みしめていた。

そんな中、木村選手がマウンドに。本番直前、最後のピッチング練習。

木村百伽選手
すごく緊張してます!小学校の最初の頃に投げていたくらいで、あとはぜんぜん投げてないです・・・

始めは高めに浮いてしまったりと、なかなか制球が定まらなかったが、徐々に構えたミットに収まるように。

木村百伽選手
ラスト!

バシッ!という音が響き、最後の一球を投げ終えるとスッキリした表情を見せた。チームメートから「球筋がきれい。女子とは思えないくらいキレがあって速い」と褒められ、恥ずかしそうにほほ笑んだ。

あとは本番を迎えるだけだ。

他の3年生たちも、いつもと変わらぬ練習を行った後、大事な試合を前に3年間の感謝を込めて、グラウンド整備。マウンドをゆっくり丁寧に整えていた、エースの寺内投手は…

鹿沼高校野球部・寺内駿投手(3年)
先発を任されたのでマウンドに感謝を。試合の前なので気持ちを高ぶらせて。(思い出が)こみ上げてきます

3年間のすべてをかけて挑む、大舞台。始球式に臨む木村選手の両親は…

母・美香(みか)さん
本当にありがたいです。グラウンドに立てるということで本人もとても喜んでいましたし、私もこんな機会を頂けて感激しています。

父・充男(みちお)さん
元々グラウンドに立てなかった状況の中で、こういった機会を頂けて本当に感謝しています。(始球式では)練習の成果を発揮して剛速球でストライクを投げてほしいです

家族の思いも背負って、試合会場でもあり、始球式の舞台である県営球場へ。本来、ベンチ入りメンバーだけがつけることのできる背番号。この日、セカンドの「4番」を背負っていたのはレギュラーの南選手だけではなかった。同じポジションで切磋琢磨してきた木村選手も「4」をつけ、2人の「背番号4」が並んだ。試合前練習を終え、ベンチの前に整列した鹿沼ナイン。

背番号「4」を背負うセカンドのレギュラー南選手(左)と木村選手(右)
背番号「4」を背負うセカンドのレギュラー南選手(左)と木村選手(右)

チームメートや両親が見守る中、球児にとっての最大の目標「公式戦」のグラウンドに立った木村選手。マウンドへ向かう一歩一歩、3年間踏むことのできなかった、その土の感触をしっかりと踏み締める。初めて立った夢舞台のマウンド上、緊張しながらも真剣な眼差しで、ふーっと大きく息をついた。

木村百伽選手
今まで自分が野球できていることも、周りの人のおかげだし“感謝”の気持ちも込めて、1球に届けたいと思います

その言葉通り、投げ込んだ直球は、わずかにボールとはなったものの、しっかりとキャッチャーのミットに収まった。

始球式でマウンドに立つ木村百伽選手
始球式でマウンドに立つ木村百伽選手

湧き上がる大歓声。ともに戦ってきたチームメートから贈られる拍手。監督、そして両親は優しく微笑えみながら見守った。支えてくれた人たちへ、3年分の感謝を、その一球で届けた。

チームメートの“卒業”見届け 家族への感謝を胸に“野球がくれた夢”に歩み出す

始球式のあと、木村選手からバトンを受け取ったチームメートたちが栃木大会の初戦に挑んだ。

木村選手と切磋琢磨し続けてきたセカンドの南選手は、前日まで目元を怪我し、眼帯をつけていたがなんとかこの日に間に合わせた。

相手は甲子園の常連校・佐野日大。それでも鹿沼ナインは臆することなく気持ちのこもったプレーを見せる。

キャプテンの堀江選手が声でチームを鼓舞すると、エースの寺内投手が力投。ランナーを出しても要所を抑える気迫のピッチングにバックが応える。セカンドの南選手が、ファールフライに飛びつくとベンチが沸いた。ライトの大竹選手も、抜ければタイムリーという当たりをジャンピングキャッチ。そんな仲間たちの姿に、木村選手もベンチの奥から声援を送る。

