震災の犠牲になった警察官をしのぶお地蔵様 「無言の語り部」として今も子どもたちを守る

社会

  • 小学生が登校時に毎回手を合わせるお地蔵様
  • 津波から住民を守った警察官をしのびお地蔵様を建立
  • お巡りさんのお地蔵様が震災の語り部

東日本大震災では、住民の避難誘導にあたった警察官も命を落とした。宮城・気仙沼市で亡くなった千田浩二警部もその1人。千田警部をしのんで建立された地蔵を守り、震災の教訓を伝えている夫婦がいる。

「お巡りさんの千田さん」

気仙沼市本吉町。大谷海岸から500メートルほど離れた小学校の近くに、子どもたちが手を合わせる小さな地蔵がある。


小学6年生:
震災の時に、みんなを守ってくれたお巡りさんに「おはようございます」と挨拶しました

小学3年生:
お巡りさんの千田さんという人がいて、震災の時に「避難してください」と言って、流されて亡くなってしまった人です。お巡りさんだった

大谷駐在所に勤務していた千田浩二警部(当時30歳)は、2011年3月11日、住民に避難を呼びかけている最中、津波に呑まれて命を落とした。


地蔵は千田警部が見つかった場所の近くにある。
この地蔵を建てたのは、千田警部と親交があった鈴木治雄さん(72)と美和子さん(71)夫妻。


鈴木治雄さん:
「小さいのでいいの」って言ったの。土台も立派な土台を持ってきてくれたんだけど、あまりそういう立派なのはだめ。自然とここにいるっていう感じで


鈴木さんたちは、2012年、千田警部をしのぶために地蔵を建立。


手入れを欠かさず地蔵を守ってきた。
春には周りを花で囲み、新型コロナウイルスの感染が広がってからは手作りのマスクをつけた。


鈴木治雄さん:
子どもたちは手を合わせる、大人も通れば手を合わせる。そのためにも、いつもきれいにしておかないといけない。みんなのためにも、千田さんのためにもと思っています


住民から慕われていた明るい千田警部

2010年、地区で開かれたまつり。刑事役で余興を披露しているのは千田警部。


鈴木治雄さん:
明るさが半端ないんだ。地区の人にとにかくモテたね。祭りでもなんでも、あるたびに必ず参加して、職務を忘れてやっていたのかな


そんな千田警部が険しい顔で怒鳴ったのは、揺れが起きた直後。
当時この地域には、大津波警報が出ても避難しない人がいたといいます。

鈴木美和子さん:
温厚な人柄でね、特別大きな声を出すような人ではない。あの時は、最初は穏やかに「逃げろ逃げろ」って、「危ないから逃げて」と言っていたが、最後は命令調になった。大きな声で命令して、「逃げろ」と言われて。あれで助けられたという人がいました


鈴木さんたちは、小学校の前で、毎朝、子どもたちの見守りを続けている。
千田警部のことを語り、「命を守ること」の大切さを伝えてきた。


震災から9年半…震災を知らない世代に

しかし、震災から9年半が経ち、小学校に通うほとんどの子どもに震災の記憶はない。

鈴木美和子さん:
伝わっているのか、伝わっていないのかさえもわからない。かろうじて、お地蔵様の存在が、「震災の時に犠牲になったお巡りさんのお地蔵様なんだよ」ということで、震災とつながっている


子どもたちは毎日、千田警部の地蔵に手を合わせて登校する。たとえ、語る人がいなくなっても、地蔵を守り続けることで、あの日の教訓を伝えることができるのではないか。鈴木さんたちはそう考えている。

鈴木治雄さん:
子どもたちも一般の人も忘れないように、ここに地蔵があれば、絶対に震災を思い出すよな、絶対に忘れないよなという考えがある


鈴木美和子さん:
お巡りさんのお地蔵様は、震災の「語り部」的な存在だと思います。「自分の命を守ってください」ということを、身をていして伝えているんだと思います


震災で犠牲となった警察官は宮城県内であわせて14人。全員が命がけで住民の避難誘導にあたっていた。その決意を無駄にしないために、震災を伝えていくことの大切さが今、問われている。


(仙台放送)

(FNNプライムオンライン9月19日掲載。元記事はこちら

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