震災の年にも開催した‟伝統の夏祭り” 新型コロナで初の中止に…改めて気づく大切な日常【宮城発】

社会 暮らし

  • 新型コロナの影響で祭りが中止に…初めて途切れる歴史
  • 本来なら震災から10回目「盛り上げようとしていたが…」
  • 「当たり前と思っていたことは、当たり前じゃない」と感じた夏

東日本大震災で被災した宮城・岩手・福島の今をお伝えする「明日への羅針盤」。今回のテーマは「祭り」。
新型コロナウイルスの影響で、2020年は各地の祭りが中止となった。
震災直後も途切れることがなかった、宮城県石巻市福地の祭りも2020年は中止となり、被災地にも見えない脅威が影を落とす。

東日本大震災の年も続けられてきた「福地の夏祭り」

宮城県石巻市の中心部から車で30分ほどの所にある、福地地区。
東日本大震災の津波で児童74人、教職員10人のあわせて84人が犠牲となった大川小学校。その近くにある福地地区で行われている祭りがある。


紫桃隆洋さん:
ボランティアさんが、ここにたき火を用意してくれて…

この祭りの運営に携わっている、紫桃隆洋さん。
大川小学校を襲った津波で、次女の千聖さんを亡くした。

紫桃隆洋さん:
私にとっては唯一の花火だったので、今年は中止で本当に寂しい。子供たちが集まれる場所でもあったので、子供たちの声も聞こえなくなってしまうのかな


 


福地の夏祭りは子供たちの声が聞こえてくる大切な場所
紫桃さんと共に、この祭りの運営に携わり、司会などを担当している佐藤敏郎さん。

佐藤敏郎さん:
今年は震災から10回目だったので、少し盛り上げようとしていたけど。子供が主役。地元の子供もそうだけど、友達が来たり、親戚の子供も来たりする。この地区から出ていった人たちが、子供を連れて帰省するときの祭り

佐藤さんにとって「福地の夏祭り」は、地元の「子供たちの声」が聞こえてくる大切な場所だったという。
震災から5カ月後の夏も、ボランティアなどの協力を受けながら継続してきた夏祭り。震災があった2011年から新たに始めたものがある。


紫桃さんは、その打ち上げ花火の企画や準備を担当している。仙台の花火師や地元の人の協力も得て、実施にこぎつけた花火。


紫桃隆洋さん:
2011年のみんなが辛い思いをしているときに、子供たちの思いや、亡くなった人への思いということで、鎮魂の花火を。それからですね。続いていたんだけど

2020年は新型コロナウイルスという目に見えない脅威によって、祭りを開催できないことがもどかしいという。

紫桃隆洋さん:
祭りとして盆供養であったり、みんなが田舎に帰ってきて先祖の供養や、語らいの場でもあるので。それが今回コロナで無くなってしまったし、故郷へ帰る人たちも少なくなってしまったり。もう寂しいですよね。


「人のつながり」や、「日常」も壊してしまう新型コロナウイルス。
紫桃さんは、2020年は、いつものような子供たちの声が聞こえない分、「当たり前の日常」というものについて考えることが増えたという。

紫桃隆洋さん:
家族が家にいるときだからこそ、改めてみんなで話すきっかけになったと思うし、『当たり前の生活が当たり前じゃない』ことを。普段はそんな話ができなかった。来年はぜひ、コロナも収束してみんな、子供たちも集まって、楽しみにしていた花火とか、来年は祭りができたらいいなと思う。

「当たり前と思っていたことは、当たり前じゃない」と改めて感じた夏。

2021年こそ、福地地区に子供たちの元気な声が戻ってくることを多くの人たちが願っている。


(FNNプライムオンライン9月12日掲載。元記事はこちら

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