気持ちは一つだ。

強豪相手に、1点差で迎えた最終回の7回ウラ。

同点のランナーを出した鹿沼高校。

『まだ終わりたくない』

プレーする選手たちも、見守る木村選手も一心に声を張り上げる。

しかし、最後はダブルプレー。あと1点が遠かった。わずかに及ばず、鹿沼高校、そして木村選手の“高校野球”が終わりを告げた。

涙するナインを見つめながら、木村選手は呆然とした表情でベンチを片付けた。

試合に敗れ涙する南選手
試合に敗れ涙する南選手

記者の囲み取材でも落ち着いて答えていたが、“仲間の雄姿”について聞かれると、こみ上げるものを抑えることができなかった。

木村百伽選手
みんなそれぞれ自分なりのプレーをちゃんと見せてくれたなと。いつも出しているような雰囲気と、安定した守りと、いつも通りやって。なんか、ぜんぜん負けるような気もしなくて…練習でやってきたこととか、ゲッツーとかも直前までみんなとやっていて、ちゃんと見られてよかったですし…本当に、自分の分までやってくれたかなと思います

ーーこの学校で野球部に入った選択に悔いは?

木村百伽選手
悔いはないですね

大粒の涙を見せながらも、最後は笑顔で答えた。

試合後、涙を見せる木村百伽選手
試合後、涙を見せる木村百伽選手

試合後、高校生活、最後のミーティング。

中田憲一監督
おれも高校3年間、思い出すとしんどい、しんどい、しかないんだよ。でもあれよりしんどいことないから壁が低く感じるんだよ。あれほど辛いの頑張ったんだから、こりゃ楽勝だわってなるわけよ。それが自信だよね。俺からの願いはずっと野球に携わってくれということ…

監督の言葉、ひとつひとつを噛み締める3年生たち。

“高校球児”として聞くことのできる最後の言葉を胸に刻みつけとしているようだった。

そして、支え続けてくれた家族に“引退”の報告。キャプテンの堀江選手もセカンドの南選手も、両親と向き合うと、涙が頬を伝った。木村選手も幼い頃から応援し続けてくれた両親に感謝の思いを伝えた。

木村百伽選手
小学校から野球をやらせてくれてありがとうございました

父・充男さん
マウンドはどうでしたか?

木村百伽選手
緊張したけど、最後に本当に感謝しかないです

父・充男さん
本当は立てなかったところにいろんな人の力があって立てたことを忘れないように感謝してね。お疲れさまでした

母・美香さん
本当にね。お疲れさま

母、美香さんから力強く抱きしめられた木村選手。

両親に引退の挨拶をし母・美香さんと抱き合う木村選手
両親に引退の挨拶をし母・美香さんと抱き合う木村選手

父、充男さんと握手を交わすと、「始球式」のボールを手渡された。仲間がいたから頑張れた3年間。努力の先に辿り着いた“たった一度の夢舞台”

木村百伽選手
(始球式で)本当に思いっきり投げられたので良かったです。ちょっとインコース気味になっちゃったんですけど、ストライクが投げられて、自分も味わったことのない大きな拍手をもらえたと思います。(両親には)今まで支えてくれて感謝しかないですし、自分がここまでやれてきたのも、今回こうやって(始球式で)投げられることができたのも、周りで支えてくれる、いろんな人のおかげなので本当に感謝しています。将来の夢は、プレーするのが楽しかったので、中学校の体育科の教員になって部活動で野球を教える人になりたいです

野球を続けてきたからこそ出会えた夢。

17歳の高校球児は、チームメートとの記念撮影で最高の笑顔を見せた。その表情には、戦い抜いたすがすがしさが滲み出ていた。最後に、改めて野球への思いを聞いてみた。

ーー最後に、野球は好きですか?

木村百伽選手

はい!大好きです!

始球式のボールを手に笑顔を見せる木村選手
始球式のボールを手に笑顔を見せる木村選手

(執筆:フジテレビ 報道スポーツ部 村山尊弘)

(FNNプライムオンライン8月25日掲載。元記事はこちら

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